アルカディアの王家の祖先パラスの名をとって、テヴェレ川のほとりの丘に町パランテウムを築いた。リウィウスは、この町の名からパランティウム、さらにパラティウム(パラティヌスの丘)という名が出たと説明する。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

Εὔανδρος英雄
メダルの形で描いたエウアンドロスの横顔。16世紀の本の版画。 『エウアンドロス(『肖像便覧』)』 ギヨーム・ルイエ(刊) 1553年Public domain
英語で宮殿を palace という。この言葉は、ローマの七つの丘の一つ、パラティヌスの丘の名から来ている。初代皇帝アウグストゥスの住まいがこの丘にあったからだ。では、丘の名はどこから来たのか。歴史家リウィウスは、ギリシャから渡ってきた一人の老王の町の名が、なまって丘の名になったのだと伝えている。語源辞典は別の説をいくつも挙げていて、答えは決まっていないのだが。
その老王の名がエウアンドルス。ローマがまだ牧草地だったころの丘に住んでいたこの王の話を、ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』に沿って見ていこう。
エウアンドルスは、ギリシャ南部の山国アルカディアの出身だった。母は予言の力をもつニンフで、父は伝令神ヘルメスだとされる。故郷を離れてイタリアへ渡り、テヴェレ川のほとりの丘に、祖先の名をとって町を築いた。リウィウスによれば、彼は「文字」という、まだ人々が知らなかった驚くべきものを持っていたので、敬われていたという。
トロイアを逃れた英雄アイネイアスは、イタリアに着くと、土地の若い王トゥルヌスとの戦に巻き込まれた。助けを求めて、アイネイアスは川をさかのぼり、エウアンドルスの町を訪ねた。トロイアを滅ぼしたのはギリシャ人だ。そのギリシャ人の王に助けを求めるのは危うい賭けだった。けれども予言者の巫女は、救いの道は思いもよらないギリシャの町から開ける、とアイネイアスに告げていた。
エウアンドルスは、アイネイアスをひと目見て喜んだ。若いころ、故郷のアルカディアを訪れたアイネイアスの父に会ったことがあり、その顔と声を覚えていたのだ。王は同盟を約束し、ちょうど行っていた祭りの由来を語った。昔、火を吐く半人半獣の怪物が近くの洞窟に住み、英雄ヘラクレスの牛を盗んだ。足跡をごまかすために、牛の尾をつかんで後ろ向きに引きずり込んだのである。それを見破ったヘラクレスが洞窟に踏み込み、怪物を締め殺した。この祭りは、その救い主への感謝の祭りなのだという。

それから王は、客人を連れて町を歩いた。のちに建国者ロムルスが逃れてくる者を受け入れた森、狼の洞窟、切り立った岩。今は黄金に輝く神殿の立つ丘も、そのころは茂みにおおわれていた。のちにローマの大広場や高級住宅地になる場所で、牛の群れが鳴いていた。
エウアンドルスは、一人息子パラスを援軍としてアイネイアスに託した。見送るとき、老いた父は神々に祈った。息子が生きて帰るなら、それまで生きていたい。だがもし帰らないのなら、どうか今のうちに私の命を断ってほしい、と。
祈りはかなわなかった。パラスはトゥルヌスとの一騎打ちで倒れ、剣帯を奪われた。遺体が町に帰ってくると、エウアンドルスは棺に取りすがり、先に死んだ妻は幸せだった、私は長く生きすぎた、と嘆いた。その剣帯が、最後の一騎打ちでアイネイアスの怒りに火をつけ、トゥルヌスの命を奪うことになる。
この物語の出典: リウィウス『ローマ建国以来の歴史』、ウェルギリウス『アエネイス』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
アルカディアの王家の祖先パラスの名をとって、テヴェレ川のほとりの丘に町パランテウムを築いた。リウィウスは、この町の名からパランティウム、さらにパラティウム(パラティヌスの丘)という名が出たと説明する。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
英語 palace(宮殿)はラテン語 palatium「パラティヌスの丘」から来ている。アウグストゥスの住まいがこの丘にあったため。ただし語源辞典は丘の名そのものの由来を、「杭(palus)」、羊飼いの女神パレス、「口蓋(palatum)」など別の候補で説明し、パランテウムには触れない。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
エウアンドルスはアイネイアスを連れて、のちのローマの名所を歩く。カルメンタ門、のちにロムルスが避難所にする森、ルペルカルの洞窟、タルペイアの岩、今は黄金に輝くが当時は茂みだったカピトリウム。今は大広場や高級住宅地になっている場所で、牛が鳴いていたと書かれる。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
シビュラが「救いの道は、思いもよらないギリシャの町から開ける」と予言していたのは、この町のこと。トロイアを滅ぼしたギリシャ人と同じギリシャ出身の王が、アイネイアスの最初の同盟者になる。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
母は予言のニンフのカルメンタ(カルメンティス)。ウェルギリウスではアイネイアスの子孫の偉大さを最初に歌った予言者とされ、リウィウスでは、シビュラがイタリアに来る前に人々が敬っていた予言者とされる。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
リウィウスは、エウアンドルスが「文字」という、まだ技芸を知らない人々には驚くべき新しいものを持っていたために敬われたと書く。ルペルカリア祭の走りもアルカディアから持ち込んだとされる。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末
息子を送り出すとき、生きて帰らないなら今のうちに死なせてくれと神々に祈った老王は、パラスの遺体を迎えて棺に取りすがる。先に死んだ妻は幸いだった、自分は長生きしすぎたと嘆く。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
エウアンドルスはアイネイアスに、ヘラクレス祭の由来として、ウルカヌスの子で火を吐く半人半獣のカクスが、ヘラクレスの牛を尾から後ろ向きに洞窟へ引きずり込んで足跡をごまかし、見破ったヘラクレスに締め殺された話を語る。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
8.138-141 エウアンドロスの父メルクリウスは、マイアがキュレネの山頂で産んだ子
パレス / palace(宮殿)英語 palace は13世紀初めから使われ、ラテン語 palatium「パラティヌスの丘」(複数形で「宮殿」)から来ている。ローマの七丘の一つであるこの丘に、アウグストゥスの住まいがあったため。丘の名の由来について、リウィウスは、エウアンドルスらアルカディア人の町パランテウムから「パランティウム」、さらに「パラティウム」になったと伝える(1.5.1)。語源辞典は別の候補として、杭(palus)、羊飼いの女神パレス、口蓋(palatum)を挙げていて、定まっていない。