クマエのシビュラは、ラティウムで待つ戦争を予言して「ラティウムにはもう一人のアキレウスが生まれている、これも女神の子だ」と言う。トゥルヌスはトロイア人にとって、トロイア戦争のアキレウスをもう一度相手にするような敵として位置づけられている。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

英雄
倒れたトゥルヌスに剣を向けるアイネイアス。ルカ・ジョルダーノの作。 『アイネイアスとトゥルヌス』 ルカ・ジョルダーノ 1688年Public domain
ローマ建国の叙事詩『アエネイス』は、勝者の凱歌では終わらない。最後の一行は、敗れた男の命が、うめき声とともに、憤りながら影の世界へ逃れていった、というものだ。その男がトゥルヌスである。
トロイアから落ちのびた英雄アイネイアスの、最後の敵。この若い王がどんな戦いをし、どう倒れたのか、見ていこう。
トゥルヌスは、イタリア中部の一部族の若き王で、アルデアという町を治めていた。母は女神である。彼は、ラティウムの王ラティヌスの一人娘ラウィニアと結婚するはずだった。王妃もこの婿を望んでいた。
そこへ、トロイアの落人たちが船でやって来る。王ラティヌスは、娘を異国の男に嫁がせよという神託を受けていた。王はその男こそアイネイアスだと考え、娘を与えると約束してしまう。
ローマの詩人ウェルギリウスによれば、トゥルヌスの怒りに火をつけたのは、神々の女王ユノ(ヘラ)だった。トロイア人を憎むユノは、冥界から復讐の女神の一人を呼び出した。女神は老女の姿でトゥルヌスの夢に現れ、花嫁を奪われて黙っているのかとけしかける。若い王が相手にしないと、正体を現し、黒く燃える松明を彼の胸に投げ込んだ。トゥルヌスは汗まみれで飛び起き、武器を求めて叫んだ。戦への狂おしい欲望が、煮えたぎる釜のように彼の中で沸き立った。
こうしてイタリアの部族とトロイア人の戦争が始まった。予言者の巫女は、ラティウムにはもう一人のアキレウスが生まれている、しかもこれも女神の子だ、とアイネイアスに予言していた。トゥルヌスは、トロイア人にとって、あのアキレウスをもう一度相手にするような強敵だった。
戦いのさなか、トゥルヌスは、アイネイアスが同盟者から預かった若者パラスを一騎打ちで討ち取った。そして、その若者の、飾り鋲の光る剣帯を剥ぎ取り、自分の肩にかけた。
最後の一騎打ちで、アイネイアスの槍がトゥルヌスの腿を貫いた。膝をついたトゥルヌスは、手を差しのべて言った。私はこうなって当然だ。命乞いはしない。だが、あなたにも父がいた。私の老いた父をあわれと思うなら、私を、あるいは命のない私の体を、家族のもとへ返してほしい。あなたの勝ちだ。ラウィニアはあなたの妻だ。これ以上、憎しみを押し広げないでくれ。
アイネイアスは、剣を止めた。言葉に心を動かされ、ためらいはじめた。そのとき、トゥルヌスの肩に、見覚えのある剣帯が光った。パラスの剣帯だった。怒りに燃え上がったアイネイアスは叫んだ。この傷は、パラスが与えるのだ。そして剣を相手の胸に深く突き入れた。
歴史家リウィウスの短い記述では、トゥルヌスは戦に敗れて、エトルリアの王を頼って逃れる。オウィディウスは、トゥルヌスが倒れると町アルデアも焼け落ち、その灰の中から、嘆くように羽ばたくやせた鳥が飛び立ったと語る。町の名をそのまま受け継いだ、アオサギである。
この物語の出典: リウィウス『ローマ建国以来の歴史』、ウェルギリウス『アエネイス』、オウィディウス『変身物語』
クマエのシビュラは、ラティウムで待つ戦争を予言して「ラティウムにはもう一人のアキレウスが生まれている、これも女神の子だ」と言う。トゥルヌスはトロイア人にとって、トロイア戦争のアキレウスをもう一度相手にするような敵として位置づけられている。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
トゥルヌスの家系はギリシャにさかのぼる。妃アマタは、トゥルヌスの祖先はアルゴス王イナコスとアクリシオスでミュケナイの出だから、彼も「異国の婿」に当たると言い張る。町アルデアも、アクリシオスの娘ダナエが南風に流されて来て築いたとされる。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
初めは花嫁を奪われた怒りだけだったトゥルヌスを本格的な戦争に駆り立てたのは、ユノが冥界から呼び出した復讐の女神アレクトだった。老女の姿で現れて相手にされず、正体を現して松明を胸に投げ込む。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
トゥルヌスはアイネイアスに預けられたエウアンドルスの息子パラスを討ち、その剣帯を奪って身に着ける。最後の一騎打ちで、倒れたトゥルヌスの命乞いにアイネイアスは心を動かされかけるが、肩にパラスの剣帯を見つけて怒りに火がつき、とどめを刺す。叙事詩はトゥルヌスの魂が「憤りながら」影の世界へ去る一行で終わる。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
姉妹のユトゥルナは、ユピテルから川と泉を司る女神の位を与えられたニンフで、ユノにけしかけられて戦場で兄を助ける。御者に化けて戦車を操り、トゥルヌスをアイネイアスから遠ざける。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
オウィディウスでは、トゥルヌスが倒れると町アルデアも焼け落ち、その灰の中から一羽の鳥が飛び立つ。やせて青白く、嘆くように羽ばたくこの鳥が、町の名をそのまま受け継いだ「アルデア(アオサギ)」だという。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
リウィウスの短い記述では、トゥルヌスはラウィニアの婚約者で、アイネイアスとラティヌスに戦を仕掛けて敗れ、エトルリアの王メゼンティウスを頼る。トゥルヌス自身の最期ははっきり書かれない。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末
アイネイアスの槍に腿を貫かれて膝をついたトゥルヌスは、命乞いはしないが、老いた父ダウヌスをあわれんで自分(あるいは遺体)を家族に返してほしい、ラウィニアはあなたの妻だ、これ以上憎しみを押し広げるな、と言う。アイネイアスはためらいかけるが、パラスの剣帯を見て怒り、とどめを刺す。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
アレクトは老女カリュベの姿でトゥルヌスの夢に現れ、相手にされないと正体を現して松明を胸に投げ込む。トゥルヌスは汗にまみれて飛び起き、武器を求めて叫び、戦への狂気が煮えたつ釜のように沸き立つ。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
ラティヌスは父ファウヌスの神託で、娘をラティウムの男に嫁がせるな、異国から婿が来てその子孫が世界を治める、と告げられており、アイネイアスこそその婿だと考えた。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