ホラティウスは『歌章』の最初の詩で、「エウテルペが笛を止めず、ポリュヒュムニアがレスボスの竪琴を張るのを拒まなければ」自分は抒情詩人の列に入れる、と書く。ここでのポリュヒュムニアは、抒情詩を支える竪琴のムーサとして呼ばれている。
ホラティウス『歌集(カルミナ)』 前23年・前13年

Πολύμνια神
三人のムーサ、メルポメネ、エラト、ポリュムニア。ウスタシュ・ル・シュウールの作。 『メルポメネ、エラト、ポリュムニア』 ウスタシュ・ル・シュウール 1652〜1655年 ルーヴル美術館Public domain
芸術の女神ムーサは九人いる。けれど、どの女神が何をつかさどるのかは、最初から決まっていたわけではなかった。その移り変わりがよく見える一人が、ポリュムニアである。名前は「たくさんの賛歌」という意味だと説明されてきた。
では、この女神がどのように語られてきたのか、古い順に見ていこう。
『神統記』によれば、ムーサたちはゼウスと記憶の女神の九人の娘だった。ポリュムニアの名は、その七番目に挙がる。けれど『神統記』は、九人の名前を並べるだけで、それぞれが何を受け持つのかは語らない。
『イリアス』にも『オデュッセイア』にも、ポリュムニアの名は出てこない。
前1世紀の歴史家ディオドロスは、名前の意味を説明している。詩に歌われて不滅の名声を得た人々を、たくさんの賛歌で輝かせる。そこからポリュムニアという名が来たのだという。
姉妹の並び順も、書き手によって違う。後の時代の神話集は、九人を『神統記』とは別の順に並べた。『神統記』で七番目だったポリュムニアが、そこでは最後に来ている。
ローマの詩人ホラティウスは、自分の詩集の最初の詩で、この女神の名を呼んでいる。笛の女神エウテルペが笛を吹きやめず、ポリュムニアが竪琴を張ることを拒まないでくれるなら、自分も竪琴に合わせて歌う詩人たちの列に加わることができる、と。ここでのポリュムニアは、竪琴の女神として呼ばれていた。
後の時代には、ポリュムニアは、言葉を使わずに身振りで語る技の女神とされることもあった。「たくさんの賛歌」という名前とは、ずいぶん離れた役目である。
この物語の出典: ヘシオドス『神統記』、ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』、ホラティウス『歌集(カルミナ)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
ホラティウスは『歌章』の最初の詩で、「エウテルペが笛を止めず、ポリュヒュムニアがレスボスの竪琴を張るのを拒まなければ」自分は抒情詩人の列に入れる、と書く。ここでのポリュヒュムニアは、抒情詩を支える竪琴のムーサとして呼ばれている。
ホラティウス『歌集(カルミナ)』 前23年・前13年
古代末期のラテン語の詩「ムーサたちの名」では、ポリュヒュムニアはすべてを手で示し、身振りで語る者とされる。のちの「パントマイムのムーサ」という割り振りはここにつながる。
作者不詳(アウソニウス作と伝わる)『ムーサたちの名(ラテン詞華集664)』 古代末期(成立年未確定)
『神統記』では九柱の七番目に「ポリュムニア」の綴りで名が挙がる。ヘシオドスは担当分野を語らない。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスの二つの叙事詩にポリュムニアの名は出てこない。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ディオドロスは、ポリュムニアの名を、詩によって不滅の名声を得た人たちを「多くの賛歌(ポリュス・ヒュムネーシス)」で輝かせることから来ると説明する。
ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』 前1世紀後半
アポロドロスは九柱を「まずカリオペ、次にクレイオ、メルポメネ、エウテルペ、エラト、テルプシコレ、ウラニア、タレイア、ポリュムニア」の順に並べる。ヘシオドスでは七番目だったポリュムニアが最後に来るなど、順番は出典によって違う。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