ギリシャ神話の地図
ゼウス父アポロン仲間アキレウス英雄スフィンクス謎の弟子ムネモシュネ母オルペウス息子セイレーン娘たちカリオペ姉妹
アポロンを囲んで集うムーサたち。

ムーサ

Μοῦσαι神

アポロンを囲んで集うムーサたち。 『パルナッソス山のアポロンとムーサたち(ラファエロによる)』 サミュエル・ウッドフォード 1804年Public domain

ミュージック(音楽)と、ミュージアム(博物館)。二つの英語は、同じ女神たちの名前から生まれた。ギリシャ神話のムーサ、英語でいうミューズである。

「わたしたちは、本当らしい嘘をいくらでも語れる。その気になれば、本当のことも語れる」。

そう言い放って、羊飼いの男を詩人に変えてしまったのが、この詩と音楽と学芸の女神たちだった。

神々の誕生を語る叙事詩『神統記』の語り手は、自分をヘシオドスと名乗り、女神たちとの出会いをこう語っている。山のふもとで羊の番をしていると、女神たちが現れて先の言葉を告げた。そして月桂樹の杖を手渡し、これから起きることと過ぎたことを語る、神の声を彼に吹き込んだ。

羊飼いだったヘシオドスに寄り添うムーサ。
羊飼いだったヘシオドスに寄り添うムーサ。『ヘシオドスとムーサ』 ギュスターヴ・モロー 1891年Public domain

同じ『神統記』によれば、ムーサたちはゼウスと記憶の女神の娘である。ゼウスが九夜続けて記憶の女神のもとに通い、九人の娘が生まれた。歌が記憶から生まれる、という組み合わせは偶然ではないと読めるだろう。九人のうち、『神統記』が最も優れているとするのはカリオペだ。地上に歌い手や竪琴弾きがいるのは、ムーサたちと、音楽の神アポロンのおかげだという。

二人のムーサを描いた絵。そのうちの一人カリオペを、『神統記』は九人の中で最も優れているとする。
二人のムーサを描いた絵。そのうちの一人カリオペを、『神統記』は九人の中で最も優れているとする。『ムーサのウラニアとカリオペ』 シモン・ヴーエと工房 1634年ごろ ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントン)CC0

古代ギリシャの叙事詩は、ムーサへの呼びかけで始まるのが決まりだった。『イリアス』は「歌え、女神よ、アキレウスの怒りを」、『オデュッセイア』は「語ってくれ、ムーサよ、あの男のことを」。詩人は自分で語るのではなく、女神の言葉を取り次ぐ役に回る。『イリアス』は、ギリシャ軍の船と将を並べる前に、改めて女神に頼んでいる。あなたがたは神で、その場にいてすべてを知っている。わたしたちは噂を聞くだけで、何も知らないのだから、と。

ムーサは歌を与えもするし、奪いもする。『イリアス』には、ムーサより上手に歌えると豪語した楽人が出てくる。怒った女神たちは彼の目を潰し、歌の力も取り上げた。一方『オデュッセイア』の盲目の楽人は、女神に視力を奪われた代わりに、甘い歌を授かったとされる。

ローマの詩人オウィディウスは、ムーサに歌比べを挑んだ九人姉妹の話を伝えている。人数が同じだからと思い上がった姉妹は、山の精たちを審判に立ててムーサと競い、負けた。それでも悪口をやめない姉妹は、なんでも真似してさえずるカササギに変えられた。

ムーサたちと、挑んできた九人姉妹の歌比べ。
ムーサたちと、挑んできた九人姉妹の歌比べ。『オリュンポスの神々が審判する、ムーサたちとピエリデスの歌比べ』 1750〜1850年 メトロポリタン美術館CC0

女神たちは、名だたる者たちの母でもある。アポロドーロスによれば、竪琴で獣も木も動かした楽人オルペウスを産んだのはカリオペで、美しい歌で船乗りを誘う怪物セイレンたちの母もムーサの一人だった。テバイの町を苦しめたスフィンクスの謎も、ムーサたちから教わったものだという。

