ウェルギリウスと同時代のギリシャ人歴史家ディオニュシオスが伝える航路は、トラキアのパレネ半島→デロス→キュテラ→ザキュントス→レウカスとアクティウム→ブトロトン→イタリア南端→シチリア→ラウレントゥムで、カルタゴには寄らない。ディオニュシオスは、アイネイアスがトラキアで死んだ、アルカディアに住んだという説もあると並べている。
ハリカルナッソスのディオニュシオス『ローマ古代誌』 前7年頃
出来事
古代のローマ人は、自分たちの祖先を、燃え落ちるトロイアから逃れてきた一人の英雄だと考えていた。その英雄アイネイアス(ラテン語ではアエネアス)が、地中海をさまよった末にイタリアへたどり着くまでを描いたのが、ローマの詩人ウェルギリウスの叙事詩『アエネイス』である。
敗れた国の王子が、どうやって新しい国の祖になったのか。その長い旅を、落城の夜から順にたどってみよう。
トロイアが落ちた夜、アイネイアスは年老いた父アンキセスを背負い、幼い息子アスカニウスの手を引いて、燃える町を抜け出した。妻はその後ろをついてきたはずだった。ところが町の外で振り返ると、妻の姿がない。引き返して探し回るアイネイアスの前に、妻の亡霊が現れて告げる。あなたは長い流浪の果てに、西の国へ行く。そこには川がゆるやかに流れ、王国と王家の花嫁が待っている、と。三度抱きしめようとして、三度とも、その姿は風のように腕をすり抜けた。

生き残ったトロイア人を船に乗せ、アイネイアスは海へ出る。最初に上陸したトラキアで、祭壇を飾ろうと茂みの枝を引き抜くと、根から黒い血がしたたった。地の底から声がする。なぜ私を引き裂くのか。私はここに葬られたトロイアの王子だ、と。王子は、この地の王に殺されていた。一行は急いでこの呪われた地を去った。
アポロンの聖地デロス島で、一行は神託を受ける。お前たちの一族が最初に生まれ出た地が、お前たちを迎えるだろう。「古い母」を探せ。父アンキセスは、それを先祖の出たクレタ島のことだと考えた。ところがクレタに町を築くと、疫病と日照りが襲う。夢に現れたトロイアの守り神たちが、本当の行き先を告げた。一族の祖が生まれたのはイタリアだ、と。
海の上では、人の顔をした怪鳥ハルピュイアに食事を襲われた。怪鳥の一羽が不吉な予言を残す。お前たちはイタリアに着くが、飢えに苦しんでテーブルまで食べ尽くすまで、町に城壁を巡らせることはできない、と。

ギリシャ本土の西の町では、思いがけない再会があった。トロイアの総大将ヘクトルの妻だったアンドロマケが、予言の力を持つトロイアの王子とともに、小さなトロイアを築いて暮らしていたのである。王子は、この先の航路と、避けるべき怪物の海峡を教えてくれた。

シチリア島のエトナ山のふもとでは、痩せ衰えた一人のギリシャ人が駆け寄ってきた。英雄オデュッセウスの部下で、一つ目の巨人の島に置き去りにされていたのだという。そこへ巨人ポリュペモス本人が、羊を連れて浜へ降りてくる。一行はその男を船に乗せ、必死に漕ぎ去った。
シチリアの西の端で、父アンキセスが死んだ。どんな危険の中でも支えだった父を失ったところで、アイネイアスの回想は終わる。
ここまでの旅を、アイネイアスはカルタゴの女王ディドに語って聞かせていた。イタリアを目指す船団は、女神ユノ(ヘラ)が起こした嵐でアフリカの岸に打ち上げられ、女王の町に迎えられたのである。トロイアを出てから、7度目の夏だった。

話を聞いた女王は、アイネイアスに恋をした。二人は結ばれ、アイネイアスはカルタゴの町づくりに手を貸しはじめる。ところがゼウスの使いが降りてきて、お前の使命はイタリアにある、と告げる。アイネイアスがひそかに船出の支度を始めると、女王は泣いて引き止め、最後には呪いの言葉を残して、アイネイアスの置いていった剣で自らを刺した。

シチリアに戻って父の一周忌の競技会を開いたあと、船団はついにイタリアへ渡る。その途中、夜の海で眠気に襲われた舵取りが、舵ごと海へ落ちて姿を消した。
イタリアの岸に着くと、アイネイアスは巫女に導かれて冥界へ降り、亡き父の霊と再会した。父は、これから生まれてくるローマの英雄たちの魂を息子に見せる。

