ピンダロスは車輪がどこにあるかを言わないが、ローマの詩人たちは冥界の罰の一つとして描く。ウェルギリウスとオウィディウスはどちらも、オルペウスの歌を聴いてイクシオンの車輪が止まった、と書く。
ウェルギリウス『農耕詩』 前29年頃、オウィディウス『変身物語』 8年頃

Ἰξίων人間
ユノ(ヘラ)を誘惑しようとして、欺かれるイクシオン。ピーテル・パウル・ルーベンスの作。 『誘惑しようとしたユノに欺かれるラピタイの王イクシオン』 ピーテル・パウル・ルーベンス 1615年 ルーヴル美術館Public domain
翼のある車輪に手足を縛りつけられ、休むことなく回り続ける男がいる。回りながら、男は人間たちに向かって叫ぶ。恩を受けた人には、何度でも報いよ。紀元前5世紀の詩人ピンダロスは、この男イクシオンを、恩知らずの見本として描いた。
では、イクシオンがどんな罪を犯して、この罰を受けることになったのか、見ていこう。
ピンダロスによれば、イクシオンの罪は二つある。一つは、策略を使って、身内の血を流した最初の人間であること。もう一つのほうが、さらに重かった。
イクシオンは、人間の身でありながら、天の神々のもとで恵まれた暮らしを与えられていた。ところがイクシオンは、その恩をあだで返す。ゼウスの妻ヘラに欲望を抱き、言い寄ったのだ。
ゼウスは罠を仕掛けた。雲を集めて、ヘラそっくりの姿を作り、イクシオンのそばに置いたのである。イクシオンは本物のヘラだと思い込み、その雲と交わった。後の伝えによれば、イクシオンはそのあと、ヘラと寝たと言いふらしたという。
ゼウスはイクシオンを、四本のスポークの車輪に縛りつけた。車輪は風に乗って空を回り続け、イクシオンは永遠に回されることになった。ローマの詩人たちは、この車輪を冥界の罰のひとつに数えている。あるとき、竪琴の名手オルペウスが冥界へ下って歌うと、その歌に聴き入って、イクシオンの車輪さえ止まったという。
一方、雲からは、奇妙な子が生まれた。親にも神々にも似ない異形の子だった。その子が山のふもとで雌馬と交わり、上半身は父に、下半身は母に似た一族が生まれた。人と馬の姿を持つケンタウロスたちである。
ところで、『イリアス』には、この罰の話は出てこない。それどころか、ゼウスがかつて愛した女たちを数え上げる場面に、「イクシオンの妻」が出てくる。彼女がゼウスとの間に産んだ子が、英雄テセウスの親友だった。妻を奪ったのは、ゼウスのほうだったのである。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ピンダロス『祝勝歌集』、ウェルギリウス『農耕詩』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
ピンダロスは車輪がどこにあるかを言わないが、ローマの詩人たちは冥界の罰の一つとして描く。ウェルギリウスとオウィディウスはどちらも、オルペウスの歌を聴いてイクシオンの車輪が止まった、と書く。
ウェルギリウス『農耕詩』 前29年頃、オウィディウス『変身物語』 8年頃
アポロドーロスでは、イクシオンがヘラに言い寄り、ヘラがそれをゼウスに告げると、ゼウスは真偽を確かめるためにヘラそっくりの雲を作って彼のそばに置いた。イクシオンがヘラと寝たと自慢すると、ゼウスは彼を車輪に縛り、風で空中を回らせた。雲は身ごもってケンタウロスを産んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
『イリアス』には罰の話はなく、ゼウスが過去の恋を並べる中で「イクシオンの妻」に触れるだけ。彼女がゼウスとの間に生んだのが、神にも劣らぬ知恵のペイリトオスだという。つまりホメロスでは、妻を寝取った側がゼウスで、ピンダロス以降とは立場が逆になっている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ピンダロスは罪を二つ挙げる。一つは、策略をもって身内の血を流した最初の人間であること。もう一つは、神々のもとで恵まれた暮らしを与えられながら、ゼウスの妻ヘラに言い寄ったこと。この詩でイクシオンは、翼のある車輪の上で回りながら「恩人には繰り返し報いよ」と人間に告げる教訓の像として描かれる。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半
ゼウスはヘラそっくりの雲を作って罠にし、イクシオンは気づかずに雲と交わる。雲が生んだ異形の子がケンタウロスで、ペリオン山のふもとでマグネシアの雌馬と交わり、上半身は父に、下半身は母に似た一族が生まれたという。
ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半
『ピュティア祝勝歌』2.35-48 イクシオンと雲の子ケンタウロスが雌馬と交わって一族が生まれる