ギリシャ神話の地図
オデュッセウス聞いた男キルケ教えた魔女オルペウス打ち消した歌い手アルゴナウタイの遠征通った船乗りペルセポネ仕えた相手アプロディテ救った女神メルポメネ母
帆柱に縛られたオデュッセウスの船を取り囲むセイレーンたち。ウォーターハウスの絵。

セイレーン

Σειρῆνες怪物

帆柱に縛られたオデュッセウスの船を取り囲むセイレーンたち。ウォーターハウスの絵。 『オデュッセウスとセイレーン』 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1891年 ヴィクトリア国立美術館(メルボルン)Public domain

アイネイアスの漂流10 / 14

オデュッセウスの漂流8 / 14

危険を知らせる警報の「サイレン」。この名前は、歌声で船乗りを引き寄せて命を奪ったギリシャ神話の海の魔物、セイレーンから来ている。19世紀には、汽船で警報音を出す装置がこう呼ばれるようになり、この名が機械の音に移った。

船乗りたちが恐れたその歌声の正体を、古い話から聞いてみよう。

セイレーンの話をいちばん古く伝えるのは、『オデュッセイア』だ。帰り道を急ぐ英雄オデュッセウスに、魔女キルケが警告する。この先に、澄んだ歌声で人を惑わす者たちがいる。知らずに近づいて歌を聞いた者は、二度と家に帰れず、妻も子も迎えることはない。彼女たちの座る草地のまわりには、朽ちた人の骨が山と積まれ、干からびた皮がまとわりついている、と。

『オデュッセイア』が語るのは、声のことだけだ。姿も、名前も書かれていない。

キルケは切り抜け方も教えた。オデュッセウスは、柔らかくした蜜蝋で仲間たちの耳をふさぐ。自分だけは耳をふさがず、手足を帆柱に縛りつけさせた。もし解いてくれと頼んだら、もっと固く縛れ、と言い含めて。

船が近づくと、風がぴたりとやみ、海は静まり返った。そして、歌が聞こえてくる。

その歌は、美しい声で誘うだけではなかった。こちらへおいで、名高いオデュッセウス。私たちの歌を聞かずに通り過ぎた者はいない。トロイアの野でギリシャ人とトロイア人が神々の意志で耐え忍んだことを、私たちは残らず知っている。豊かな大地に起きることは何でも知っている。セイレーンが差し出したのは、知ることの誘惑だった。

オデュッセウスは、縄を解けと眉で合図した。仲間たちは言いつけどおり、さらに縄を増やして彼を縛り、力いっぱい漕ぎ続ける。歌が聞こえなくなってようやく、仲間は耳の蝋を外し、隊長の縄を解いた。

鳥の体を持つ姿は、もっと後の時代のものだ。後の神話集では、セイレーンは3人の姉妹で、一人が竪琴を弾き、一人が歌い、一人が笛を吹く。腿から下は鳥の姿だった。船が一隻でも無事に通り過ぎたら、自分たちは死ぬ定めにあり、オデュッセウスが通ったあと、その言葉どおりに死んだという。

人の顔に鳥の体を持つセイレーンの像。
人の顔に鳥の体を持つセイレーンの像。『セイレーンの青銅小像』 前500年ごろ メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

オデュッセウスとは別の切り抜け方をした船もある。金の羊毛を求めて旅したアルゴ船の英雄たちだ。セイレーンの島に差しかかったとき、名高い歌い手オルペウスが竪琴をかき鳴らし、速い調子の歌で彼女たちの声をかき消した。それでも一人だけ、歌声に心を奪われて海に飛び込んだ男がいた。愛の女神アプロディテが彼を哀れんで渦の中から救い上げ、シチリアの岬に住まわせたという。

アルゴ船の旅を描いたその叙事詩によれば、セイレーンたちは、かつて女神デメテルの娘ペルセポネのそばで、一緒に歌っていたこともあった。そのころの姿は、半ば鳥、半ば乙女だったと語られる。

