ギリシャ神話の地図
ポセイドン神の父ディオニュソス恋敵ヘラクレス救い主ヘレネ少女ミノタウロス宿敵アマゾン族敵ミノス敵メデイア継母
ケンタウロスを組み伏せるテセウス。カノーヴァの像。

テセウス

Θησεύς英雄

ケンタウロスを組み伏せるテセウス。カノーヴァの像。 『ケンタウロスを打ち負かすテセウス』 アントニオ・カノーヴァ 1804〜1805年CC0

テーバイ攻めの七将8 / 8

「テセウスの船」という哲学のなぞなぞがある。古くなった板を一枚ずつ新しい板に取り替えていき、ついに元の板が一枚もなくなったとき、それはまだ同じ船と言えるのか。

この船は、実在したと伝えられている。英雄テセウスが怪物退治から帰ってきた三十櫂の船を、アテネの人々は長いあいだ大事に保存し、古くなった材木を抜いては新しいものに替え続けた。それが哲学者たちの議論の種になった、と伝記作家プルタルコスが書き残している。

テセウスには、父が二人いる。子のなかったアテネの王が、神託を受けた帰りに、南の小さな町に立ち寄った。神託の意味を読み解いたその町の王は、客人を酔わせて自分の娘と床を共にさせる。ところが同じ夜、海の神ポセイドンもこの娘と交わった。アテネの王は大きな岩の下に剣とサンダルを隠し、言い残して去る。息子が生まれて、この岩を動かせるほどに育ったら、これを持たせてアテネへ寄こせ、と。

成長したテセウスは、岩を押しのけて剣とサンダルを取り出し、アテネへ向かった。安全な海の道ではなく、盗賊や怪物の出る陸の道を選んだ。鉄の棍棒で旅人を殴り殺す男を倒して、その棍棒を自分のものにした。旅人に松の木を曲げさせて跳ね飛ばす男も、同じやり方で殺した。崖の上で足を洗わせては海へ蹴り落とし、大亀の餌にしていた男は、逆に足をつかんで海へ放り込んだ。極めつけは、道ばたで旅人に宿を貸す男である。寝台を二つ用意し、背の低い客は大きな寝台に寝かせて叩き伸ばし、背の高い客は小さな寝台に寝かせてはみ出した体を切り落とした。テセウスはこれらをすべて片付けて、アテネに着いた。

アテネの王の妻になっていたのは、魔女メデイアだった。メデイアは若者の正体を見抜き、王に吹き込む。あれは国を狙う裏切り者です。王は息子と知らずに、テセウスをマラトンの暴れ牛退治に送り出した。テセウスが牛を倒して戻ると、今度はメデイアの毒の杯が差し出される。飲む寸前、テセウスは剣を父に見せた。父は剣に気づいて杯を払い落とし、メデイアは国を追われた。

剣を見て、父は目の前の若者がわが子だと気づく。
剣を見て、父は目の前の若者がわが子だと気づく。『父に見いだされるテセウス』 イポリット・フランドラン 1832年 パリ国立高等美術学校Public domain

そのころアテネは、重い貢ぎ物を課されていた。クレタ島の王ミノスの息子がアテネで死んだことから戦争になった。攻めあぐねたミノスがゼウスに祈ると、アテネは飢饉と疫病に襲われる。神託に従ってミノスの望む償いを聞き入れた結果が、若者7人と娘7人を差し出すことだった。行き先は、名工ダイダロスが造った迷宮の奥。そこに、牛の頭をした怪物ミノタウロスが閉じ込められている。テセウスは3度目の貢ぎの一人としてクレタへ渡った。自分から志願したとも言われる。船には黒い帆が張られていた。無事に帰るときは白い帆に替えよ、と父は言い含めた。

クレタでは、王の娘アリアドネがテセウスに恋をした。アテネへ連れて帰って妻にしてくれるなら助ける。そう約束させた王女は、ダイダロスに迷宮の出口の秘密を尋ね、テセウスに糸玉を渡した。テセウスは糸の端を入口の扉に結び、繰り出しながら奥へ進んだ。最も奥でミノタウロスを見つけると、拳で打ち殺し、糸をたどって外へ出た。

牛の頭をした怪物ミノタウロスと組み合うテセウス。
牛の頭をした怪物ミノタウロスと組み合うテセウス。『テラコッタのアンフォラ(壺)』 前540年ごろ メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

アリアドネと若者たちを連れて夜のうちに島を出たテセウスは、途中の島に立ち寄る。ところがそこで、酒の神ディオニュソスがアリアドネに恋をし、彼女を連れ去ってしまった。

アリアドネの前に現れた酒の神ディオニュソス。遠くの海に、テセウスの船が見える。
アリアドネの前に現れた酒の神ディオニュソス。遠くの海に、テセウスの船が見える。『バッカスとアリアドネ』 ティツィアーノ 1520〜1523年Public domain

