低い岩の下、大きな無花果の木の下にあり、一日に三度黒い水を呑み、三度吐き出す。呑み込む時に近づけば、ポセイドンでさえ救えないとキルケは警告する。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

Χάρυβδις怪物
無花果の枝にぶら下がり、下の渦カリュブディスを恐れて見下ろすオデュッセウス。左には岩に巻きつく海の怪物スキュラ(フュースリの水彩画をもとにした石版画)。ヘンリー・フュースリ(原画)の作。 『スキュラとカリュブディスのあいだのオデュッセウス』 ヘンリー・フュースリ(原画) 1806〜1870年 大英博物館Public domain
英語には「スキュラとカリュブディスの間」という言い回しがある。一方の危険をよけると、もう一方の危険に近づいてしまう。前門の虎、後門の狼のような板挟みを言う言葉で、もとは『オデュッセイア』に出てくる、狭い海峡の両側に待ち構えた二つの災いだ。
では、その片方、海の渦カリュブディスがどんな怪物として語られたのか、見ていこう。
英雄オデュッセウスに、この海峡のことを教えたのは魔女キルケだった。海峡の両側には崖がそそり立ち、矢を射れば届くほど近い。高い崖の洞穴には、六つの首を持つ怪物スキュラが潜んでいる。もう一方の低い崖には、葉の茂った大きな無花果の木が一本生えていて、その真下にカリュブディスがいる。
カリュブディスは、一日に三度、黒い海水を吸い込み、三度吐き出す。吸い込むときに居合わせたら、海の神ポセイドンでさえ助けられない。だからスキュラの崖すれすれを急いで通り抜けなさい、とキルケは言った。仲間を6人失って嘆くほうが、全員を失うよりずっといい。
オデュッセウスは仲間に、渦から離れて崖沿いを行けとだけ命じ、スキュラのことは言わなかった。怖がって漕ぐのをやめ、船倉に固まってしまうのを恐れたからだ。海峡に入ると、カリュブディスが恐ろしい勢いで海水を吸い込んでいた。吐き出すときには、大火にかけた大釜のように泡立ち煮えたぎり、しぶきが両方の崖の頂にまで降りかかる。吸い込むときには、渦の底まで丸見えになり、岩が恐ろしく鳴り響いて、海の底の黒い砂がのぞいた。仲間たちが青ざめて渦を見つめていたその隙に、反対側からスキュラの首が伸び、6人をさらっていった。
オデュッセウスがカリュブディスに近づくのは、これが二度目のことになる。太陽神の牛を食べた罰に船が雷で砕かれ、ひとり残った彼は、船の竜骨と帆柱にしがみついて漂っていた。南風が吹き、一晩かけて、あの海峡へ押し戻されてしまう。
夜明け、ちょうどカリュブディスが海水を吸い込むところだった。オデュッセウスは跳び上がって、渦の上に張り出した無花果の木にしがみついた。蝙蝠のようにぶら下がったまま、足をかける場所もない。竜骨と帆柱が吐き出されてくるのを、ひたすら待った。それが出てきたのは、裁判の席で若者たちの争いを裁いていた人が、夕食に立ち上がるころだった、とオデュッセウスは語る。手足を放して水に落ち、木材にまたがって、手で漕いでその場を離れた。スキュラの目には、もう留まらなかった。
のちにトロイアの英雄アイネイアスも、この海峡のそばを通る。遠くから渦の音を聞いた一行は、これがカリュブディスだと叫んで、全力で漕いで逃れた。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ウェルギリウス『アエネイス』、エラスムス『格言集(アダギア)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
低い岩の下、大きな無花果の木の下にあり、一日に三度黒い水を呑み、三度吐き出す。呑み込む時に近づけば、ポセイドンでさえ救えないとキルケは警告する。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
キルケは「カリュブディスよりスキュラの側を通れ。6人を失うほうが、船ごと全員を失うよりよい」と指示する。二つの悪のうち小さい方を選ぶ判断として語られる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
難破後の二度目の通過では船の残骸ごと呑み込まれかけ、渦の上の無花果の木に蝙蝠のようにぶら下がって、竜骨が吐き出されるのを待つ。時刻を「裁判の席から人が夕食に立つ頃」と比喩で表す。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
「スキュラとカリュブディスの間」は、二つの危険のどちらを避けても他方に近づく状況を表す言い回しとして現代語に残る。ホメロス自身はこの表現を使わないが、キルケが「船ごと全員を失うより六人を取られる方がましだ」と助言する場面がもとになっている。ラテン語の成句としてはエラスムス『格言集』に収められて広まった。語源の節も参照。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、エラスムス『格言集(アダギア)』 1500年初版、1508年アルドゥス版で大幅増補、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
一度目の通過で、カリュブディスは吐き出すとき大釜のように煮えたぎってしぶきが両崖の頂に降り、吸い込むときは渦の底の黒い砂まで見えた。仲間が渦に気を取られているあいだに、スキュラが6人をさらった。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
1.9.25