そしてテヴェレ川の河口にたどり着いた一行は、岸辺で食事をとった。平たいパンを皿がわりに、その上に果物を載せて食べ、最後にパンそのものまで平らげてしまう。息子アスカニウスが笑って言う。あれ、テーブルまで食べちゃった。その一言で、アイネイアスは悟った。予言は果たされた、ここが約束の地だ、と。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、レスケス(伝)『小イリアス』、リウィウス『ローマ建国以来の歴史』、ウェルギリウス『アエネイス』、ハリカルナッソスのディオニュシオス『ローマ古代誌』
ウェルギリウスと同時代のギリシャ人歴史家ディオニュシオスが伝える航路は、トラキアのパレネ半島→デロス→キュテラ→ザキュントス→レウカスとアクティウム→ブトロトン→イタリア南端→シチリア→ラウレントゥムで、カルタゴには寄らない。ディオニュシオスは、アイネイアスがトラキアで死んだ、アルカディアに住んだという説もあると並べている。
ハリカルナッソスのディオニュシオス『ローマ古代誌』 前7年頃
叙事詩環『小イリアス』の断片では、トロイア陥落のあとアイネイアスはネオプトレモスの捕虜として船に乗せられる。地中海をさまよう旅そのものが語られない伝え方もあった。
レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃
リウィウスはごく短く、アイネイアスはまずマケドニアに行き、そこからシチリアを経てラウレントゥムの地に着いたとだけ書く。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末
トロイア近くのアンタンドロスで船団を造って出航し、トラキア(ポリュドロスの墓)→デロス島→クレタ→ストロパデス島(ハルピュイア)→アクティウム→エペイロスのブトロトン→イタリアのかかと→エトナ山麓(キュクロプス)→シチリア西端のドレパヌムと進む。そこから嵐でカルタゴへ流され、シチリアに戻ってからクマエ、ラティウムへ向かう。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
目的地は最初から分かっていたわけではない。デロスの神託「古い母を探せ」を父アンキセスはクレタのことと読み違え、クレタに町を築いてから、守り神の夢で本当の行き先がイタリア(トロイア王家の祖ダルダノスの出身地)だと知らされる。旅は予言を少しずつ解き直していく過程でもある。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
カルタゴに着いたときには、トロイアを出てから7度目の夏になっていた。ディドのこの言葉が、漂流の長さを示すほぼ唯一の手がかり。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
『アエネイス』2巻で、アイネイアスは父アンキセスを背負い、息子イウルスの手を引いて逃れるが、妻クレウサははぐれて姿を消す。探し回る夫の前に亡霊となって現れ、長い流浪の果てに、テヴェレ川の流れるヘスペリアで王国と王家の花嫁を得ると告げる。三度抱こうとして、三度すり抜けた。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
トラキアで祭壇を飾るため茂みの枝を引き抜くと、根から黒い血がしたたり、そこに葬られたプリアモスの子ポリュドロスの声が、なぜ私を引き裂くのかと訴えた。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
ハルピュイアのケライノは、トロイア人は飢えに迫られてテーブルまで食べ尽くすまで町に城壁を巡らせられない、と予言した。テヴェレの岸で、一行がパンを皿にして果物を食べ、パンまで平らげたとき、イウルスが「テーブルまで食べてしまった」と言い、アイネイアスは予言の成就とこの地が約束の地であることを悟る。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
寄港地の大半は、カルタゴの女王ディドの宴で、アイネイアスが頼まれて語る回想になっている。落城の夜(2巻)と航海(3巻)を語り終えると、3巻の最後でアンキセスの死を告げて口を閉じる。オデュッセウスがパイエケス人の宴で漂流を語る『オデュッセイア』9〜12歌と同じ入れ子の形。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
オデュッセウスの漂流と同じ場所をいくつも通る。スキュラとカリュブディスの海峡(警告を受けて迂回)、キュクロプスの浜(ポリュペモス本人を見る)、セイレンの岩、キルケの岸。ただしどれも上陸や対決はせず、先にオデュッセウスが通った場所を後から避けて通る形になっている。キュクロプスの浜では、オデュッセウスが置き去りにした部下アカイメニデスを拾い上げる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