ギリシャ神話の地図
アテナ女神アポロン敵ウラノス父ガイア母オイディプス来訪者ニュクス母クリュタイムネストラ亡霊オレステス獲物
母を殺したオレステスを追う、復讐の女神たち。ブグローの絵。

エリニュス

Ἐρινύες神

母を殺したオレステスを追う、復讐の女神たち。ブグローの絵。 『オレステスの悔恨(復讐の女神たちに追われるオレステス)』 ウィリアム・アドルフ・ブグロー 1862年Public domain

英語で激しい怒りのことを、フューリーという。この言葉は、ギリシャ神話の復讐の女神たちをローマ人が訳した呼び名と、根が同じだ。ギリシャではエリニュスと呼ばれた。

『神統記』によれば、エリニュスたちは、天の神ウラノスの血から生まれた。息子クロノスに鎌で傷つけられたとき、飛び散った血を大地が受け、やがて復讐の女神たちが生まれ出た。父に向けられた罪から生まれた女神たちである。一方、悲劇詩人アイスキュロスの作品では、女神たちは自分を「夜の子」と名乗っている。

『イリアス』では、エリニュスは数も名前も定まらない。ある時は親の呪いを聞き届けて、それを実行する。息子を憎んだ母が大地を叩いて息子の死を祈ると、闇をさまようエリニュスが冥界の底でそれを聞いた。偽りの誓いを罰する者として、誓いの証人に呼ばれることもある。

この女神たちが最も鮮やかに姿を見せるのは、アイスキュロスの三部作『オレステイア』の最後の劇『慈しみの女神たち』である。

英雄オレステスは、父アガメムノンを殺した母クリュタイムネストラを討った。母殺しの罪を追って、エリニュスたちが彼を追い詰める。オレステスは神託の地デルポイに逃げ込むが、女神たちも神殿の中までついてきた。眠り込んだ女神たちを見た神殿の巫女は、震え上がる。ゴルゴンのようだが、翼がない。黒く、ぞっとするほど醜く、いびきをかき、目からおぞましい滴を垂らしている。

そこへ殺された母の亡霊が現れ、眠っている女神たちを叩き起こして、息子を追わせた。オレステスを守る神アポロンは、女神たちを神殿から追い払う。追跡は、女神アテナの町アテナイまで続いた。

アテナは市民から裁判官を選び、オレステスを裁く法廷を開いた。アテナ自身は、オレステスの側に票を投じると宣言した。票を数えてみると同数で、同数なら無罪という取り決めどおり、オレステスは許された。

怒った女神たちは、この国に毒を撒いて、木も子も枯らしてやると言い放つ。アテナは根気強く説得した。この地に社を設け、市民があなたたちを敬うだろう。女神たちはついに怒りを収め、アテナイを守る「尊い女神たち」として祀られることになった。

髪に蛇が交じる女神の姿を最初に詩にしたのはアイスキュロスだ、と古代の旅行家パウサニアスは書いている。三人の名前が定まるのは、もっと後の時代のことである。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘシオドス『神統記』、アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』、ウェルギリウス『アエネイス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

『神統記』では、クロノスが父ウラノスを鎌で傷つけたとき、飛び散った血の滴を大地が受け、年が巡って力強いエリニュスたちと、輝く鎧の巨人ギガース、トネリコのニンフが生まれる。父に対する罪から生まれた女神たちという位置づけ。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

アイスキュロス『慈しみの女神たち』では、エリニュスたちは自分を「夜の子」と名乗り、「母なる夜」に呼びかける。ヘシオドスの「ウラノスの血から」とは別の出自。

アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』 前458年

ローマ以後の語り

パウサニアスによれば、アテナイの「尊い女神たち」の神像には恐ろしいところは何もない。エリニュスの髪に蛇が交じる姿を最初に詩にしたのはアイスキュロスだという。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

三柱の名、アレクト、ティシポネ、メガイラは、ヘシオドスにもホメロスにも出てこない。アポロドロスは、ウラノスの血の滴から生まれた者としてこの三つの名を挙げる。ウェルギリウスの『アエネイス』では、ティシポネが冥界の罪人を鞭打ち、アレクトが戦争を起こし、メガイラは夜が一度のお産で産んだ二柱の「ディラエ」と姉妹とされる。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

恐ろしい女神なので、土地ごとに穏やかな呼び名がある。パウサニアスによれば、アテナイ人は「セムナイ(尊い女神たち)」、シキュオンの人々は「エウメニデス(慈しみ深い者たち)」と呼ぶ。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ローマ人はエリニュスをラテン語でフリアエ(Furiae)と訳した。英語の fury は14世紀後半からラテン語 furia「激しい情念、怒り、狂気」を経て使われ、同じ時期から「復讐の女神の一人」の意味でも使われている。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

もっと詳しく

ホメロスでは数も名も定まらず、単数でも複数でも呼ばれる。親の呪いを実行し(フォイニクスの父の呪い、メレアグロスの母の呪い)、年長者の権利を守り、偽りの誓いを罰する。『イリアス』では、アキレウスの馬クサントスが未来を告げたとき、その声を止めたのもエリニュスたち。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『慈しみの女神たち』では、母クリュタイムネストラを殺したオレステスをデルポイからアテナイまで追う。巫女は眠る彼女たちを見て、女ではなくゴルゴンのようだと語る。アテナが開いたアレイオス・パゴスの法廷でオレステスが無罪になると、女神たちは怒るが、アテナに説得されてアテナイに住む「尊い女神たち」として祀られることになる。

アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』 前458年

アテナは最後に自分はオレステスに票を投じると宣言し、票が同数となってオレステスは無罪になる。怒ったエリニュスたちが土地に毒を撒くと脅すと、アテナはアテナイに社と栄誉を約束して説得する。

アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』 前458年

デルポイの巫女は眠るエリニュスたちを見て、ゴルゴンのようだが翼が無く、黒く醜く、いびきをかき、目からおぞましい滴を垂らしていると語る。

アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』 前458年

ほかのつながり(1人)

敵対・殺害

  • メレアグロス敵対

    9.566-572 母アルタイアが息子の死を祈り、闇を行くエリニュスがエレボスからそれを聞く

今の言葉に残る

激怒 / fury英語 fury はラテン語 furia「激しい情念、怒り、狂気」から来ている。英語ではまず14世紀後半に神話の「フリアエの一人、復讐の霊」の意味で見え、「激しい怒り」の意味は15世紀初めから。ローマ人はギリシャ語のエリニュスを Furiae と訳しており、英語の the Furies(復讐の女神たち)もここから来ている。

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このページの出典(7件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  3. 前458年アイスキュロス『オレステイア三部作(アガメムノン・供養する女たち・慈しみの女神たち)』
  4. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  5. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  6. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  7. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』