アリアドネを失った悲しみから、テセウスは帆を白に替えるのを忘れた。アテネの丘の上から黒い帆を見た父は、息子が死んだと思い込み、身を投げて死んだ。テセウスは、こうしてアテネの王になった。

王になってからも、冒険は続く。英雄ヘラクレスとともに女だけの戦士の国アマゾンを攻め、その女王を連れ帰って息子をもうけた。のちに迎えた妻は、なんとアリアドネの妹パイドラだった。そのパイドラが、アマゾンの女王との息子に恋をし、拒まれると、息子に襲われたと嘘をつく。テセウスは妻を信じ、父なるポセイドンに息子の死を願った。海辺を戦車で走る息子の前に、波間から牡牛が現れた。馬は暴れ、息子は手綱に絡まったまま引きずられて死んだ。

波間から現れた牡牛に馬がおびえ、テセウスの息子は戦車から投げ出される。
波間から現れた牡牛に馬がおびえ、テセウスの息子は戦車から投げ出される。『ヒッポリュトスの死』 ピーテル・パウル・ルーベンス 1612年 コートールド・ギャラリーPublic domain

親友との無茶もあった。二人でゼウスの娘を妻にしようと誓い合い、テセウスがさらってきたのは、まだ12歳のヘレネ。親友のためには、冥界の女王ペルセポネを奪いに死者の国へ下った。冥界の王は二人を歓待するふりをして「忘却の椅子」に座らせ、二人は椅子に体が張りついて動けなくなった。のちに冥界へ来たヘラクレスが、テセウスだけを引き起こして地上へ帰した。

留守のあいだに、ヘレネの兄弟たちがアテネを攻め落とし、妹を取り戻していた。テセウスの母も捕らえられ、ヘレネの侍女として連れていかれた。『イリアス』にも、トロイアでヘレネに付き従う侍女の一人として、テセウスの母と同じ名の女性が出てくる。

最後は寂しい。帰ったアテネでは別の男が王座に就いており、テセウスは追われて身を寄せた島の王に、崖から突き落とされて死んだ。

これだけの冒険を重ねた英雄なのに、『イリアス』と『オデュッセイア』は彼にほとんど触れていない。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

アポロドーロスのアルゴ船乗組員名簿には「アイゲウスの子テセウス」が入っている。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アポロニオスは逆に、テセウスはペイリトオスについて冥界に下り、見えない鎖に捕らわれていたので参加できなかった、と明記する。「いれば遠征はもっと楽だったろう」とまで書く。

アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀

ローマ以後の語り

プルタルコスは、『オデュッセイア』の「テセウスとペイリトオス、神々の輝かしい子ら」という一行はアテナイ人を喜ばせるためにペイシストラトスが差し込んだ、というメガラのヘレアスの説を伝えている。アテナイの英雄をホメロスに書き足す動機があった、という古代の疑いである。

プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』 2世紀初頭

アテナイ王アイゲウスはトロイゼンで王女アイトラと交わり、岩の下に剣とサンダルを隠して去った。同じ夜にポセイドンもアイトラと交わったとされ、テセウスには「人間の父」と「神の父」の二人がいる。成長したテセウスは岩を動かして剣とサンダルを取り、陸路でアテナイへ向かった。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ミノタウロスへの三度目の貢ぎの一人として(自ら志願したとも)クレタへ渡り、恋したアリアドネが渡した糸玉を入口に結んでたどりながら迷宮に入った。最奥でミノタウロスを拳で打ち殺し、糸をたどって戻った。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

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帰路、アリアドネを失った悲しみで、無事なら白い帆に替えるという父との約束を忘れた。黒い帆を見たアイゲウスは息子が死んだと思い、アクロポリスから身を投げた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

プルタルコスは、クレタ人の言い分として、迷宮はただの牢獄で、ミノタウロスとはミノスの将軍タウロスという横暴な人物のことだった、というピロコロスの合理的な説明を紹介している。

プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』 2世紀初頭

テセウスがクレタから若者たちと帰った三十櫂の船は、アテネ人がデメトリオス・パレレウスの時代まで保存し、古い材木を抜いて新しいものに替え続けた。そのため、ものが同じであり続けるかという哲学者の議論の例になった(いわゆる「テセウスの船」)。

プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』 2世紀初頭

トロイゼンからアテネへの陸路で、棍棒の男ペリペテス(棍棒を奪って持ち歩く)、松曲げのシニス、クロミュオンの雌豚、旅人に足を洗わせて海へ蹴り落とし亀に食わせるスキロン、レスリングで殺すケルキュオン、二つの寝台で旅人の体を伸ばしたり切ったりするダマステス(ポリュペモンとも)を倒した。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アテネに着くと、アイゲウスの妻メデイアが彼を裏切り者として警戒させ、アイゲウスは息子と知らずにマラトンの牡牛退治に送る。戻ると毒の杯を渡されるが、飲む前に剣を見せ、アイゲウスは杯を払い落とした。テセウスはメデイアを追放した。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アリアドネと子どもたちを連れて夜のうちにナクソスに着くと、ディオニュソスがアリアドネに恋をして連れ去った。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アマゾンの女王(アンティオペ、メラニッペ、ヒッポリュテと名は諸説)との間に息子ヒッポリュトスをもうけ、のちにミノスの娘パイドラを妻とする。パイドラは継子ヒッポリュトスに恋をして拒まれ、襲われたと偽って訴えた。テセウスの祈りを聞いたポセイドンが海から牡牛を送り、ヒッポリュトスは戦車ごと引きずられて死ぬ。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

冥界でハデスは歓待を装ってテセウスとペイリトオスを「忘却の椅子」に座らせ、二人は椅子に張りつき蛇に巻かれて動けなくなった。ヘラクレスがテセウスだけを連れ戻す。アテネに戻ったテセウスはメネステウスに追われ、身を寄せたリュコメデスに崖から突き落とされて死んだ。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

プルタルコスによれば、周囲は盗賊の出る陸路を避けて海路で行くよう勧めたが、テセウスは同族のヘラクレスが各地で悪人を退治しているのに自分が逃げるように海を渡るのは恥だと考え、陸路を選んだ。

プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』 2世紀初頭

もっと詳しく

ホメロスでのテセウスはごくわずか。『イリアス』でネストルが昔の英雄の一人に名を挙げ、『オデュッセイア』ではアリアドネをクレタから連れ出したこと、冥界で会いたかった英雄としてペイリトオスと並んで名が出る程度。ミノタウロス退治は語られない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

テセウスが冥界にいるあいだに、ディオスクロイがアテナイを攻めてヘレネを取り戻し、テセウスの母アイトラも捕虜として連れ去った。『イリアス』でトロイアのヘレネに付き従う侍女に「ピッテウスの娘アイトラ」の名がある。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ほかのつながり(14人)

家族・恋愛

  • ヒッポリュテ配偶者

    摘要1.16 テセウスの妻のアマゾンを、シモニデスはヒッポリュテと呼ぶ(多くはアンティオペ)。プルタルコス『テセウス伝』27.4 クレイデモスも同様

敵対・殺害

仲間・師弟

出来事・場所・物

今の言葉に残る

プロクルステスの寝台 / Procrustean bed「プロクルステスの寝台」は、杓子定規に物事を型へ押し込むこと、容赦のない無理強いのたとえ。もとはアテネへ向かう街道にいた追いはぎの話である。旅人をもてなすふりをして寝台に寝かせ、背が足りなければ叩いて引き延ばし、はみ出せば切り落とした。アポロドーロスでは寝台は大小二つあり、背の低い者を大きい寝台に、高い者を小さい寝台に寝かせたので、だれ一人ぴったり合うことはなかった。この男を、同じやり方で退治したのがアテネの王子テセウスである。名前はギリシャ語で「引き延ばす者」の意味。英語の形容詞 Procrustean は1822年から比喩として使われている。

テセウスの船 / Ship of Theseus古くなった部品を一つずつ新しいものに取り替えていき、最後に元の部品が一つも残らなくなったら、それはまだ同じものと言えるのか。哲学でよく知られたこの問いは「テセウスの船」と呼ばれる。もとになった船は実在すると信じられていた。プルタルコスの『テセウス伝』によれば、英雄テセウスが若者たちを連れてクレタ島へ渡り、無事に帰ってきた三十本櫂の船を、アテナイの人々は紀元前4世紀の終わりごろまで保存していた。古い木材を取り外しては新しい丈夫な木材に替えていたため、この船は、成長するものは同じか否かを論じる哲学者たちの格好の例になり、同じ船だと言う者と、もう別の船だと言う者に分かれた、という。プラトンの『パイドン』にも、この船が出てくる。アテナイは、テセウスたちが生きて帰れたらと神アポロンに誓い、その船を毎年デロス島へ送り出していた。船が戻るまでは死刑を行えない決まりで、そのためにソクラテスの処刑が延びたのだという。いまの哲学の百科事典は、外した古い板で別にもう一隻組み立てたら、どちらが元の船か、という形にまで広げて論じている。

この話が出てくる作品

次に読む

このページの出典(12件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前428年上演エウリピデス『ヒッポリュトス』
  4. 前420年代後半上演エウリピデス『嘆願する女たち』
  5. 前401年上演(作者の死後)ソポクレス『コロノスのオイディプス』
  6. 前3世紀アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』
  7. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  8. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  9. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  10. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』
  11. 2世紀初頭プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』
  12. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』