ギリシャ神話の地図
ヘルメス魂の導き手ハデス冥界の王オデュッセウス訪れた英雄ヘラクレス訪れた英雄ペルセポネ冥界の女王アイネイアス訪れた英雄ケルベロス番犬テセウス訪れた英雄

冥界

Ἀΐδαο δόμος場所

アイネイアスの漂流12 / 14

死者は渡し守の舟で川を渡り、恐ろしい番犬が門を守る地下の国へ行く。善い人は花咲く野へ、悪人は罰の淵へ。多くの人が思い描くギリシャ神話の冥界の姿は、最初からそろっていたわけではない。何百年もかけて、少しずつ書き足されていったものだ。

では、冥界の「地図」がどのように描かれ、描き足されていったのか、古い順に見ていこう。

『イリアス』で、海の神ポセイドンは語る。自分たちクロノスの三人の息子はくじを引いた。ゼウスが天を、ポセイドンが海を、そしてハデスが暗い闇を得た。大地とオリュンポスは三人の共有だ。ハデスはもともと神の名前で、死者の国は「ハデスの館」と呼ばれていた。

その館は、『オデュッセイア』では地下にはない。世界を取り巻いて流れる大河オケアノスを越えた、その向こう岸にある。魔女キルケはオデュッセウスに道を教えた。オケアノスを渡ると、背の高いポプラと、実を結ばずに落とす柳が茂る、冥界の女王ペルセポネの森がある。そこで船を降り、燃える川と嘆きの川が、もう一つの大きな川に流れ込む岩のところで穴を掘り、犠牲の血を注いで死者を呼べ。オデュッセウスはそのとおりにして、予言者の霊や、死んだ母や、英雄アキレウスの霊と言葉を交わした。

犠牲の血に引き寄せられて現れた予言者の霊と、剣を手に待つオデュッセウス。
犠牲の血に引き寄せられて現れた予言者の霊と、剣を手に待つオデュッセウス。『生贄の最中にオデュッセウスの前に現れるテイレシアス』 ヨハン・ハインリヒ・フュースリ 1780〜1785年Public domain

『オデュッセイア』の最後には、殺された求婚者たちの魂が、ヘルメスの杖に導かれて冥界へ下っていく場面がある。魂たちはこうもりのようにきいきい鳴きながらついていき、オケアノスの流れと白い岩、太陽の門と夢の国を過ぎて、死者の霊が住む野にたどり着いた。

ヘシオドスの『神統記』には、館の前の恐ろしい番犬が出てくる。入ってくる者には尾と耳を振ってすり寄るが、出て行こうとする者は捕らえて食らう。冥界は、入れても出られない場所だった。

それでも、生きたまま下って戻ってきた者たちがいる。英雄ヘラクレスは、その番犬を地上へ連れ出した。竪琴の名手オルペウスは、ギリシャ南端の岬の洞穴から下り、亡き妻を取り戻しかけた。英雄テセウスは、友人とともに冥界の女王をさらおうとして下っていった。

冥界の地図がいちばん細かくなるのは、ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』である。トロイアの勇将アイネイアスは、巫女に導かれ、イタリアの湖のほとりの洞窟から冥界へ下りた。入口には、悲しみ、病、老い、恐れ、飢え、死、そして戦争が、姿を持って住みついていた。その先の川には、白いひげを伸ばし、目を炎のように光らせた渡し守カロンが舟を操っている。岸には、秋の森の落ち葉のように数えきれない死者が群がり、向こう岸へ渡してくれと手を差し伸べていた。けれど、葬られていない者は渡してもらえない。百年のあいだ岸をさまよって、ようやく渡ることを許される。

巫女に導かれ、炎と死者たちのあいだを進むアイネイアス。
巫女に導かれ、炎と死者たちのあいだを進むアイネイアス。『冥界のアイネイアスと巫女』 ヤン・ブリューゲル(子) 1630年代 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

川を越えると、道は二つに分かれていた。左は罪人が罰を受ける地の底タルタロスへ、右は善き人々が暮らす祝福の野エリュシオンへ。その奥には忘却の川レテが流れ、生まれ変わる定めの魂たちが、その水を飲んで前世を忘れるのだった。

