人間そのものをプロメテウスが土と水から造ったという話は、ヘシオドスには無い。アポロドーロスやオウィディウスなど後代の伝承で語られる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Προμηθεύς神
岩に縛られて身をよじるプロメテウス。 『縛られたプロメテウス』 ニコラ=セバスチャン・アダン 1762年(コモンズの説明による) ルーヴル美術館(MR 1745)Public domain
メアリー・シェリーが1818年に出した怪奇小説『フランケンシュタイン』には、もう一つの題がついている。「現代のプロメテウス」。人間を造りだしてしまう青年科学者に、作者は、ある古い神の名を重ねたのである。元素のプロメチウムも、1948年、同じ神にちなんで名づけられた。
話は、神々と人間が生贄の肉を分けた日にさかのぼる。
神々に捧げる生贄の牛は、焼いた肉を人間が食べ、神々には骨と脂を焼いて煙を届ける。なぜ神々の取り分が骨なのか。ギリシャ人はその理由を、一柱の神のいたずらに求めた。
その神こそ、プロメテウスである。名前は「先に考える者」という意味で、ゼウスと同じ世代ではなく、その前のティタン族の血を引く。兄弟には、天を肩で支え続ける巨人アトラスがいた。
ゼウスが王になって間もないころ、神々と人間が、生贄の分け前をどう決めるかで話し合ったことがある。取り分けを任されたのがプロメテウスだった。彼は大きな牛を解体し、二つの山を作った。一方は、うまい肉と臓物を皮に載せ、見栄えの悪い牛の胃袋でくるんだ山。もう一方は、白い骨だけを器用に並べ、つややかな脂身で覆った山。そしてゼウスに、お好きなほうをお取りくださいと、微笑んで勧めた。
ゼウスは脂の山を両手で持ち上げ、下から骨が出てくると激怒した。それ以来、人間は神々の祭壇で骨を焼いている。
ただし『神統記』は、ゼウスはこの企みを初めから見抜いていた、とも書いている。見抜いたうえで骨を選び、人間に災いを下す理由にした。そう読める書き方で、話が少しねじれている。
怒ったゼウスは、人間から火を取り上げた。プロメテウスはまたも出し抜く。中が空洞になった茴香の茎に火種を隠し、天から盗み出して人間に渡したのだ。遠くからでも見える火の輝きが人間のあいだにともったのを見て、ゼウスは胸を刺されたように怒った。

ゼウスの返し方は、手が込んでいた。火の代償として、人間に「災い」を贈ることにしたのである。ゼウスは声を上げて笑い、鍛冶の神ヘパイストスに土と水をこねさせ、女神のように美しい娘の姿を作らせた。女神アテナが衣を着せ、機織りを教え、愛の女神アプロディテが魅力を、伝令神ヘルメスが偽りの心を与えた。神々みなから贈り物を受けた娘、パンドラである。
プロメテウスは、弟エピメテウスに言い含めていた。ゼウスからの贈り物は決して受け取るな、送り返せ、と。「後から考える者」という名のこの弟は、兄の言葉を忘れて娘を受け取り、災いが自分のものになってから、ようやく気づいた。娘が大きな甕の蓋を開けると、病や苦しみが世界に散らばった。
プロメテウス自身にも罰が下る。ゼウスは彼を解けない鎖で縛り、柱に打ちつけ、翼の長い鷲を送り込んだ。鷲は昼のあいだ、不死の肝臓を啄む。肝臓は夜のうちに元どおりに育ち、また朝が来る。終わりのない罰だった。

この鷲を射落としたのは、ゼウスの息子の英雄ヘラクレスである。ゼウスは怒りを収めてそれを許した。自分の息子の名声を、さらに高めるためだった。
のちにアテネの悲劇詩人アイスキュロスは、この罰を舞台にかけた。世界の果ての岩山で、ヘパイストスは親族の神を縛りつけることをためらいながら、ゼウスの命令に従って鎖を打ち込む。縛られたプロメテウスは屈しない。彼は、いつかゼウスを王座から引きずり下ろす子を産む女神が誰なのかを知っていた。その名を明かさないことが、神々の王に対する彼の切り札になる。

