ギリシャ神話の地図
アプロディテからかった相手ヒュアキントス息子ムーサ姉妹ゼウス父ムネモシュネ母アドニス笑いの種アポロン息子を死なせた神
歴史のムーサ。コローの絵。

クレイオ

Κλειώ神

歴史のムーサ。コローの絵。 『ムーサ――歴史』 カミーユ・コロー 1865年ごろ メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

愛の女神を笑った女神が、罰として人間に恋をさせられた。後の神話集が伝える話である。

笑ったのは、詩の女神ムーサの一人、クレイオ。愛の女神アプロディテが人間の美少年アドニスに夢中になっているのをからかったところ、怒った女神に、ある人間の男への恋を植え付けられてしまった。のちに「歴史のムーサ」と呼ばれるようになる女神の、少し意外な一面である。

ムーサは、ゼウスと記憶の女神ムネモシュネのあいだに生まれた九人の姉妹で、詩や歌の霊感を人に授ける。『神統記』が姉妹の名を並べるとき、最初に挙がるのがクレイオだ。ただ、そこでは名前が並ぶだけで、誰が何を受け持つかは語られない。『イリアス』や『オデュッセイア』には、クレイオの名は一度も出てこない。

では、なぜクレイオなのか。前1世紀の歴史家ディオドロスは、ムーサたちの名に一つずつ意味を当てはめた。クレイオという名は、詩でたたえられた人に大きな名声をもたらすことから来ている、と。人をたたえ、その誉れを後の世に残す女神、という説明である。

ローマの詩人ホラティウスも、そうした女神としてクレイオに呼びかけた。クレイオよ、竪琴か鋭い笛で、どんな人を、どんな英雄を、どんな神をたたえようとするのか、と。

クレイオが「歴史のムーサ」としてはっきり現れるのは、古代も終わりに近いころのラテン語の短い詩だ。ムーサたちの名を一行ずつ並べるその詩は、こう始まる。クレイオは事績を歌い、過ぎ去った時をよみがえらせる、と。

恋の罰の話に戻ろう。クレイオが恋をさせられた相手は、ある人間の男だった。二人のあいだに生まれたのが、美少年ヒュアキントスである。この少年は、のちに光の神アポロンに愛されたが、円盤投げの最中の事故で、アポロンの手によって命を落とす。もっとも同じ神話集は別の箇所で、ヒュアキントスをスパルタの王の息子として書いている。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』、ホラティウス『歌集(カルミナ)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、作者不詳(アウソニウス作と伝わる)『ムーサたちの名(ラテン詞華集664)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

ホラティウスは「クレイオよ、竪琴か鋭い笛で、どんな人を、どんな英雄を、どんな神を称えようとするのか」と呼びかける。ここでのクレイオは、歴史というより、人や神を称える歌のムーサ。

ホラティウス『歌集(カルミナ)』 前23年・前13年

古代末期のラテン語の詩「ムーサたちの名」は「クレイオは事績を歌い、過ぎ去った時を甦らせる」という一行で始まる。クレイオを歴史と結びつける見方がここにはっきり現れる。

作者不詳(アウソニウス作と伝わる)『ムーサたちの名(ラテン詞華集664)』 古代末期(成立年未確定)

アポロドロスによれば、クレイオはアプロディテがアドニスに恋したことをからかい、怒ったアプロディテによってマグネスの子ピエロスに恋させられた。二人のあいだに生まれたのが美少年ヒュアキントスで、楽人タミュリスが恋し、のちにアポロンが愛して、円盤投げの事故で死なせてしまう。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

同じアポロドロスは、スパルタ王家の系譜を語る箇所では、ヒュアキントスをアミュクラスとディオメデの息子とし、アポロンに愛されて円盤で誤って殺されたと書く。一つの本の中で、ヒュアキントスの親がムーサのクレイオとピエロスの組と、人間の王アミュクラスの組の二通りに語られている。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

1959年に創設された広告の国際賞「クリオ賞」の名は、このムーサにちなむと一般に説明される。ただし公式サイトの紹介ページには名の由来の説明がない。

クリオ賞『クリオ賞 公式サイト』 2026年9月閲覧

もっと詳しく

『神統記』で九柱の名が並ぶとき、最初に挙がるのがクレイオ。ヘシオドスは名を並べるだけで、それぞれの担当分野は語らない。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

ホメロスの二つの叙事詩にクレイオの名は出てこない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

ディオドロスは、ムーサそれぞれの名に意味を当てはめ、クレイオの名は、詩によって称えられた人に大きな名声(クレオス)をもたらすことから来ていると説明する。前1世紀には、名前の意味から役割を説明する見方がすでにあった。

ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』 前1世紀後半

今の言葉に残る

クリオ賞 / Clio Awardsクリオ賞は、世界の広告の創造性を称えるために1959年に創設された賞(公式サイト)。名は、歴史のムーサ、クレイオのラテン語・英語形 Clio と同じで、主催者は自分たちの読み物サイトにも「Muse by Clios」と名づけている。ただし公式の紹介ページには、賞の名の由来そのものの説明は無い。

次に読む

このページの出典(8件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  4. 前1世紀後半ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』
  5. 前23年・前13年ホラティウス『歌集(カルミナ)』
  6. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  7. 古代末期(成立年未確定)作者不詳(アウソニウス作と伝わる)『ムーサたちの名(ラテン詞華集664)』
  8. 2026年9月閲覧クリオ賞『クリオ賞 公式サイト』