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、『広辞苑』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ホメロスの原文はセイレーンを双数形(Σειρήνοιιν)で受けており、2人と読める。3人とする数は後代の伝承による。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

異伝: アポロドーロスの摘要では、ピシノエ・アグラオペ・テルクシエピアという3人とされ、アケロオス川とムーサのメルポメネの娘たちだとされる。一人が竪琴、一人が歌、一人が笛を担当したという。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

鳥の体という姿はホメロスにはない。アポロドーロスの摘要は、セイレンをアケロオスとムーサのメルポメネの娘三人とし、「腿から下は鳥の姿をしていた」と記す。人魚として描かれるのは中世以降の西欧の伝統で、原典から離れた変形である。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

アポロドーロスの摘要では、船が一隻でも通り過ぎればセイレーンたち自身が死ぬと予言されており、オデュッセウスが通ったあとその通りに死んだ。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

もっと詳しく

キルケの警告では、セイレーンは澄んだ歌で人を惑わし、近づいた者は妻子の待つ家に帰れず、その周りには朽ちた人の骨が積まれ皮が縮んでいる、と語られる。姿かたちについての記述はまったくない。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

オデュッセウスは仲間の耳を蜜蝋で塞ぎ、自分だけは帆柱に縛らせて歌を聞く。合図したらいっそう固く縛れと命じてあり、実際に縄を増やされる。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

歌の中身は美声そのものではなく「知識」である。トロイアでアルゴス人とトロイア人が神々の意志で耐えたことを我らは知り、豊かな大地に起こるすべてを知っていると誘う。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

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別の航海譚: アポロニオス『アルゴナウティカ』では、アルゴ船がセイレーンの島を通るとき、オルペウスが竪琴を掻き鳴らして歌声をかき消す。耳を塞ぐオデュッセウスの解法と対になる。

アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀

アポロニオスでは、セイレーンたちはアケロオスとムーサのテルプシコレの娘で、かつてデメテルの娘(ペルセポネ)のそばで歌っていた。いまは半ば鳥、半ば乙女の姿。オルペウスの竪琴が歌声をかき消したが、ブテスだけは心を奪われて海に飛び込み、キュプリス(アプロディテ)に救われてシチリアのリリュバイオン岬に住まわされた。

アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀

ほかのつながり(1人)

家族・恋愛

  • ムーサ親

    1.3.4 ムーサの一人メルポメネが河神アケロオスとのあいだにセイレンたちを産む

今の言葉に残る

サイレン / siren警報装置のサイレン。歌で船乗りを惑わせたセイレーンの名から。英語 siren は14世紀半ばに神話上の海の精として入り、1580年代に「魅惑する女性」の比喩、警報音を出す装置の意味は1879年(汽船について)から記録される。日本語の「サイレン」はこの装置の意味を英語から受け取ったもの。

スターバックスのロゴのセイレーンコーヒーチェーンのスターバックスのロゴに描かれた女性は、セイレーン(英語でサイレン)。同社の公式サイトによれば、1971年、シアトルがピュージェット湾に面していることと、コーヒー交易が海と結びついていることから、創業者の仕事仲間だったデザイナーのテリー・ヘクラーが古い海の本を探し、ある挿絵のセイレーンを見つけた。同社はセイレーンを「ギリシャ神話の、二股の尾をもつ魅惑的な人魚で、美しい歌で船乗りを破滅に誘う」と説明している。ただし古代の書き物では姿が違う。ホメロスの『オデュッセイア』はセイレーンの姿にまったく触れず、アポロドーロスは「腿から下は鳥の姿」とし、アポロニオスも半ば鳥、半ば乙女とする。魚の尾をもつ人魚の姿は、これらの古代の書き物には出てこない。

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このページの出典(4件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  2. 前3世紀アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』
  3. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』