こうして冥界は、大河の向こうの薄暗い館から、何本もの川と門と分かれ道を持つ、ひとつの国になっていった。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、ウェルギリウス『農耕詩』、ウェルギリウス『アエネイス』、オウィディウス『変身物語』

この物語の人々

ローマ以後の語り

ローマの詩人たちは冥界の入口を具体的な地名に置いた。オルペウスはペロポネソス南端のタイナロン(テナロン)の洞穴から下り、アイネイアスはイタリアのクマエ近く、アウェルヌス湖のほとりの洞窟から下る。

ウェルギリウス『農耕詩』 前29年頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃、オウィディウス『変身物語』 8年頃

ウェルギリウスでは、冥界の入口に悲しみ・復讐する苦悩・病・老い・恐れ・飢え・貧窮・死・労苦・眠り・戦争などが住み、アケロンの岸では渡し守カロン(白いひげ、炎のような目)が舟を操る。岸には秋の落ち葉のように死者が群がるが、葬られていない者は百年のあいだ岸をさまよってから渡される。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

冥界の奥の谷にはレテの川が流れ、再び肉体を得る定めの魂たちがその水を飲んで長い忘却に入る、とアンキセスが説明する。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

もっと詳しく

ホメロスでは冥界は「ハデスの館」と呼ばれ、ハデスはもともと神の名で、場所の名ではなかった。『イリアス』では、クロノスの三人の息子がくじを引き、ゼウスが天、ポセイドンが海、ハデスが「暗い闇」を得て、大地とオリュンポスは共有とされた。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『オデュッセイア』の冥界は地下ではなく、世界を取り巻くオケアノスの流れを越えた所にある。キルケの指示では、ペルセポネの森(背の高いポプラと実を落とす柳)がある岸に船を着け、ピュリプレゲトンとコキュトス(ステュクスの支流)がアケロンに流れ込む岩の所で穴を掘って死者を呼べ、とされる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

『オデュッセイア』最終巻では、ヘルメスが杖で求婚者たちの魂を呼び集め、オケアノスの流れ、白い岩、太陽の門、夢の国を過ぎて、死者の霊が住む「アスポデロスの野」へ導く。死者を導く神ヘルメスの姿がはっきり描かれる場面。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

残り3件を読む

ヘシオドスは、ハデスとペルセポネの館の前に恐ろしい番犬がいて、入る者には尾と耳を振って迎えるが、出て行こうとする者は捕まえて食らう、と描く。冥界は「入れるが出られない」場所だった。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

ウェルギリウス『アエネイス』第6巻で、冥界の「地図」はもっとも詳しくなる。入口の擬人化された悲しみや病、アケロンの岸と渡し守カロン、ケルベロス、幼くして死んだ者や自害した者の場所、そして分かれ道の左がタルタロス(罪人の罰の場)、右がエリュシオン(善人の野)で、その奥にレテの川が流れる。ホメロスの「オケアノスの彼方の館」から、ここまで細かい構造が書き足された。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

求婚者たちの魂は、ヘルメスの杖に導かれ、こうもりのようにきいきい鳴きながらついて行った。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ほかのつながり(7人)

仲間・師弟

出来事・場所・物

  • アイアコス審判・証人

    『ゴルギアス』524a ヨーロッパから来た死者を裁く。『変身物語』13.25-26 沈黙の者たちに法を与える

  • ラダマンテュス審判・証人

    アポロドーロス3.1.2 死後ミノスとともにハデスの国で裁判官を務める。『ゴルギアス』523e-526c アジアから来た死者を裁く

この話が出てくる作品

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このページの出典(11件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  4. 前6世紀頃(集成はさらに後代を含む)テオグニス『エレゲイア詩集』
  5. 前4世紀前半プラトン『ゴルギアス』
  6. 前3世紀アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』
  7. 前29年頃ウェルギリウス『農耕詩』
  8. 前23年・前13年ホラティウス『歌集(カルミナ)』
  9. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  10. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  11. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』