ギリシャ神話の地図
カロン渡し守オデュッセウス訪れた英雄キルケ道を教えた魔女ヘラ動かすと言った女神アイネイアス訪れた英雄ステュクス源の川ヘラクレス木を持ち帰った英雄

アケロン

Ἀχέρων場所

天上の神々を動かせないなら、アケロンを動かそう。精神分析を始めたジークムント・フロイトは、1900年に出した『夢判断』の扉に、このラテン語の一行を掲げた。フロイトは本の終わり近く、昼のあいだ押さえこまれていた心の中身が、夜になると夢として顔を出す、と説く箇所でも、もう一度この句を引いている。

もとは、ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』で、神々の女王ユノ(ギリシャのヘラ)が口にする言葉だ。どうしても英雄アイネイアスを止められないと知った女神は、自分の力が足りないなら、どこにいる者にでもすがろう、と言い放つ。そして地上に降り、冥界の闇から、争いと怒りを好む復讐の女神の一人を呼び出した。

天の神々の代わりに動かすもの、アケロン。それは冥界を流れる川の名だった。この川がどんなふうに語られてきたのか、たどってみよう。

いちばん古い姿は、ホメロスの『オデュッセイア』にある。故郷へ帰る道を知るために、英雄オデュッセウスは冥界へ行かなければならない。魔女キルケは道を教えた。大河オケアノスを渡り、ペルセポネの森が茂る岸に船をつけ、ハデスの館へ向かいなさい。そこではアケロンに二つの川が流れこんでいて、そのひとつは誓いの川ステュクスから分かれた流れだ。二つの川が出会うところに、岩がある。そこで穴を掘り、死者たちに供え物をしなさい。オデュッセウスはその場所へ行き、死者の霊を呼び出した。

哲学者プラトンの『パイドン』では、アケロンは死者の行方を決める大きな流れのひとつになる。毒を飲む日のソクラテスは、友人たちにこう語る。大地の奥には大きな川がいくつも流れていて、そのひとつアケロンは、人の住まない土地を抜け、地下をくぐって一つの湖に注ぐ。死んだ者の魂の多くはこの湖にやって来て、定められた時をそこで過ごし、それからまた生き物として生まれ変わる。よくも悪くもない生き方をした者は、舟に乗ってアケロンを下り、湖で罪を清められる。重い罪を犯したが、やり直しのきく者は、地の底へ投げこまれ、一年たつと川に押し流されて湖へ出る。そこで、自分が殺したり傷つけたりした相手の名を叫び、許してくれるよう頼む。許しが得られれば湖へ上がって苦しみから解かれ、得られなければ、また地の底へ戻される。

アケロンは、地上にも流れていた。ギリシャ北西部のテスプロティアという土地に、同じ名の川と、アケルシアスという湖があった。旅行家パウサニアスは、近くにはもうひとつ、ひどく見栄えのしない川もあると書き、こう推し量る。ホメロスはこの土地を見て、冥界の川にその名を付けたのだろう、と。

この川のほとりには、死者の神託所があった。歴史家ヘロドトスは、コリントスの独裁者の話を伝えている。預かり物のありかを知りたくなった独裁者は、アケロン川の神託所に使いを送り、亡き妻の霊に尋ねさせた。ところが妻の霊は答えなかった。私は寒くて、裸のままです。一緒に埋めてくれた衣は、焼かれなかったので役に立たないのです。そう言って、夫にしか分からない証拠をひとつ告げた。知らせを聞いた独裁者は、町じゅうの女たちを着飾らせて神殿に集め、その衣をすべてはぎ取って穴に積み、妻に祈りながら焼いてしまった。

ウェルギリウスは、アケロンをさらに恐ろしく描いた。英雄アイネイアスが冥界へ下ると、道はタルタロスのアケロンの流れへ続いている。泥に濁った渦が煮え立ち、砂を吐き出す。その水を守るのが、白い髭の渡し守カロンだ。岸には、秋の初めの寒さに森から落ちる木の葉のように、数えきれない死者が押し寄せ、向こう岸へ渡りたいと手を差し伸べていた。

この岸辺の光景は、中世のイタリアの詩人ダンテの『神曲』に受け継がれた。地獄の門をくぐったダンテは、大きな川の岸に群がる人々を見る。そこがアケロンの岸で、炎のような目をした渡し守カロンが、ぐずぐずする者を櫂で打ちながら、罪人たちを舟に集めていた。舟が向こう岸に着く前に、こちらの岸にはもう新しい群れが集まっている。ダンテはさらに、アケロンも、ほかの地獄の川も、ある巨大な老人の像から流れ落ちる涙が集まってできたのだ、と書いた。

女神ユノが神々の代わりに動かそうとしたのは、こうした地の底の流れだった。フロイトは、その一行を夢の研究の扉に置いたのである。

アケロンの岸で、渡し守カロンが櫂を振り上げ、罪人たちを舟に追い立てる。ギュスターヴ・ドレによるダンテ『神曲』地獄篇の挿絵。
アケロンの岸で、渡し守カロンが櫂を振り上げ、罪人たちを舟に追い立てる。ギュスターヴ・ドレによるダンテ『神曲』地獄篇の挿絵。『カロン、罪人たちを舟に追い立てる(ダンテ『神曲』地獄篇 第3歌の挿絵)』 ギュスターヴ・ドレ 1857年(ウィキメディア・コモンズの記載) ダンテ『神曲』地獄篇の挿絵本(版画)Public domain