紀元後1〜2世紀ごろの神話の手引き書、アポロドーロスの『ギリシア神話』は、この話をさらに広げている。そこではプロメテウスが、水と土をこねて人間そのものを作った神になる。縛られた場所は、北の果てのカウカソス山(今のコーカサス山脈)。肝臓を啄む鷲は、怪物の夫婦から生まれた子だとされる。
ヘラクレスによる解放にも、代償がついた。不死の身でありながら、ヘラクレスの矢の傷に苦しみ、死ぬこともできずにいたケンタウロスの賢者ケイロンが、プロメテウスの代わりに死ぬことを引き受けたのである。解き放たれたプロメテウスは、黄金のリンゴを取りに行くヘラクレスに、自分で取りに行かず、天を支える兄弟アトラスに行かせよと知恵を授けた。
プロメテウスには息子がいた。ゼウスが大雨で人類を滅ぼそうとしたとき、父の忠告で大きな箱を作って生き延びたデウカリオンである。その妻は、弟エピメテウスとパンドラの娘だった。火を盗んだ兄の子と、災いを受け取った弟の娘。この二人が、洪水のあとの人間の祖になっていく。
この物語の出典: ヘシオドス『神統記』、ヘシオドス『仕事と日』、アイスキュロス(伝)『縛られたプロメテウス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、小学館『デジタル大辞泉』
人間そのものをプロメテウスが土と水から造ったという話は、ヘシオドスには無い。アポロドーロスやオウィディウスなど後代の伝承で語られる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスでは、ヘパイストスがゼウスの命でプロメテウスをスキュティアのカウカソス山に釘付けにし、鷲(エキドナとテュポンの子)が毎日肝臓を食べた。ヘラクレスが鷲を射て解放し、ヘラクレスの矢で不治の傷を負った不死のケイロンが、代わりに死ぬことを受け入れた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
解放されたプロメテウスは、ヘスペリデスの黄金のリンゴを自分で取りに行かず、アトラスに行かせるようヘラクレスに助言した。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
プロメテウスの子デウカリオンは、エピメテウスとパンドラの娘ピュラを妻とし、ゼウスが青銅の種族を洪水で滅ぼしたとき、父の助言で箱を作って生き延びた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ティタン族イアペトスとオケアノスの娘クリュメネの子。兄弟にアトラス、メノイティオス、エピメテウスがいる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
メコネで神々と人間が分け前を決めたとき、牛を二つに分け、脂身で覆った骨と、胃袋に包んだ肉を並べてゼウスに選ばせ、骨を取らせた。これ以後、人間は神への供犠で骨を焼く。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
怒ったゼウスが人間から火を隠すと、プロメテウスは茴香(ういきょう)の茎の中に火種を隠して盗み出した。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃、ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃
ゼウスは彼を解けない鎖で柱に縛り、翼の長い鷲を送って肝臓を啄ませた。肝臓は夜ごとに再生し、罰は終わらない。後にヘラクレスが鷲を射殺して解放する。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
火の代償としてゼウスは人間に「災いと引き換えの良きもの」すなわち最初の女を送った。プロメテウスの人間擁護がそのまま人間の不幸の起点になる構図。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃、ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃
『縛られたプロメテウス』では、彼はゼウスを王座から落とす子を産む女神の名を知っており、それを明かさないことでゼウスと対峙する。この秘密の女神がテティスであり、彼女が人間ペレウスに嫁がされた理由になる。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、アイスキュロス(伝)『縛られたプロメテウス』 前5世紀
火を盗まれたゼウスは「火の代償に、人間が喜んで抱きしめる災いを与えよう」と言って笑い、ヘパイストスに土と水から娘を作らせ、アテナ、アプロディテ、ヘルメスらに贈り物を授けさせた。
ヘシオドス『仕事と日』 前700年頃
ヘラクレスが鷲を射殺してプロメテウスを救ったのは、ゼウスの意思に反してではなく、テーバイ生まれのヘラクレスの名声をいっそう高めるためにゼウスが許したことだった。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
1.7.2。息子に箱を作るよう助言した
199-223 ティタンたちに策を説いたが相手にされず、母テミスとともにゼウスの側についた
アジア / Asiaアジアという地名にも、神話がからんでいる。紀元前5世紀のヘロドトスは『歴史』で、ギリシャ人の多くは、アジアはプロメテウスの妻アシアの名から来たと言っている、と書き留めた。ただし小アジアのリュディア人はこれに異を唱え、自分たちの祖先の一人の男の名から来たのだと主張していたという。ヘロドトス自身は、世界を分けて名前を付けたのがだれで、その名をどこから取ったのかは分からない、と正直に書き、結局は慣れた呼び方を使うことにした。一方、今の語源辞典は、アッカド語の「(日が)昇る」から来た「日の出の国」という推測を紹介している。古いギリシャ人はのちに小アジアと呼ばれる地域をこう呼び、大陸全体を指すようになったのはローマのプリニウスからである。
プロメテウス(土星の衛星)/ Prometheus土星の衛星プロメテウスは、1980年に探査機ボイジャー1号の画像から見つかった、じゃがいものような形の小さな衛星である。土星の細い環(F環)の内側を回り、環の粒が内へ広がらないように押さえる「羊飼い衛星」の役目をしている。名は、神々から火を盗んで人間に与えたプロメテウスから。すぐ外側には、同じ年に見つかった衛星パンドラが回っている。
プロメチウム / promethium原子番号61の元素。マンハッタン計画のウラン核分裂生成物から見つかり、1948年にプロメテウスにちなんで命名された。命名者たちは、人類が核分裂という火を手にしたことと、その罰の危険を同時に象徴する名だと説明している。
や座 / Sagittaや座(矢座)は一本の矢の形をした星座で、国立天文台の一覧では、88星座の中で3番目に面積が小さい。ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』によれば、これは英雄ヘラクレスの矢の一本で、人間に火を与えた罰としてカウカソスの山に鎖でつながれたプロメテウスの肝臓を、毎日ついばみに来ていた鷲を射落とした矢だという。同じ章には、プロメテウスが解き放たれたあとの話も書かれている。ゼウスは、プロメテウスを決して自由にしないと誓っていたので、その誓いを忘れないよう、石と鉄で彼の指を縛らせた。人々はそれにならって、石を鉄で包んだ指輪をはめるようになったという。指輪の始まりを語る話である。一方で、この矢はアポロンが、ゼウスの雷を作ったキュクロプスたちを射た矢だ、という説も紹介されている。学名の Sagitta はラテン語で「矢」の意味で、語源辞典によれば英語では1704年から星座の名として見える。