ギリシャ神話の地図
ムーサ娘たちゼウス相手ガイア母ウラノス父テミス姉妹ヘルメス讃えた神レテ忘却
灯火を手にした記憶の女神ムネモシュネ。ロセッティの絵。

ムネモシュネ

Μνημοσύνη神

灯火を手にした記憶の女神ムネモシュネ。ロセッティの絵。 『ムネモシュネ』 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 1876〜1881年ごろPublic domain

記憶を助ける工夫のことを、英語でニーモニックという。この語は、ギリシャ語の「記憶」から来ている。その記憶そのものを女神にしたのが、ムネモシュネである。

『神統記』によれば、ムネモシュネは天と大地のあいだに生まれた、古い世代の神々ティタンの一人だった。掟の女神テミスとは姉妹にあたる。

記憶の女神ムネモシュネ。
記憶の女神ムネモシュネ。『ムネモシュネ(記憶の灯)』 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ 1876〜1881年ごろPublic domain

この女神のもとに、ゼウスが通った。九夜続けて。一年後、ムネモシュネは、雪をいただくオリュンポスの頂から少し離れたところで、九人の娘を産んだ。詩と音楽の女神ムーサたちである。

記憶の女神の娘たちのうち、三人のムーサ。ル・シュウールの絵(1652〜1655年)。
記憶の女神の娘たちのうち、三人のムーサ。ル・シュウールの絵(1652〜1655年)。『クレイオ、エウテルペ、タレイア』 ウスタシュ・ル・シュウール 1652〜1655年 ルーヴル美術館Public domain

記憶の娘が、歌の女神になる。『イリアス』の詩人は、戦に集まった大勢の名を並べる前に、女神たちに頼んでいる。あなたがたはその場にいてすべてを知っているが、わたしたちは噂を聞くだけだ、と。過去を語れるのは記憶の娘たちが語らせてくれるから、という考え方がここに表れていると読める。

それでいて『神統記』は、この娘たちを、災いを忘れさせ、悲しみを休ませるものとも呼んでいる。記憶の女神の子が、人に忘れることをもたらす。

神々をたたえる古代の詩『ヘルメス讃歌』には、生まれたばかりのヘルメスが、兄アポロンの前で初めて竪琴を弾く場面がある。神々の生まれを歌うとき、ヘルメスがまっ先にたたえたのが、ムーサたちの母ムネモシュネだった。

古代の旅行家パウサニアスは、ギリシャ中部の、地下の穴に降りてお告げを受ける神託所の話を伝えている。相談に来た者は、穴に降りる前に二つの泉の水を飲む。一つは忘却の水。それまで考えていたことを忘れるためだ。もう一つが、この女神の名と同じ「記憶」の水で、これを飲むと、地下で見聞きしたことを覚えていられる。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ヘシオドス『神統記』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

ローマ以後の語り

パウサニアスが伝えるボイオティアのトロポニオスの神託所では、相談者は穴に降りる前に「忘却(レテ)の水」を飲んでそれまでの考えを忘れ、次に「記憶(ムネモシュネ)の水」を飲んで下で見たことを覚えておく。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

もっと詳しく

『神統記』でムネモシュネはウラノスとガイアの娘、ティタンの女神の一柱としてテミスと並んで名が挙がる。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

ゼウスはピエリアでムネモシュネと九夜を共にし、一年後に彼女は九人の娘ムーサたちを産む。数の九が夜の数と重ねられている。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

ヘシオドスは、記憶の女神が産んだムーサたちを「災いを忘れさせ、悲しみを休ませるもの」と呼ぶ。記憶の娘が人に忘却をもたらす、という逆説がここにある。

ヘシオドス『神統記』 前700年頃

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『ヘルメス讃歌』では、生まれたばかりのヘルメスがアポロンの前で竪琴を弾き、神々の生まれを歌うとき、まず「ムーサたちの母」ムネモシュネを讃える。

作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃

ホメロスの詩人は、戦に来た者たちの名を列挙する前にムーサたちに呼びかけ、「あなたがたはすべてを知っているが、我々は噂を聞くだけだ」と歌う。記憶の娘たちに頼って過去を語る、という叙事詩の構えがよく表れた箇所。ここにムネモシュネの名は出ないが、ヘシオドスの系譜と組み合わせると意味がつながる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ヘシオドス『神統記』 前700年頃

ほかのつながり(12人)

家族・恋愛

仲間・師弟

今の言葉に残る

ニーモニック / mnemonic英語 mnemonic(記憶を助ける、1753年)は、ギリシャ語 mnēmonikos「記憶の」から来ている。元の mnēmē(記憶)は、記憶の女神ムネモシュネの名と同じ「覚えている」という語根に属する。女神の名から作られた語というより、同じ根から出た親戚にあたる。

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このページの出典(4件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前700年頃ヘシオドス『神統記』
  3. 前7〜6世紀頃作者不詳『ホメロス風讃歌』
  4. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』