ギリシャ神話の地図
オルペウス夫ペルセポネ冥界の妃ハデス冥界の王カロン渡し守冥界連れ戻された国
蛇に噛まれた足を押さえるエウリュディケ。ジャン=バティスト・カミーユ・コローの作。

エウリュディケ

Εὐρυδίκη人間

蛇に噛まれた足を押さえるエウリュディケ。ジャン=バティスト・カミーユ・コローの作。 『傷ついたエウリュディケ』 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 1868〜1870年ごろ ミネアポリス美術館Public domain

グルックのオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』では、振り返った夫のせいで死んだ妻が、最後に愛の神の力で生き返り、二人は結ばれる。ところが、もとの神話の彼女は、二度死んでそれきりだった。その妻が、エウリュディケである。

では、夫オルペウスの物語の陰にいるこの女性の側から、話をたどってみよう。

意外なことに、古い時代のギリシャの資料では、オルペウスの妻には名前さえ付いていないことが多い。哲学者プラトンも、オルペウスが冥界へ迎えに行った「妻」と書くだけだ。物語が詳しく語られるのは、ローマの詩人たちからである。

ローマの詩人ウェルギリウスの語るエウリュディケは、川辺を必死に逃げていた。追ってきたのは、蜂を飼う一人の若者だった。逃げるのに夢中で、足もとの深い草むらに潜んでいた大きな水蛇に気づかなかった。噛まれた娘は死んだ。仲間のニンフたちの泣き声が、山々に響きわたった。

同じローマの詩人でも、オウィディウスの語り方は違う。婚礼の神が婚礼に来たが、吉兆は一つもなく、掲げた松明はくすぶって煙ばかり上げた。花嫁になったばかりのエウリュディケは、川のニンフたちと草原を歩いているとき、蛇にくるぶしを噛まれて死んだ。ここには追ってくる若者は出てこない。

夫オルペウスは、生きたまま冥界へ下り、竪琴の歌で冥界の王と妃の心を動かした。エウリュディケは、死んだばかりの霊たちのあいだから呼び出され、傷ついた足を引きずりながら、ゆっくりと進み出た。地上に出るまで振り返ってはならない。その条件で、彼女は夫のあとについて、暗い上り坂を歩きはじめた。

竪琴を掲げた夫に連れられて、冥界からの道を行くエウリュディケ。
竪琴を掲げた夫に連れられて、冥界からの道を行くエウリュディケ。『冥界からエウリュディケを連れ出すオルペウス』 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 1861年 ヒューストン美術館Public domain

地上の光まであと少しのところで、夫は振り返った。

ウェルギリウスのエウリュディケは叫ぶ。オルペウス、なんという狂気が、私とあなたを滅ぼしたのか。またむごい運命が私を呼び戻す。眠りが私の目を閉じる。さようなら。大いなる夜に包まれて連れ去られていく。あなたに差し伸べるこの手は、もうあなたのものではない。そう言うと、煙が風に溶けるように消えた。

オウィディウスのエウリュディケは、夫を責めなかった。愛されたこと以外に、何を責めることがあるだろう。かろうじて聞こえるほどの「さようなら」を残して、彼女はもう一度冥界へ落ちていった。

それでもオウィディウスは、二人に続きを用意している。やがてオルペウス自身が殺されて冥界へ下ると、祝福された者たちの野で妻を見つけ、腕に抱いた。今は二人で並んで歩き、ときには彼女が先を、ときには夫が先を行く。夫はもう、安心して妻を振り返ることができる。

この物語の出典: プラトン『饗宴』、ウェルギリウス『農耕詩』、オウィディウス『変身物語』、クリストフ・ヴィリバルト・グルック作曲、ラニエーリ・デ・カルツァビージ台本『オルフェオとエウリディーチェ』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ウェルギリウスの形: 川辺でアリスタイオスから逃げる途中、草むらの水蛇に気づかず噛まれて死ぬ。アリスタイオスの蜂が全滅したのはこの死の報いだった、という枠で語られる。夫が振り返った瞬間に「なんという狂気が私とあなたを滅ぼしたのか」と嘆き、煙のように消える。冥界の渡し守は、二度目の渡河をオルペウスに許さなかった。

ウェルギリウス『農耕詩』 前29年頃

オウィディウスの形: 婚礼の神ヒュメナイオスが来ても吉兆はなく、新妻はナイアスたちと草原を歩くうちに踵を蛇に噛まれて死ぬ。アリスタイオスは出てこない。二度目の死でも夫を責めず、聞こえるかどうかの「さようなら」を残して引き戻される。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

ローマ以後の語り

オウィディウスは続く巻で、殺されて亡霊になったオルペウスが「敬虔な者たちの野」で彼女を見つけ、抱きしめる場面を置く。今度は並んで歩き、オルペウスは安心して彼女を振り返る。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

「エウリディーチェ」はイタリア語形で、グルックのオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』(1762)の邦題に使われる。この作品では最後に愛の神アモーレが彼女を生き返らせ、二人は結ばれる。台本作者カルツァビージは序文で「劇場に合わせるため結末を変えざるを得なかった」と書いている。

クリストフ・ヴィリバルト・グルック作曲、ラニエーリ・デ・カルツァビージ台本『オルフェオとエウリディーチェ』 1762年 ウィーン初演

コクトーの映画『オルフェ』(1950)では、舞台が現代のパリになり、ユリディス(マリー・デア)は死の使いのオートバイ乗りに連れ去られる。夫が振り返ってはいけないという条件は、鏡越しでも見てはいけないという形で残る。

ジャン・コクトー監督『オルフェ』 1950年

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ウェルギリウスでは、振り返られたエウリュディケは「なんという狂気が私とあなたを滅ぼしたのか。またむごい運命が呼び戻す。眠りが目を閉じる。さようなら。もうあなたのものではない手をあなたに差し伸べながら、大いなる夜に包まれて運ばれていく」と語り、煙が風に混じるように消える。

ウェルギリウス『農耕詩』 前29年頃

オウィディウスでは、冥界の王と妃に呼ばれたエウリュディケは、新しく来た霊たちのあいだから、傷のためにゆっくりと足を引きずりながら進み出る。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

もっと詳しく

古典期の資料では、オルペウスの妻は名前なしで語られる。プラトン『饗宴』も「彼が迎えに来た女」と言うだけで、名前を出さない。「エウリュディケ」という名が文学に現れる最古の例は、前1世紀の『ビオン哀悼歌』とされる。

プラトン『饗宴』 前4世紀前半

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このページの出典(6件)
  1. 前4世紀前半プラトン『饗宴』
  2. 前29年頃ウェルギリウス『農耕詩』
  3. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  5. 1762年 ウィーン初演クリストフ・ヴィリバルト・グルック作曲、ラニエーリ・デ・カルツァビージ台本『オルフェオとエウリディーチェ』
  6. 1950年ジャン・コクトー監督『オルフェ』