「死は海から(エクス・ハロス)おまえ自身に、まことに穏やかに訪れ、豊かな老いに包まれて倒れるだろう。民は周りで栄えている」と結ぶ。ἐξ ἁλὸς は「海から」とも「海を離れて」とも訳せ、解釈が割れている。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

Τειρεσίας人間
生贄を捧げるオデュッセウスの前に、予言者テイレシアスの霊が現れる場面。ヨハン・ハインリヒ・フュースリの作。 『生贄の最中にオデュッセウスの前に現れるテイレシアス』 ヨハン・ハインリヒ・フュースリ 1780〜1785年Public domain
男として生まれ、女として暮らし、また男に戻った予言者がいる。その経験を買われて、ゼウスとヘラの夫婦喧嘩の審判までさせられた。テーバイの盲目の予言者、テイレシアスである。
では、この予言者がなぜ目を失い、どんな予言を残したのか見ていこう。
テイレシアスはテーバイの人で、母は女神アテナと親しいニンフだった。盲目になったわけには、いくつもの言い伝えがある。後の時代の神話集は、それを並べて書き残している。
一つは、神々の秘密を人間にもらしたために、神々に目を奪われたという話。もう一つは、アテナが水浴びをしている裸の姿を見てしまったという話だ。女神は両手で彼の目をふさぎ、光を奪った。ニンフである母が目を戻してほしいと頼んだが、それはできない。代わりに女神は彼の耳を清めて、鳥の鳴き声をすべて聞き分けられるようにし、見える人と同じように歩ける杖を与えた。
いちばん奇妙なのは、ヘシオドスの名で伝わっていた詩にあった、と同じ神話集が記す話である。テイレシアスは山で、交わっている二匹の蛇を見つけて傷つけた。すると彼は男から女に変わってしまった。のちに、また同じ蛇たちが交わっているのを見て、ふたたび男に戻った。
ある日、ゼウスとヘラが言い争った。愛の喜びをより深く感じるのは、女か、男か。両方を知っている者に聞こう、と呼び出されたのがテイレシアスだった。彼は答えた。喜びを十とすれば、男が感じるのは一、女は九。怒ったヘラは彼の目を見えなくした。ゼウスは、その代わりに予言の力を与えた。
予言者となったテイレシアスは、テーバイの王たちに何度も告げたくない真実を告げることになる。ソポクレスの悲劇では、疫病に苦しむテーバイの王オイディプスに呼び出され、しぶしぶ口を開いた。あなたが探している先王の殺害者は、あなた自身だ。オイディプスは怒って彼を追い返したが、予言は当たった。
テイレシアスは、死んでからも特別だった。『オデュッセイア』で魔女キルケは、オデュッセウスに言う。故郷への帰り道を知りたければ、冥界へ行ってテイレシアスの霊に聞きなさい。死者はみな影のようにさまようばかりだが、彼だけは、冥界の女王ペルセポネから、死んでも知性を保つことを許されている。
冥界の入口でオデュッセウスが犠牲の血を穴に注ぐと、死者の霊が群がってきた。母の霊が近づいても、オデュッセウスは剣をかざして退けた。まずテイレシアスに血を飲ませなければならなかったからだ。血を飲んだ予言者は告げる。海の神ポセイドンの怒りがお前の帰り道を阻む。太陽神の牛に手を出せば、仲間を失い、他人の船で遅れて帰り着き、家では求婚者たちが財産を食い荒らしている。お前は彼らを討つだろう。
そして予言は、物語の先まで及ぶ。すべてが終わったら、船の櫂を担いで内陸へ歩いて行け。海を知らない人々が、その肩の物は穀物をあおる道具かと尋ねる土地まで。そこで櫂を地に立て、ポセイドンに犠牲を捧げよ。お前の死は海から、穏やかに訪れるだろう。豊かな老いに包まれ、まわりの民は栄えている。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ソポクレス『オイディプス王』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
「死は海から(エクス・ハロス)おまえ自身に、まことに穏やかに訪れ、豊かな老いに包まれて倒れるだろう。民は周りで栄えている」と結ぶ。ἐξ ἁλὸς は「海から」とも「海を離れて」とも訳せ、解釈が割れている。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
盲目になった経緯には複数の説がある。アポロドーロスは、アテナの水浴を見たため母カリクロの嘆願で予言の力を代わりに得た説と、交尾する蛇を打って女になり7年後に男に戻り、ゼウスとヘラの論争の裁定でヘラに盲目にされた説とを並べて記す。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヘシオドスの説(アポロドーロス所引)では、蛇を傷つけて女になり、再び同じ蛇を見て男に戻った。ゼウスとヘラが、愛の喜びを男と女のどちらが強く感じるかで争ったとき、テイレシアスは「十のうち男が一、女が九」と答え、ヘラに盲目にされ、ゼウスに予言の力を与えられた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ペレキュデスの説(アポロドーロス所引)では、アテナは目を戻せない代わりに耳を清めて鳥の声をすべて聞き分けられるようにし、目の見える人のように歩ける杖を与えた。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
キルケは「彼は死んでいても心を保っている。ペルセポネが彼にだけ知性を与え、他の者は影のように漂うばかりだ」と語る。冥界行きの理由がこの一点にある。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
予言の内容は、ポセイドンの怒り、トリナキエ島のヘリオスの牛に手を出すなという警告、仲間を失い他人の船で遅れて帰ること、館で求婚者を討つこと、の四点。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
帰還後、櫂を担いで内陸へ歩き、海を知らぬ人々が「肩に担いでいるのは箕(み)か」と言う土地でその櫂を地に立て、ポセイドンに犠牲を捧げよと命じる。『オデュッセイア』の外にある「その後」を指す唯一の具体的な指示。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
オデュッセウスは母の霊が寄ってきても、まずテイレシアスに血を飲ませるまで剣で近寄らせない。死者は犠牲の血を飲んで初めて生者と語れるという設定が明示される。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
11.90-151 訪問の目的である予言者
プロクロス要約 陸路の一行がコロポンで、そこで死んだテイレシアスを葬る
クレオンの子メノイケウスを犠牲にせよと告げる。『フェニキアの女たち』834-1018 / 3.6.7