アポロドーロスは、ダナエを誘惑したのはプロイトスで、それが兄弟の争いのもとになったという説と、ゼウスが金の流れとなって屋根からダナエの膝に降り注いだという説を併記する。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Ἀκρίσιος人間
アクリシオスに海へ流されるダナエと幼いペルセウス。銅版画。ジョルジョ・ギージの作。 『アクリシオスに海へ流されるダナエと幼いペルセウス』 ジョルジョ・ギージ 1543年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)
お前は、娘の産む子に殺される。そうお告げを受けた王は、あらゆる手を尽くして運命から逃げようとした。娘を地下の部屋に閉じこめ、生まれた孫を母親ごと海に流し、孫が会いに来ると聞けば国を捨てて遠くへ逃げた。それでも最後は、その孫が投げた円盤に当たって死んでしまう。アルゴスの王アクリシオスの物語である。
この王は、怪物メドゥーサを退治した英雄ペルセウスの祖父だった。
予言から逃げ続けた王の一生を、はじめからたどってみよう。
アポロドーロスの神話集によれば、アクリシオスには双子の兄弟プロイトスがいた。二人は母親のおなかの中にいるときからけんかをしていた。大人になると王位をめぐって戦い、この戦いで初めて盾が発明されたという。旅行家パウサニアスは、アルゴスからエピダウロスへ向かう道のそばに、盾の浮き彫りのある、ピラミッドのような建物を見ている。この兄弟の戦いで倒れた人々の、共同の墓だった。やがて国は二つに分けられ、アクリシオスはアルゴスを、プロイトスはティリュンスを治めた。
アクリシオスには娘が一人しかいなかった。男の子を得るにはどうすればよいかと神託に尋ねると、返ってきたのは恐ろしい答えだった。娘が男の子を産み、その子がお前を殺す。
恐れた王は、地下に青銅の部屋を造り、娘ダナエをそこに閉じこめて見張った。パウサニアスの時代にも、アルゴスには、その青銅の部屋があったという地下の建物が残っていた。
ところが、ゼウスが金の雨に姿を変えて屋根から流れこみ、ダナエの膝に降りそそいだ。こうして生まれたのが、ペルセウスである。アポロドーロスは、娘を誘惑したのは兄弟のプロイトスで、そこから二人の争いが始まった、という別の言い伝えも紹介している。

孫が生まれたと知ったアクリシオスは、ゼウスの子だという話を信じなかった。娘と赤ん坊を箱に入れ、海へ流してしまう。箱はセリポス島に流れ着き、島の王の兄弟ディクテュスが子どもを拾って育てた。
ローマの詩人オウィディウスによれば、アクリシオスは、酒の神ディオニュソスがゼウスの子であることも認めず、アルゴスの町に入れまいとして武器を向けた。金の雨から生まれたペルセウスをゼウスの子と認めなかったのも同じだった。だがやがて王は、神に逆らったことも、孫を認めなかったことも悔やむことになる。
成長したペルセウスは、メドゥーサを退治し、アンドロメダを妻に迎えると、母と妻を連れて祖父に会いにアルゴスへ急いだ。それを知ったアクリシオスは、お告げを恐れてアルゴスを捨て、遠いラリサの町へ逃げた。
ちょうどラリサの王が、亡き父をしのぶ競技会を開いていた。ペルセウスも競技に加わる。パウサニアスによれば、ペルセウスは祖父に会って言葉と行いでなごやかにあいさつしたいと、どうしても思っていた。そして、自分が考え出した円盤投げを、皆の前で得意げに披露していた。そこへ、たまたまアクリシオスが、気づかれないまま円盤の飛ぶ先へ足を踏み入れた。アポロドーロスでは、円盤は王の足に当たり、王はその場で息絶えた。
ローマ時代の神話集では、話がもう少し込み入っている。ペルセウスは祖父を決して殺さないと誓っていた。ところが嵐で島に足止めされていたアクリシオスは、島の王の葬送競技の場で、風にあおられた孫の円盤を頭に受けて死んだのだという。
予言は、ついに果たされた。パウサニアスは、娘と孫にどれほど用心しても、王は定めを逃れられなかったと書いている。ペルセウスは祖父を町の外に葬った。自分の手で死なせた人の国を継ぐのを恥じた彼は、アルゴスをプロイトスの息子の国と取り替え、新しい町ミュケナイを築いたという。
この物語の出典: オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、パウサニアス『ギリシア案内記』
