語源はギリシャ語以前の言葉とみられる。リュディア語の labrys(両刃の斧、王権の象徴)と結びつけて「両刃斧の宮殿」、つまりクノッソス宮殿そのものを指したとする説が古くからあるが、言語学者ビークスはこれを「推測にすぎない」とし、狭い路地を意味する laura との比較を示している。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
λαβύρινθος場所
「ラビリンス」は、英語で迷路や迷宮のこと。込み入って抜け出せない状況のたとえにも使われ、耳の奥の入り組んだ器官も「内耳迷路」、つまりラビリンスと呼ばれる。もとをたどると、クレタ島にあったという伝説の建物、ラビュリントスに行き着く。
一度入ったら出られない建物は、なぜ造られ、誰が抜け出したのか。物語を追ってみよう。
迷宮を造らせたのは、クレタの王ミノスである。海の神ポセイドンとの約束を破った罰で、王妃が牡牛に恋をし、頭は牛で体は人という怪物ミノタウロスを産んでしまった。王家の恥を人目から隠すため、ミノスは怪物を閉じ込める建物を、アテナイから逃れてきていた名工ダイダロスに造らせた。
ローマの詩人オウィディウスは、その造りを川にたとえている。小アジアの蛇行する川が、行きつ戻りつして流れ、自分の流れとぶつかりながら水源へ向かったり海へ向かったりするように、ダイダロスは無数の道を迷わせるように組み上げた。造ったダイダロス自身でさえ、入口に戻ってくるのがやっとだった、と。後の神話集も、入り組んだ曲がり角が外への道を惑わせる部屋で、入った者は出口を見つけられなかった、と書く。
怪物のえさとして、アテナイから若者と娘が送られてきた。オウィディウスでは9年ごとに、7人ずつである。
三度目の貢ぎの中に、アテナイの王子テセウスがいた。王の娘アリアドネが彼に恋をし、ダイダロスに迷宮から出る方法を尋ねる。教えられたとおり、アリアドネは糸玉をテセウスに渡した。テセウスは入口に糸の端を結びつけ、糸を繰り出しながら奥へ進む。迷宮のいちばん奥で怪物を見つけて拳で打ち殺すと、糸をたぐって外へ戻ってきた。それまで誰も戻れなかった戸口が、娘の知恵で初めて見つかったのである。

テセウスの脱出を知ったミノスは、手を貸したダイダロスを、息子イカロスともども迷宮に閉じ込めた。自分で造った迷路からは、歩いて出られない。ダイダロスは翼を作り、空から逃げ出した。
古代のギリシャ人の中にも、この話をそのまま信じない人はいた。伝記作家プルタルコスが伝える説では、クレタの人々は、迷宮とはただ逃げ出せないだけの牢屋だった、と言っていたという。
ラビュリントスという名は、クレタだけのものでもなかった。歴史家ヘロドトスは、エジプトにある巨大な建物をラビュリントスと呼び、言葉では言い表せないほどだと驚いている。ローマの学者プリニウスは、ダイダロスがこのエジプトの迷宮を手本にしたと書いた。
この物語の出典: ヘロドトス『歴史』、オウィディウス『変身物語』、大プリニウス『博物誌』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
語源はギリシャ語以前の言葉とみられる。リュディア語の labrys(両刃の斧、王権の象徴)と結びつけて「両刃斧の宮殿」、つまりクノッソス宮殿そのものを指したとする説が古くからあるが、言語学者ビークスはこれを「推測にすぎない」とし、狭い路地を意味する laura との比較を示している。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
クノッソス出土の線文字B粘土板に「ラビュリントスの女主人」と読める語句(da-pu2-ri-to-jo po-ti-ni-ja)があるとされる。本担当では一次資料・辞書で未確認。
アポロドーロスは、迷宮を「入り組んだ曲がり角で外への道を惑わせる部屋」と説明し、入った者は出口を見つけられなかったとする。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウスは、行きつ戻りつ自分の流れに出会うマイアンドロス川(「蛇行」meander の語源)にたとえ、造ったダイダロス自身も入口に戻るのがやっとだったと書く。
オウィディウス『変身物語』 8年頃、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
プルタルコスが伝えるピロコロスの説では、クレタ人は「迷宮はただ逃げられないだけの牢獄だった」と言っていた。怪物の棲む迷路ではなく、アテナイの若者を競技の賞品として閉じ込めておく場所だったという合理的な解釈。
プルタルコス『対比列伝(英雄伝)』 2世紀初頭
オウィディウスでは、ミノタウロスはアテナイの血で二度養われ、9年ごとの三度目のくじで選ばれた者(テセウス)に倒された。それまで誰も再びたどれなかった戸口が、乙女(アリアドネ)の助けと巻き戻す糸で見つけられた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
ホメロスには迷宮は出てこない。クノッソスとダイダロスとアリアドネが一緒に出てくる『イリアス』の場面でも、造られたのは「踊り場」である。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
「ラビュリントス」は古代にはクレタだけの名ではなかった。ヘロドトスはエジプトのモエリス湖近くの巨大な建造物をラビュリントスと呼んで「言葉では言い表せない」と驚き、大プリニウスは、ダイダロスがこのエジプトのものを手本に、その百分の一だけを真似てクレタの迷宮を造ったと書いて、エジプト・クレタ・レムノス・イタリアの4つを挙げる。
ヘロドトス『歴史』 前430年頃、大プリニウス『博物誌』 77年
labyrinth(ラビリンス・迷路)「迷路・迷宮」を意味する英語。ラテン語 labyrinthus、ギリシャ語 labyrinthos を経て15世紀初めに英語に入り、1540年代には「込み入った状況」の比喩にもなった。1690年代からは耳の奥の器官「内耳迷路」の名でもある。語源はギリシャ語以前の言葉とみられ、両刃の斧 labrys と結びつける伝統的な説を、言語学者ビークスは推測的だとしている。