『神統記』では、イアペトスがオケアノスの娘クリュメネを娶り、アトラス、メノイティオス、プロメテウス、エピメテウスの四兄弟が生まれる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃

Ἄτλας神
天球を肩に担ぐ、ファルネーゼのアトラス。 『ファルネーゼのアトラス』 写真: Carlo Raso 2世紀(前1世紀の原作の写し)。2018年撮影 ナポリ国立考古学博物館Public domain
大西洋は英語でアトランティック・オーシャン。「アトラスの海」という意味で、ギリシャ神話で天を背負い続ける巨神アトラスの名がもとになっている。地図帳を英語でアトラスと呼ぶのも同じ名前からだが、こちらは巨神にちなんだのか、同じ名の伝説の王にちなんだのか、説明が分かれている。
アトラスは、ゼウスたちより前の世代の神々、ティタン族の一人だ。兄弟には、人間に火を盗み与えたことで知られるプロメテウスがいる。
『神統記』によれば、アトラスは大地の果て、西の果てに立っている。そこは夜の館の前、夜と昼がすれ違う敷居のあたり。すぐそばには、黄金の林檎を守る娘たちヘスペリデスが住む。アトラスはその場所で、頭と疲れを知らない腕で、広い天を支え続けている。そう定めたのはゼウスだった、と『神統記』は書く。
『オデュッセイア』の描くアトラスは、少し様子が違う。天そのものを担ぐのではなく、大地と天を隔てる高い柱を守り、あらゆる海の深みを知る神。そして「破滅を企む」という物騒な呼び名が付く。その娘が、英雄オデュッセウスを7年も島に引き留めた女神カリュプソである。
アトラスがいちばん生き生きと登場するのは、英雄ヘラクレスとの駆け引きだろう。
ヘラクレスは、ヘスペリデスの黄金の林檎を取ってくるよう命じられていた。後の神話集によれば、プロメテウスの助言に従って、自分では取りに行かない。代わりにアトラスの天をいったん肩代わりして、アトラスに林檎を取りに行かせた。

林檎を三つ持って戻ったアトラスは、もう天を背負い直す気がなかった。自分が林檎を届けてやろう、と言い出す。ヘラクレスは逆らわず、頭に当て物をするあいだだけ天を持っていてくれ、と頼んだ。アトラスが林檎を地に置いて天を受け取ったとたん、ヘラクレスは林檎を拾い上げて立ち去った。自由の身になりかけた巨神は、こうしてまた天の下に戻った。
ローマの詩人オウィディウスは、アトラスが山になった話を伝える。メドゥサを倒して帰る途中のペルセウスが、アトラスの国で一夜の宿を求めた。ところがアトラスは、黄金の林檎を奪う者が来るという予言を恐れて、若者を追い返そうとする。怒ったペルセウスは、袋からメドゥサの首を取り出して見せた。アトラスはみるみる大きな山に変わる。髭と髪は森になり、肩と腕は尾根になり、頭は山の頂になった。天とすべての星が、その上に載ったという。
歴史家ヘロドトスは前5世紀に、北アフリカの内陸に、頂が雲に隠れて見えない「アトラス」という山があり、土地の人は「天の柱」と呼んでいる、と書いた。その沖の海が、アトラスの海、つまり大西洋である。
アトラスの娘たちも、神話のあちこちに顔を出す。すばるとして知られるプレイアデス七姉妹もそうで、そのうちの一人はゼウスとのあいだに伝令の神ヘルメスを産み、別の一人はトロイア王家の祖を産んだ。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、ヘロドトス『歴史』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
『神統記』では、イアペトスがオケアノスの娘クリュメネを娶り、アトラス、メノイティオス、プロメテウス、エピメテウスの四兄弟が生まれる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
アポロドロスは母をオケアノスの娘アシアとする。父がイアペトスで兄弟がプロメテウスたちである点はヘシオドスと同じ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アトラスは大地の果て、ヘスペリデスの前に立ち、頭と疲れを知らない腕で広い天を支える。夜の館の前、夜と昼がすれ違う敷居のそばにいるとも書かれる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
