園の場所は一定しない。アポロドーロスは「ある人々の言うようにリビュア(北アフリカ)ではなく、極北人(ヒュペルボレオイ)の地のアトラスにある」とわざわざ否定しており、リビュア説が当時広まっていたことが分かる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Ἑσπερίδες神
黄金の林檎の木の下でまどろむヘスペリデスと、木に巻きつく竜。レイトンの絵。 『ヘスペリデスの園』 フレデリック・レイトン 1892年ごろ レディ・リーヴァー美術館Public domain
その黄金の林檎は、ゼウスとヘラの結婚祝いだった。後の神話集によれば、大地の女神が二柱の婚礼に贈ったもので、世界の果ての園に植えられ、百の頭を持つ不死の竜と、娘たちが番をしていた。
その娘たちがヘスペリデスである。黄金の林檎の園で、彼女たちに何が起きたのか。見ていこう。
『神統記』によれば、ヘスペリデスは夜の女神の娘たちで、世界を取り巻く大洋の流れの向こうに住み、美しい黄金の林檎と、実のなる木々の世話をしている。そこは、蛇の髪の怪物ゴルゴンたちの住まいにも近い、地の果てだった。すぐそばでは、巨神アトラスが天を支えている。
後の神話集では、娘たちは4人とされる。園の場所については、北アフリカのリビアだという人が多かったらしい。その神話集はわざわざ、リビアではなく、世界の北の果ての民の地にある、と書いている。
この園に、英雄ヘラクレスがやって来る。王に命じられた十一番目の難業が、黄金の林檎を持ち帰ることだったからだ。英雄は、自分で林檎を取りに行く代わりに、アトラスの天をいったん肩代わりして、アトラスに林檎を取りに行かせた。戻ったアトラスが天を背負い直すのを嫌がると、頭に当て物をするあいだだけ持っていてくれと頼んで天を返し、林檎を拾って立ち去った。ヘラクレスが自分で竜を殺して摘んだ、という伝えもある。
持ち帰られた林檎は、王から英雄に下げ渡され、女神アテナの手で、もとの園へ戻された。よそに置いておくことが許されない林檎だったのである。
英雄たちの船旅を描いた叙事詩『アルゴナウティカ』は、その後日談を描く。金の羊毛を手に入れて帰る途中、アフリカの砂漠をさまよっていたアルゴ船の英雄たちは、渇きに苦しみながら、ある聖なる土地に行き着いた。そこでは前の日まで、大蛇が黄金の林檎を守っていた。いまその大蛇は、林檎の木の根もとに倒れ、尾の先だけがまだぴくぴくと動いている。矢に塗られていた水蛇ヒュドラの毒が、傷を腐らせていた。そばでは娘たちが、金色の髪に白い腕を乗せて嘆き悲しんでいる。
英雄たちが近づくと、娘たちはたちまち塵と土に変わって消えてしまう。歌い手オルペウスが祈りを捧げると、地面から草が芽吹き、若木が伸び、娘たちはポプラと楡と柳の木になって現れた。そして、その木の姿から元の姿に戻った娘の一人が語る。きのう、恐ろしい男が来た。獅子の皮をまとい、弓で番の大蛇を殺して、女神たちの黄金の林檎を持ち去っていった。その男も渇いていて、湖のそばの岩を足で蹴ると、水がほとばしり出た、と。英雄たちはその泉の水で、ようやく渇きをいやした。
この物語の出典: ヘシオドス『神統記』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
園の場所は一定しない。アポロドーロスは「ある人々の言うようにリビュア(北アフリカ)ではなく、極北人(ヒュペルボレオイ)の地のアトラスにある」とわざわざ否定しており、リビュア説が当時広まっていたことが分かる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
etymonline が引く19世紀の神話便覧は、西方の地理が知られるにつれて、この楽園がどんどん西の大洋の先へ移されていったと述べる。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
アポロドーロスでは、林檎はゼウスとヘラの結婚の際に大地が贈ったもので、テュポンとエキドナの子である百の頭をもつ不死の竜が番をする。ヘスペリデスはアイグレ、エリュテイア、ヘスペリア、アレトゥサの4人。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヘラクレスはプロメテウスの助言で、自分が天を支えるあいだにアトラスに林檎を取らせた。アトラスが林檎を自分で届けると言い出すと、「頭に当て物をするまで少し持っていてくれ」と頼んで天空を返し、林檎を持ち去った。自分で竜を殺して摘んだという別伝もアポロドーロスは併記する。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
持ち帰った林檎はエウリュステウスがヘラクレスに与え、アテナがもとの園へ戻した。「どこかに置いておくことが許されない」林檎だったためという。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
パリスの審判のきっかけになった「不和の林檎」は、アポロドーロスでは争いの女神(エリス)が投げた林檎と書かれるだけで、ヘスペリデスの林檎とは結びつけられていない。どちらも「林檎」だが、別の話である。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヘシオドスでは夜(ニュクス)の娘で、「名高いオケアノスの向こう」で美しい黄金の林檎と実のなる木々の世話をする。ゴルゴンたちの住む場所の近く、アトラスが天を支える地の果てにいる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
アポロニオスでは、アフリカの砂漠で渇いたアルゴ船の一行が、前日までラドンという大蛇が黄金の林檎を守っていた聖なる土地に着く。大蛇はヘラクレスの、ヒュドラの毒を塗った矢に倒れ、尾の先だけが動いていた。嘆いていたヘスペリデスは一行が近づくと塵と土になったが、オルペウスの祈りでヘスペレはポプラ、エリュテイスは楡、アイグレは柳の木となって現れ、アイグレが、昨日獅子の皮の男が大蛇を殺して林檎を持ち去り、岩を蹴って水を湧かせたと語る。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀
2.5.11 第十一の功業
りゅう座 / Draco北の空で、おおぐま座とこぐま座のあいだに長い体をくねらせているのが、りゅう座(竜座)の竜である。ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』によれば、この竜は、黄金のりんごを守っていた竜だ。ゼウスとヘラの結婚のとき、大地の女神が黄金のりんごを枝ごと贈り、ヘラはそれを、アトラス山のあたりまで広がる自分の庭に植えさせた。ところがアトラスの娘たちがたびたび実をもいでしまうので、ヘラはこの竜を見張りに置いた。英雄ヘラクレスがりんごを取りに来て竜を倒すと、ヘラは竜を星のあいだに置いた。空で竜のすぐ上に、ひざをついたヘラクレスの星座が見えるのがその証拠だ、と同じ本は言う。巨人族との戦いでアテナに投げつけられた竜を、アテナがつかんで天の軸に放り上げたのだという説も紹介されている。学名の Draco はラテン語で「大蛇、竜」の意味で、語源辞典によれば古代から竜の姿とされてきた星座である。