ギリシャ神話の地図
冥界働く場所アイネイアス乗せた英雄クマエのシビュラ枝を見せた巫女ヘラクレス乗せてしまった英雄アルケスティス迎えに来た相手ディオニュソス乗せた客ハデス主
荒れた川で舟を漕ぐ渡し守カロン。ドレの挿絵。

カロン

Χάρων神

荒れた川で舟を漕ぐ渡し守カロン。ドレの挿絵。 『カロン(ダンテ『神曲』の挿絵)』 ギュスターヴ・ドレPublic domain

1978年、冥王星のまわりを回る衛星が見つかった。発見者の一人が選んだ名はカロン。冥界の王のそばにふさわしい神話の名であることに加えて、名前の最初の4文字が、自分の妻シャーリーンと同じだったから、と本人が理由を挙げている。

もとのカロンは、死者の魂を舟に乗せて、冥界の川を渡す老いた渡し守である。

小舟に死者の魂を乗せ、冥界の川を渡っていく渡し守。
小舟に死者の魂を乗せ、冥界の川を渡っていく渡し守。『ステュクスを渡る風景』 ヨアヒム・パティニール 1520〜1524年 プラド美術館Public domain

意外なことに、『イリアス』や『オデュッセイア』にカロンは出てこない。『オデュッセイア』の英雄は、冥界の入口で死者の霊を呼び出すだけで、川を渡りはしない。カロンの名がはっきり確かめられるいちばん古い例は、失われた叙事詩の断片で、2世紀の旅行家パウサニアスが引用している。死者を乗せる舟、それを操る老いた渡し守カロン、という詩句だ。

パウサニアスはデルポイで、前5世紀の名画家が描いた冥界の絵を見ている。そこには、老人の姿のカロンが舟を操る場面があった。画家は、あの詩句に従ってカロンを年寄りに描いたのだろう、とパウサニアスは推し量っている。

同じ前5世紀のアテナイでは、カロンは舞台でもおなじみだった。悲劇作家エウリピデスの『アルケスティス』では、夫の身代わりに死のうとしている王妃が、息を引き取る間際に、二本の櫂の舟を見る。竿を手にしたカロンが、なぜぐずぐずしている、早く来い、お前が遅らせているのだ、と自分を急き立てている、と。喜劇作家アリストパネスの『蛙』では、冥界へ下る酒の神ディオニュソスが、カロンの舟に乗る場面があり、渡し賃の話まで出てくる。

最も詳しく描いたのは、ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』である。ぼうぼうの白い髭、炎のように燃える目、肩から結んで垂らした汚れた外套。年老いてはいるが、神の老いは若々しく頑丈だった。カロンは竿で舟を押し、帆をあやつって、赤錆色の小舟で死者たちを運ぶ。

岸辺には、数えきれない死者が押し寄せ、向こう岸を恋しがって手を差し伸べている。けれども、カロンが乗せるのは、きちんと葬られた者だけだった。葬られなかった者は、百年のあいだ岸辺をさまよい続け、そのあとでようやく渡してもらえる。

生きたまま冥界を訪ねた英雄アイネイアスに、カロンは怒鳴った。ここは影と眠りと夜の場所だ。生きた体を冥界の舟で運ぶのは許されない。かつて英雄ヘラクレスや、冥界の女王をさらおうとした男たちを乗せてしまって、ろくなことにならなかった、と。案内の巫女が、衣の下から黄金の枝を取り出して見せると、カロンの怒りはおさまった。久しぶりに見る神聖な枝に感じ入ったのである。ほかの魂を追い出して英雄を乗せると、つぎはぎの小舟は重みにきしみ、隙間から沼の水が入り込んだ。

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、エウリピデス『アルケスティス』、アリストパネス『蛙』、ウェルギリウス『アエネイス』、パウサニアス『ギリシア案内記』、アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』

