エトナ山麓の浜で夜を明かしたトロイア人の前に、やせ衰え、ひげは伸び放題、とげで綴じた服をまとった見知らぬ男が森から出てくる。トロイアの武具を見て一瞬立ちすくむが、「自分はギリシャの船団の一人だ。罪が許せないなら海に投げ込んでくれ。人の手で死ねるならそれでいい」と足元にすがる。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

人間
一つ目の巨人の島に取り残され、アイネイアスたちに助けを乞うアカイメニデス。 『アカイメニデスとポリュペモス』 ジュゼッペ・ゾッキ 1760年Public domain
一つ目の巨人の洞窟から、英雄オデュッセウスと仲間たちは命からがら逃げ出した。ところが、その慌ただしさの中で、一人の仲間が洞窟に置き去りにされていた。『オデュッセイア』は、この男のことを何も語らない。彼の運命を書き留めたのは、ずっと後の時代、紀元前1世紀のローマの詩人ウェルギリウスだった。
その男の名はアカイメニデス。
では、敵の船に命を救われたギリシャ人の物語を見ていこう。
燃え落ちたトロイアを逃れたアイネイアスの一行は、シチリアの火の山エトナのふもとの浜で夜を明かした。朝になると、森の中から見知らぬ男がよろめき出てきた。極限まで痩せ衰え、汚れきって、ひげは伸び放題、服はとげで綴じ合わせてある。それでも、身なりからギリシャ人だと分かった。
男はトロイアの鎧を見ると、一瞬立ちすくんだ。けれどもすぐに浜へ駆け寄り、泣きながら頼んだ。星にかけて、神々にかけて、この天の光にかけて、どこへでもいいから連れ出してくれ。私はギリシャの船団の一人で、トロイアを攻めた男だ。その罪が許せないなら、私を切り刻んで海に投げ込んでくれ。死ぬにしても、人間の手で死ねるならそれでいい。
アイネイアスの父アンキセスは、ためらうことなく若者に右手を差し出した。落ち着いた男は語りはじめた。私はイタケの生まれで、不運なオデュッセウスの仲間、名はアカイメニデス。貧しい父のもとを出てトロイアへ来た。
彼は、洞窟で見たことを語った。巨人が仲間を二人つかみ、洞窟の真ん中で仰向けになって岩に打ちつけ、血を滴らせながら食らうのを、この目で見た。オデュッセウスは黙ってはいなかった。巨人が酒と肉に酔って眠り込むと、仲間たちは神々に祈り、くじを引いて、額の下の一つ目を鋭い杭でえぐる。ところが逃げ出すとき、仲間たちは慌てて、彼を置き去りにしてしまった。
それから月が3度満ちた。彼は森の獣の巣のあいだに隠れ、木の実と草の根で飢えをしのいだ。山の上を歩き回る巨人たちの足音と声に、ずっと震えていた。
言い終わらないうちに、山の上に、盲目の巨人ポリュペモスが羊を連れて現れた。松の幹を杖にして浜へ下り、えぐられた目の血を海で洗っている。一行は、助けを求めてきた男を船に乗せ、音を立てずに綱を切って漕ぎ出した。物音を聞きつけた巨人が叫ぶと、海も大地も震え、エトナ山がとどろき、仲間の巨人たちが浜に集まってきた。船はかろうじて逃れた。
その後アカイメニデスは、トロイア人の船でシチリアの岸をたどり、かつてオデュッセウスと通った場所を案内した。オウィディウスは、のちにイタリアの浜で、彼がオデュッセウスの別の仲間と再会した話まで書き足している。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ウェルギリウス『アエネイス』、オウィディウス『変身物語』
エトナ山麓の浜で夜を明かしたトロイア人の前に、やせ衰え、ひげは伸び放題、とげで綴じた服をまとった見知らぬ男が森から出てくる。トロイアの武具を見て一瞬立ちすくむが、「自分はギリシャの船団の一人だ。罪が許せないなら海に投げ込んでくれ。人の手で死ねるならそれでいい」と足元にすがる。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
敵であるギリシャ人を、トロイア人のアイネイアスたちは迷わず受け入れる。アンキセスは長く考えずに若者に右手を差し出して安心させる。直後に盲目のポリュペモスが海辺に降りてくると、一行は「助けを求めた者を当然のように乗せて」、黙って綱を切り逃げ出す。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
オウィディウスでは後日談がある。アイネイアスの船がイタリアの海岸(「まだ乳母の名がついていない」浜、のちのカイエタ)に寄ったとき、アカイメニデスは、オデュッセウスの仲間で旅に疲れてそこに住みついていたマカレウスと再会する。死んだと思っていた相手が生きていることに驚くマカレウスに、アカイメニデスはポリュペモスの恐ろしさとアイネイアスへの恩を語り、マカレウスはその後のキルケの島での出来事を語り返す。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
父の名はアダマストゥス。貧しい父のもとからトロイアへの遠征に加わったイタケの出身だと名乗る。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
置き去りにされたアカイメニデスは、月が3度満ちるあいだ森の獣の巣に隠れ、木の実や草の根で生き延び、キュクロプスたちの足音と声に震えていた。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
アカイメニデスは洞窟で見たことを語る。キュクロプスが仲間二人を岩に打ちつけて食べるのを見た。オデュッセウスは酒で眠らせ、くじを引いた仲間とともに鋭い杭で一つ目を潰した。『オデュッセイア』9歌でオデュッセウス自身が語る場面を、ウェルギリウスはその場にいた別の部下の口からもう一度語らせている。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
ホメロスの『オデュッセイア』9歌では、オデュッセウスは羊の腹の下に隠れて洞窟を出ると、仲間を縄から解いて船へ連れ帰る。船の仲間は生きて戻った者たちを喜び、食われた者たちを嘆く。置き去りにした仲間の話は出てこない。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