ギリシャ神話の地図
イオ祖先アテナ船の考案者ヘルメス清めた神ポセイドン姉妹の相手冥界罰の場所オルペウス聞かせた歌い手アンティゴネたとえた王女
ダナオスの娘たち。ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの作。

ダナイデス

Δαναΐδες人間

ダナオスの娘たち。ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの作。 『ダナイデス』 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1903年Public domain

ある婚礼の夜、50人の花嫁が、それぞれの寝室で眠る夫を短剣で刺した。刃を振り下ろさなかったのは、ただ一人だった。

のちの時代、望まない結婚を迫られた王女アンティゴネが「その夜、私はもう一人のダナオスの娘になる」と言い放つ場面が悲劇にある。それほどよく知られた「夫を殺す花嫁」たち。ダナオスの50人の娘、ダナイデスの物語を見ていこう。

娘たちの家系は、牝牛に変えられた娘イオにさかのぼる。イオがエジプトで産んだ子の孫の代に、双子の兄弟が生まれた。兄弟の一人ダナオスには50人の娘が、もう一人には50人の息子がいた。息子たちの父は、治めた国を自分の名にちなんでエジプトと名づけた、と後の神話集は伝える。

兄弟は王位をめぐって争った。息子たちを恐れたダナオスは、女神アテナの勧めで船を造った。これが世界で最初の船だったという。ダナオスは娘たちを乗せて海を渡り、祖先イオの故郷アルゴスへ逃れて、その国の王になった。

悲劇作家アイスキュロスの『救いを求める女たち』は、このときの娘たちを描いている。結婚を逃れてアルゴスにたどり着いた娘たちは、祖先イオがこの地の出であることを縁として、王に保護を求める。

やがて50人の息子たちがアルゴスへやって来て、恨みを水に流し、娘たちを妻にしたいと申し出た。ダナオスは相手の言葉を信じなかったが、結婚は認めた。くじで組み合わせが決められ、婚礼の宴が開かれる。宴のあと、ダナオスは娘たちに短剣を配る。

娘たちは、眠っている夫を殺した。ただ一人、長女だけが夫を助けている。夫が彼女の乙女のままでいたいという思いを尊重してくれたからだという。ローマの詩人ホラティウスは、このときの彼女の言葉を詩にしている。起きて。二度と目覚めない眠りにつかされないうちに。父と、子牛を引き裂く雌獅子のような姉妹たちを欺いて、逃げて。父が私を鎖で縛っても、遠い国へ流しても構わない。夜と愛の女神が味方してくれるうちに、行って。そしていつか、私の墓に嘆きの言葉を刻んで、と。ホラティウスは彼女を「見事な嘘つき」と呼び、永遠に名高い乙女とたたえた。

父ダナオスは、命令に背いた長女を閉じ込める。ほかの娘たちは夫の首を沼地に埋め、ゼウスの命令で、アテナと伝令の神ヘルメスが殺しの穢れを清めた。のちにダナオスは長女を夫と添わせ、残りの娘たちは、競技で勝った男たちに嫁がせた。

この後日談とは別に、ローマの詩人たちはもっと恐ろしい結末を伝えている。夫を殺した娘たちは、冥界で罰を受け続けている。底に穴の開いた器に、いつまでも水を汲み入れなければならない。水は底から流れ出して、器は永遠に満たされない。オウィディウスが描く冥界の場面では、歌い手オルペウスの竪琴に聞きほれて、娘たちがその器を忘れて手を止める。

この物語の出典: アイスキュロス『救いを求める女たち』、アイスキュロス(伝)『縛られたプロメテウス』、エウリピデス『フェニキアの女たち』、ホラティウス『歌集(カルミナ)』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』