この物語の人々

ローマ以後の語り

パウサニアスは、デルポイにあった画家ポリュグノトス(前5世紀)の冥界図に、老人の姿のカロンが舟を操る場面が描かれていたと記す。画家は『ミニュアス』の「死者を乗せる舟、老いた渡し守カロンが操っていた舟」という詩句に従って、彼を年寄りに描いたのだろう、という。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ウェルギリウスの描くカロンは、ぼうぼうの白髭に炎のような目、汚れた外套を肩で結んだ老人で、老いてなお神らしく頑健。アケロンの岸に押し寄せる無数の死者のうち、埋葬された者だけを乗せ、埋葬されなかった者は百年岸をさまよわせる。生者であるアイネイアスは、黄金の枝を見せて初めて舟に乗せてもらえた。カロンは、かつて生きたまま来たヘラクレス(番犬を鎖につないで連れ去った)やテセウスとペイリトオスを乗せたのは喜ばしいことではなかった、とこぼす。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

冥王星の最大の衛星カロンは、1978年6月にアメリカ海軍天文台のジェームズ・クリスティーとロバート・ハリントンが発見した。名付けたクリスティーは、冥王(プルート)の世界にふさわしい神話の名であることに加え、最初の4文字が妻シャーリーン(Charlene)と同じだったことを理由に挙げている。

アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』 1958年〜(2026年9月閲覧)

『アエネイス』でカロンはアイネイアスに、ここは影と眠りと夜の場所で、生きた体を冥界の舟で運ぶのは許されない、かつてアルキデス(ヘラクレス)やテセウスとペイリトオスを乗せたのも喜ばしくはなかった、と言う。シビュラが衣の下から黄金の枝を見せると怒りはおさまり、ほかの魂をどけてアイネイアスを乗せると、縫い合わせた小舟は重みにうめき、隙間から沼の水を多く入れた。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

もっと詳しく

ホメロスの冥界にはカロンも渡し舟も出てこない。『オデュッセイア』のオデュッセウスは冥界の入口で死者の霊を呼び出すだけで、川を渡らない。カロンの名が確認できる最古の例は、散逸した叙事詩『ミニュアス』の断片で、パウサニアスが引用して伝えている。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

前5世紀のアテナイでは、カロンは舞台でもおなじみの存在だった。エウリピデス『アルケスティス』では、死にゆくアルケスティスが、竿を手に湖に浮かぶ二本櫂の舟から「何をぐずぐずしている」と急かすカロンの幻を見る。アリストパネスの喜劇『蛙』では、冥界へ行くディオニュソスがカロンの舟で湖を渡り、渡し賃は「2オボロス」とされる。

エウリピデス『アルケスティス』 前438年上演、アリストパネス『蛙』 前405年上演

死者の口に硬貨を入れて葬る習慣は「カロンの渡し賃」と結びつけて説明されてきた。ただし、この習慣の広がりや、どの時代・地域でカロンと結びついたかは考古学上も議論がある。

アリストパネス『蛙』 前405年上演

ほかのつながり(1人)

敵対・殺害

  • オルペウス敵対

    妻を再び失ったオルペウスの二度目の渡河を拒む。『農耕詩』4.502-503 / Met. 10.72-73

今の言葉に残る

カロン(冥王星の衛星)冥王星の最大の衛星。1978年6月、アメリカ海軍天文台(アリゾナ州フラッグスタッフ)のジェームズ・クリスティーとロバート・ハリントンが発見した。クリスティーが選んだ名は、死者を冥界へ渡す渡し守カロンで、冥王プルートの星にふさわしいうえ、最初の4文字が妻シャーリーン(Charlene)と一致していた、とNASAは紹介している。

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このページの出典(8件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  2. 前438年上演エウリピデス『アルケスティス』
  3. 前405年上演アリストパネス『蛙』
  4. 前29年頃ウェルギリウス『農耕詩』
  5. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  6. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  7. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  8. 1958年〜(2026年9月閲覧)アメリカ航空宇宙局『NASA公式サイト』