ギリシャ神話の地図
エリピュレ母アンピアラオス父エピゴノイのテーバイ攻め率いた軍ハルモニア祖先エリニュス追っ手アポロン神託の神ディオメデス戦友オイネウス恩人

アルクマイオン

Ἀλκμαίων英雄

エピゴノイのテーバイ攻め1 / 2

母を殺した若者が身を寄せると、その土地は作物が実らなくなった。恐怖に追われ続けるその若者に、アポロンの神託は一つだけ逃げ道を示した。母を殺したとき、まだ太陽が見ていなかった土地、そのときまだ陸ではなかった土地を探せ。

その若者がアルクマイオンである。

では、母を殺した息子がどんな道をたどったのか、見ていこう。

アルクマイオンの父は、予言者アンピアラオス。七人の将がテーバイを攻めたとき、この遠征では総大将のほかはみな死ぬと見抜いて、行くのを拒んだ男である。ところが妻、つまりアルクマイオンの母は、テーバイ王家に伝わる首飾りを贈られて、夫を戦いへ送り出した。出陣の前、父は息子たちに言い残した。大人になったら母を殺し、テーバイを攻めよ。父は戦場から戻らなかった。『オデュッセイア』も、この予言者は「女の贈り物のために」テーバイで死んだ、と語っている。

10年後、倒れた将たちの息子たちが、父の仇を討つため、ふたたびテーバイを攻めることになった。アポロンの神託は、アルクマイオンが率いれば勝つと告げた。アルクマイオンは、まず母を罰してからでなければ軍を率いたくないと渋った。ところが母は、今度は王家に伝わる衣を贈られて、自分の息子たちにまで出陣を勧めていた。

アルクマイオンは総大将として戦い、テーバイ軍を率いる王子を討ち取った。テーバイの人々は町を捨てて逃げ、町は落ちた。

戦いのあと、母が自分の出陣のためにも買収されていたと知ったアルクマイオンは、いっそう怒りを募らせた。そしてアポロンの神託に従って、母を殺した。弟と二人で殺したとも、一人で殺したともいう。

その瞬間から、母の復讐の女神が彼に取り憑いた。狂ったアルクマイオンはさまよい、ある王のもとで穢れを清めてもらって、その娘を妻にした。そして妻に、あの首飾りと衣を贈った。ところが彼のせいで、その土地は作物が実らなくなった。

神託は、ある川の神のもとへ行けと告げた。そこでアルクマイオンは、川が運んできた土砂で新しくできた土地を見つけた。母を殺したときには、まだ海の底だった土地である。彼はそこに住み着き、川の神の娘を二人目の妻に迎えた。

災いを呼んだのは、またしても首飾りだった。二人目の妻は、首飾りと衣がほしい、もらえないなら一緒に暮らさないと言い出す。アルクマイオンは最初の妻の父をだまして、首飾りと衣を取り戻しに行った。だまされたと知った最初の妻の兄弟たちは、待ち伏せてアルクマイオンを殺した。

のちに、二人目の妻のもとに生まれた息子たちが父の仇を討ち、首飾りと衣は、ようやくデルポイの神殿に納められた。アルクマイオンが住んだ土地は、のちに息子の一人の名で呼ばれるようになったという。

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

母殺し: 父アンピアラオスは出陣の前、息子たちに、成長したら母を殺しテーバイを攻めよと命じていた。アポロドーロスでは、アルクマイオンはテーバイ攻略の後、母が自分の出陣のためにも(ポリュネイケスの子テルサンドロスから衣を受け取って)買収されていたと知って怒りを募らせ、アポロンの神託に従って母を殺す。弟アンピロコスと共に殺したとも、一人で殺したともいう。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

放浪と二人の妻: 母の復讐の霊(エリニュス)に取り憑かれて狂ったアルクマイオンは、アルカディア、次いでプソピスの王ペゲウスのもとで清められ、その娘アルシノエと結婚してハルモニアの首飾りと衣を贈る。しかし彼のために土地が不毛になり、神託に従って河神アケロオスのもとへ行き、その娘カリロエを妻とする。カリロエが首飾りと衣を欲しがったため、「デルポイに奉納すれば狂気が治ると告げられた」と偽ってペゲウスから取り戻そうとし、事情が知れてペゲウスの息子たちに殺された。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

息子たちの復讐: 夫の死を知ったカリロエは、自分を口説くゼウスに、アルクマイオンとの息子たちをすぐに大人にしてほしいと頼んだ。急に成人した二人の息子アンポテロスとアカルナンは、首飾りと衣をデルポイに奉納しに行く途中のペゲウスの息子たちを討ち、ペゲウス夫妻も殺した。首飾りと衣は、アケロオスの指示でデルポイに奉納された。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

エウリピデスの異伝: アポロドーロスによれば、エウリピデスは、狂気のさなかのアルクマイオンがテイレシアスの娘マントとの間に息子アンピロコスと娘ティシポネをもうけ、コリントス王クレオンに預けたと語った。美しく育ったティシポネはクレオンの妃に奴隷として売られ、実の娘と知らずにアルクマイオンが買い取る。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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父の聖域からの締め出し: パウサニアスによれば、オロポスのアンピアラオスの聖域の祭壇にはアンピロコスの子らまで祀られていたが、アルクマイオンはエリピュレへの仕打ちのために、アンピアラオスの神殿でもアンピロコスと並べても祀られていなかった。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

神託はエピゴノイの遠征をアルクマイオンが率いれば勝つと告げた。彼は母を罰する前に軍を率いるのを渋ったが、総大将となってエテオクレスの子ラオダマスを討ち、テーバイ人は町を捨てて逃れた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アケロオスの娘カリロエが首飾りと衣を欲しがったため、アルクマイオンは「デルポイに奉納すれば狂気が治ると神託があった」と偽ってペゲウスから取り戻したが、召使いの口から真相が漏れ、ペゲウスの息子たちに待ち伏せされて殺された。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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ホメロスでは、『オデュッセイア』15歌の予言者の家系の中で、アンピアラオスの子として弟アンピロコスと並んで名が挙がるだけ。母殺しは語られない。ただし同じ歌は、父が「女の贈り物のために」テーバイで死んだと語っており、後の母殺しの動機はすでに出そろっている。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

太陽が見ていない土地: トゥキュディデスは、母殺しの後に放浪するアルクマイオンにアポロンが、「母を殺した時に太陽がまだ見ていなかった土地、まだ陸でなかった土地」に住むまで恐怖から解放されないと告げた、という話を伝える。彼はアケロオス川の運んだ土砂でできたオイニアダイ周辺の土地を見つけてそこに住み、その地方は息子アカルナンの名からアカルナニアと呼ばれた。アポロドーロスもアケロオスの土砂でできた土地に住んだとする。

トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』 前5世紀末、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  2. 前5世紀末トゥキュディデス『戦史(ペロポネソス戦争史)』
  3. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  4. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』
  5. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』