この物語の人々

ローマ以後の語り

系譜: イオの子エパポスの孫ベロスに、双子の息子ダナオスとアイギュプトスがいた。ダナオスには50人の娘、アイギュプトスには50人の息子が生まれる。王位をめぐる争いで息子たちを恐れたダナオスは、アテナの勧めで史上最初の船を造り、娘たちを乗せてアルゴスへ逃れ、王となって住民を自分の名にちなんで「ダナオイ」と呼ばせた。ホメロスがギリシャ勢を呼ぶ「ダナオイ」の由来譚になっている。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アポロドーロスの形: 息子たちが和解と結婚を求めてアルゴスに来ると、ダナオスは結婚を認めてくじで組み合わせを決め、婚礼の宴のあと娘たちに短剣を渡す。娘たちは眠った夫を殺したが、長女ヒュペルムネストラだけは、自分の処女を尊重したリュンケウスを助けた。ほかの娘たちは夫の首をレルネに埋めた。のちにダナオスはヒュペルムネストラとリュンケウスを結婚させ、残りの娘たちは競技の勝者に妻として与えた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

冥界で穴の開いた器に水を汲み続ける罰は、アポロドーロスの神話本文には出てこない。ラテン文学では定番で、ホラティウスは「絶えず底から流れ出る水」と「冥界の罰」を歌い、オウィディウスも「失う水を繰り返し汲むベロスの孫娘たち」を、タンタロスやシシュポス、イクシオンと並べて冥界の罪人に数える。

ホラティウス『歌集(カルミナ)』 前23年・前13年、オウィディウス『変身物語』 8年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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ホラティウスは、夫を助けたヒュペルムネストラを「見事な嘘つき(splendide mendax)」と呼び、父を欺いて夫を逃がした彼女の言葉を詠む。オウィディウス『名婦の書簡』にも、彼女が夫リュンケウスに宛てた手紙の形の詩がある。

ホラティウス『歌集(カルミナ)』 前23年・前13年、オウィディウス『名婦の書簡』 前15年頃

ホラティウスでは、ヒュペルムネストラが夫に「起きて、父と姉妹を欺いて逃げて。父が私を鎖で縛っても遠い国へ流しても構わない。夜とウェヌスが味方するうちに行き、いつか私の墓に嘆きを刻んで」と告げる。詩人は彼女を「見事な嘘つき」で永遠に名高い乙女と呼ぶ。

ホラティウス『歌集(カルミナ)』 前23年・前13年

アポロドーロスでは、夫を助けたヒュペルムネストラをダナオスは閉じ込めた。ほかの娘たちは夫の首をレルネに埋め、町の前で葬礼を行い、ゼウスの命でアテナとヘルメスに清められた。のちにダナオスはヒュペルムネストラをリュンケウスと添わせ、ほかの娘たちは競技の勝者に嫁がせた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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アイスキュロス『救いを求める女たち』では、50人の娘が結婚を逃れてアルゴスに着き、王ペラスゴスに庇護を求める。娘たちは祖先イオがアルゴスの出であることを縁として訴える。この劇は殺人の前の段階で終わり、続編は散逸している。

アイスキュロス『救いを求める女たち』 前460年代(推定)

アイスキュロス『縛られたプロメテウス』では、プロメテウスがイオに子孫の運命を予言する中で、エパポスから5代目に50人の乙女がアルゴスへ逃れ、夜中に夫たちを両刃の剣で殺すが、一人だけは夫を殺さない、と語る。

アイスキュロス(伝)『縛られたプロメテウス』 前5世紀

エウリピデス『フェニキアの女たち』では、望まない結婚を迫られたアンティゴネが「その夜、私はもう一人のダナオスの娘になる」と言い返す。前5世紀のアテナイの観客には、ダナイデスが「初夜に夫を殺す花嫁」の代名詞として通じていたことがわかる。

エウリピデス『フェニキアの女たち』 前410年頃上演

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このページの出典(7件)
  1. 前460年代(推定)アイスキュロス『救いを求める女たち』
  2. 前5世紀アイスキュロス(伝)『縛られたプロメテウス』
  3. 前410年頃上演エウリピデス『フェニキアの女たち』
  4. 前23年・前13年ホラティウス『歌集(カルミナ)』
  5. 前15年頃オウィディウス『名婦の書簡』
  6. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  7. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』