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ヘロドトス『歴史』、プラトン『パイドン』、ウェルギリウス『アエネイス』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダンテ・アリギエーリ『神曲 地獄篇』、ジークムント・フロイト『夢判断(夢解釈)』

この物語の人々

ローマ以後の語り

パウサニアスは、ペロポネソス半島のヘルミオネの神殿の裏に、クリュメノスの場所、プルトンの場所と並んで「アケルシアス湖」と呼ばれる場所があると記す。クリュメノスの場所には地の裂け目があり、ヘルミオネの人々は、ヘラクレスがそこから冥界の犬を連れ出したと言う。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

『アエネイス』では、冥界への道はタルタロスのアケロンの流れへ通じ、泥に濁った渦が煮え立って砂をコキュトスへ吐き出す。その水と流れを守るのが渡し守カロンで、岸には、秋の初めの寒さに落ちる木の葉ほどの死者が押し寄せる。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

『アエネイス』7巻で、トロイア人がラティウムに落ち着くのを止められないと知ったユノは、自分の神威が足りないならどこにいる者にでもすがろう、「天上の神々を動かせないなら、アケロンを動かそう」と言い、冥界の闇から復讐の女神アレクトを呼び出す。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

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フロイトは『夢判断』(初版1900年)の扉にこの一行を掲げ、第7章でも、覚めているあいだ押さえこまれた心の中身が夜に意識に現れる、と述べたあとでもう一度引き、夢の解釈は無意識を知る「王道」だと続ける。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、ジークムント・フロイト『夢判断(夢解釈)』 1900年刊(英訳1913年)

川としてではなく人格としてのアケロンが、父として出てくる話もある。アポロドーロスでは、ペルセポネが柘榴の実を食べたと告げ口したアスカラポスは、アケロンとゴルギュラの子。オウィディウス『変身物語』では、アスカラポスはオルプネが暗い森でアケロンとのあいだに産んだ子とされる。

オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ダンテ『神曲』地獄篇では、地獄の門を入ってすぐの大きな川がアケロンで、その岸で渡し守カロンが罪人たちを舟に集め、遅れる者を櫂で打つ。14歌では、クレタ島の山に立つ巨大な老人の像の裂け目から流れる涙が、地下に落ちてアケロン、ステュクス、プレゲトンとなり、最後にコキュトスとなると説明される。

ダンテ・アリギエーリ『神曲 地獄篇』 14世紀初頭

もっと詳しく

『オデュッセイア』では、キルケが、オケアノスを渡ってペルセポネの森(ポプラと柳)の岸に船をつけ、ハデスの館へ行けと教える。そこではピュリプレゲトンと、ステュクスの水の分かれであるコキュトスがアケロンに流れこみ、二つの川の合流するところに岩がある。オデュッセウスはそこで穴を掘って死者を呼ぶ。『イリアス』にはアケロンの名は出てこない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

パウサニアスによれば、オリュンピアでゼウスへの犠牲に白ポプラの木を使うのは、ヘラクレスがテスプロティアのアケロン川の岸に生えていた白ポプラをギリシャに持ち帰ったからで、ホメロスが白ポプラを「アケロンの(アケローイス)」と呼ぶのもそのためだという。『イリアス』では倒れる戦士のたとえにこの木が出てくる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

プラトン『パイドン』のソクラテスの神話では、地下の四つの大河のうち、最も外側を回るオケアノスと逆向きに流れるのがアケロンで、荒れ地を抜け地下をくぐってアケルシアス湖に注ぐ。多くの死者の魂はこの湖に来て定められた時を過ごし、生き物に生まれ変わる。よくも悪くもない生を送った者は舟でアケロンを下って湖で清められ、癒やしうる重罪を犯した者はタルタロスから一年後に川で湖へ運ばれ、害した相手に許しを乞う。許されれば湖へ出られ、許されなければタルタロスへ戻される。

プラトン『パイドン』 前4世紀前半

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パウサニアスは、テスプロティアのキキュロスの近くにアケルシアス湖とアケロン川、そしてひどく見栄えのしないコキュトスの流れがあるとし、ホメロスはこれらを見て、冥界の川にテスプロティアの川の名を付けたのだろうと考える。トゥキュディデスは、テスプロティアを流れるアケロン川が注ぐアケルシアス湖が、エピュレの町のそばで海に出ると記す。

トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』 前5世紀末、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ヘロドトスによれば、コリントスの独裁者ペリアンドロスは、友人の預け物のありかを尋ねるため、テスプロティアのアケロン川の死者の神託所に使いを送った。亡き妻メリッサの霊は、一緒に埋められた衣が焼かれなかったので寒くて裸だと言って答えず、夫にしか分からない証拠を告げた。ペリアンドロスはコリントスの女たちを着飾らせてヘラの神殿に集め、衣をはぎ取って穴で焼き、妻に祈った。すると霊は預け物の場所を教えた。

ヘロドトス『歴史』 前430年頃

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出来事・場所・物

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このページの出典(11件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前430年頃ヘロドトス『歴史』
  4. 前5世紀末トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』
  5. 前4世紀前半プラトン『パイドン』
  6. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  7. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  8. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  9. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  10. 14世紀初頭ダンテ・アリギエーリ『神曲 地獄篇』
  11. 1900年刊(英訳1913年)ジークムント・フロイト『夢判断(夢解釈)』