『オデュッセイア』のアトラスは天そのものではなく、「大地と天を隔てる高い柱」を保つ者で、あらゆる海の深みを知っているとされる。「破滅を企む(ὀλοόφρων)」という不穏な添え名が付き、その娘がオデュッセウスを島に引き留めるカリュプソである。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
オウィディウスでは、メドゥサを退治して帰るペルセウスがアトラスの国で宿を求めて拒まれ、メドゥサの首を見せてアトラスを巨大な山に変える。髭や髪は森に、肩や腕は尾根になり、天とすべての星がその上に載った。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
アポロドロスでは、ヘラクレスはプロメテウスの助言に従い、自分でヘスペリデスの林檎を取りに行かず、天をいったん肩代わりしてアトラスに取りに行かせる。戻ったアトラスが天を背負い直すのを嫌がると、ヘラクレスは「頭に当て物をする間だけ持ってくれ」と頼んで天を返し、林檎を拾って去る。自分で蛇を殺して取ったという別伝も併記される。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウスでは、アトラスは、黄金の林檎の木を奪う者がゼウスの子として現れるという予言(テミスの予言)を恐れて、宿を求めたペルセウスを力ずくで追い払おうとし、そのためにメドゥサの首で山に変えられる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ヘロドトスは、北アフリカの内陸に細く円錐形で頂が雲に隠れる「アトラス」という山があり、土地の人は「天の柱」と呼ぶ、その周辺の住民はアトランテスと呼ばれる、と記す。神話の「天を支える者」と山の名が重なっている。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃
アトラスの娘たちは系譜の要所に顔を出す。プレイアデスの一人マイアはゼウスとのあいだにヘルメスを産み、同じくエレクトラはダルダノスを産んで、トロイア王家の祖となる。ヘシオドスも「アトラスの娘マイア」をヘルメスの母とする。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
『神統記』938、アポロドーロス3.10.1、『祭暦』5.83-84(母はプレイオネ)
511-514
8.138-142 メルクリウスの母マイアがアトラスの娘。アイネイアス側もアトラスの娘エレクトラからダルダノスが出ている
2.17 ポセイドンとの結婚を避けてアトラスのもとへ逃れる
天を支える罰はティタン戦争後の処分の文脈で語られるが、アトラスが戦ったことを『神統記』は明記しない
大西洋 / AtlanticAtlantic はギリシャ語 Atlantikos「アトラスの」から来ている。もとは北アフリカ西部のアトラス山(天を支える巨人アトラスと重ねられた山)の沖の海を指した。ヘロドトスはすでに前5世紀に「ヘラクレスの柱の外の海は、アトラスの海(アトランティス)と呼ばれる」と書いている。ヨーロッパ・アフリカとアメリカ大陸のあいだの大洋全体を指すようになったのは1600年ごろから。
地図帳 / atlas地図を一冊にまとめた本を atlas と呼ぶのは、16世紀のフランドルの地理学者メルカトルの地図集『アトラス』(1595年)の題名に始まる。etymonline は、この種の初期の地図集の扉絵に世界を担ぐティタンのアトラスが描かれていたと説明する。一方、競売会社サザビーズの解説は、メルカトルが名を借りたのは天球儀を初めて作ったとされる伝説のマウレタニア王アトラスで、1595年版の扉絵もこの王であり、ティタンの姿になったのは後の版からだとする。どちらのアトラスを指したのかは典拠によって説明が分かれる。
アトラス(土星の衛星)/ Atlas土星の衛星アトラスは、1980年に探査機ボイジャー1号の画像から見つかった小さな衛星で、赤道をぐるりと取り巻く盛り上がりのせいで、空飛ぶ円盤のような形をしている。土星の主な環の一つ、A環の外側の縁のすぐそばを回る。名は、ティタンの戦いに敗れたあと、天を支え続ける役目を負わされたアトラスから。土星には、アトラスの父イアペトス、兄弟のプロメテウスとエピメテウスの名を持つ衛星もあり、一家がそろっている。