アポロドーロスは、ダナエを誘惑したのはプロイトスで、それが兄弟の争いのもとになったという説と、ゼウスが金の流れとなって屋根からダナエの膝に降り注いだという説を併記する。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスでは、ペルセウスがダナエとアンドロメダを連れてアルゴスへ向かうと、アクリシオスは神託を恐れてペラスゴイ人の地へ去った。ラリサ王テウタミデスが亡父のための競技を開き、五種競技に出たペルセウスの円盤がアクリシオスの足に当たって即死させた。パウサニアスでは、ペルセウスは祖父に会ってあいさつしたいと願い、自分が考案した円盤を得意げに披露していたところ、アクリシオスが気づかれずに進路に入ってしまった。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
ヒュギヌスでは、アクリシオスはセリポスのポリュデクテスのもとへ娘と孫を取り戻しに行き、ペルセウスは祖父を決して殺さないと誓った。嵐で足止めされているあいだにポリュデクテスが死に、その葬送競技で、風がペルセウスの手から円盤を吹き飛ばしてアクリシオスの頭に当て、殺した。
ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃
アポロドーロスでは、アバスの双子の息子アクリシオスとプロイトスは母の胎内にいるときから争い、成長すると王位をめぐって戦い、その戦いで初めて盾を発明した。アクリシオスが勝ってプロイトスを追い出したが、プロイトスはリュキアの王の婿となってその軍で戻り、キュクロプスが城壁を築いたティリュンスを占めた。二人は国を分け、アクリシオスはアルゴス、プロイトスはティリュンスを治めた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
パウサニアスは、アルゴスからエピダウロスへの道にある、アルゴス式の盾の浮彫で飾られたピラミッドに似た建物を、プロイトスとアクリシオスが王位を争った戦いの戦死者の共同墓とする。戦いは引き分けで二人は和解し、盾はこの戦いで初めて使われたと伝える。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
男の子を得る方法を神託に尋ねたアクリシオスは、娘が産む男の子に殺されると告げられ、地下に青銅の部屋を作ってダナエを閉じこめた。パウサニアスは、アルゴスにその青銅の部屋の上にあったという地下の建物が残り、僭主ペリラオスが取り壊したと記す。ヒュギヌスでは閉じこめた先は「石壁の牢」。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
ペルセウスが生まれたことを知ったアクリシオスは、ゼウスに誘惑されたという話を信じず、娘と子を箱に入れて海に投げこんだ。箱はセリポス島に流れ着き、ディクテュスが子を拾って育てた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウスでは、アバスの子アクリシオスだけが、ディオニュソス(バッコス)をゼウスの子と認めずアルゴスの城壁から締め出し、金の雨から生まれたペルセウスもゼウスの子と認めなかったが、のちにその両方を悔やんだ。また、プロイトスがアクリシオスを武力で追ってその城を奪い、帰ったペルセウスが「罪のない祖父」のためにゴルゴンの首でプロイトスを石にしたとも語る。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ペルセウスは神託が果たされたと知ってアクリシオスを町の外に葬り、自分が死なせた人の遺産を受け継ぐのを恥じて、プロイトスの子メガペンテスとアルゴスとティリュンスを取り替えた(アポロドーロス)。パウサニアスは、そのうえでペルセウスがミュケナイを築いたとし、剣の鞘の石突き(ミュケス)が落ちた所、あるいはキノコ(ミュケス)から湧いた水を飲んだ所だから、という町の名の由来を伝える。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
アポロドーロスでは、アクリシオスの妻はラケダイモンの娘エウリュディケで、娘はダナエ一人。パウサニアスは、スパルタのアルゴスのヘラの神殿を、アクリシオスの妻エウリュディケが建てたと記す。ヒュギヌスはダナエの母をアガニッペとする。『イリアス』はダナエを「アクリシオスの娘」と呼ぶ。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
2.16.2