『イリアス』と『オデュッセイア』で、ムーサが九人だとはっきり書かれるのは一か所だけ。アキレウスの葬儀で、九人のムーサが代わる代わる、死を悼む歌を歌う場面である。ムーサが最初から九人だったかどうかは、古代の書き手の間でも話が分かれている。

九人のムーサのうち、三人を並べて描いた絵。
九人のムーサのうち、三人を並べて描いた絵。『クレイオ、エウテルペ、タレイア』 ウスタシュ・ル・シュウール 1652〜1655年 ルーヴル美術館Public domain

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ホメロスでムーサが「九人」とはっきり言われるのは『オデュッセイア』の最終巻、アキレウスの葬儀で九人のムーサが代わる代わる挽歌を歌う場面の一箇所だけ。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

パウサニアスによれば、ヘリコン山で最初にムーサを祀ったアロエウスの子らは、ムーサを三人とし、メレテ(修練)、ムネメ(記憶)、アオイデ(歌)と名づけていた。のちにマケドニアのピエロスが九人とし、今の名前をつけたと伝える。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ローマ以後の語り

ムーサたちは有名な楽人や怪物の母でもある。アポロドロスは、カリオペの子にオルペウスとリノス、メルポメネの子にセイレンたち、エウテルペ(一説にカリオペ)の子にトロイアで死ぬトラキア王レソスを挙げる。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

英語の music はギリシャ語 mousikē(technē)「ムーサたちの(技)」から、museum は mouseion「ムーサたちの神殿・学問の場」から来ている。museum は最初、アレクサンドリアの学術施設を指す語として英語に入った。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

オウィディウスでは、九人姉妹がムーサに歌比べを挑み、ニンフたちの審判で敗れたうえ、ムーサをののしり続けたためカササギに変えられる。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

もっと詳しく

ヘシオドスは、ヘリコン山で羊を飼っていたとき、ムーサたちが現れて「我々は本当らしい嘘をたくさん語れるし、望めば真実も語れる」と告げ、月桂樹の杖と神の声を吹き込んで詩人にした、と自分の召命を語る。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

ホメロスの詩はムーサへの呼びかけで始まる。『イリアス』の軍勢の一覧では「あなたがたは神で、その場にいてすべてを知っているが、我々は噂を聞くだけで何も知らない」と、過去を語る力を女神に委ねる。ただしホメロスではムーサの数や名前はほとんど語られない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ムーサは歌を与えもし奪いもする。『イリアス』では、ムーサより上手に歌えると豪語した楽人タミュリスが、怒ったムーサに目を潰され歌を奪われる。『オデュッセイア』の盲目の楽人デモドコスは、ムーサに視力を奪われた代わりに甘美な歌を授かったとされる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ほかのつながり(10人)

仲間・師弟

今の言葉に残る

楽しませる / amuse(ムーサとは無関係)amuse(楽しませる)や amusement(娯楽・アミューズメント)はムーサと関係がありそうに見えるが、実際には関係がない。古フランス語 amuser「気をそらす、だます」から来ていて、元になった muser は「ぼんやり見つめる、考えにふける」という意味の別の語である。英語での最初の意味は「欺く」で、今の「楽しませる」の意味は1630年代から。ギリシャ語 amousos は「ムーサのいない」つまり「無教養な」の意味で、これも別物。

博物館・美術館 / museum英語 museum はラテン語 museum を経て、ギリシャ語 mouseion「ムーサたちの神殿」から来ている。英語に入った1610年代には、アレクサンドリアの学術施設(ムセイオン)を指した。展示物を収める建物の意味で使われるのは1680年代から。

音楽 / music英語 music はラテン語 musica を経て、ギリシャ語 mousikē (technē)「ムーサたちの(技)」から来ている。古代ギリシャでは、ムーサが司るあらゆる技芸、特に音楽と抒情詩を指した。今の綴りは1630年代から。

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このページの出典(8件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  4. 前3世紀アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』
  5. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  6. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  7. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  8. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』