プラトン『パイドロス』の蝉の話では、蝉はエラトに、恋の事柄で彼女を敬った人のことを知らせる。前4世紀の段階で、エラトは恋と結びつけられている。
プラトン『パイドロス』 前4世紀前半

Ἐρατώ神
叙情詩のムーサ、エラト。シャルル・メニエの作。 『叙情詩のムーサ、エラト』 シャルル・メニエ 1800年 クリーブランド美術館CC0
恋の詩を受け持つ女神、と紹介されることが多いエラト。ところがローマの詩人ウェルギリウスは、戦争の物語を始めるときに、この女神の名を呼んだ。
では、歌の女神ムーサの一人エラトが、古代の詩人たちにどのように呼ばれてきたのか、見ていこう。
『神統記』によれば、エラトはゼウスと記憶の女神のあいだに生まれた九人のムーサの一人で、六番目に名前が挙がる。ただし『神統記』には、九人それぞれの受け持ちは語られていない。ホメロスの二つの叙事詩には、エラトの名は一度も出てこない。
エラトと恋を結びつけたのは、その名前の響きだった。哲学者プラトンの『パイドロス』には、夏に鳴く蝉の話がある。蝉はもとは人間で、歌に夢中になるあまり食べることも飲むことも忘れて死に、ムーサたちから蝉の命を授かった。死ぬとムーサたちのもとへ行き、地上の人々の様子を報告する。恋の事柄でエラトを敬った人のことは、エラトに知らせるのだという。
金の羊毛を求める航海を長い詩にまとめたアポロニオスの『アルゴナウティカ』では、物語の第3巻がエラトへの呼びかけで始まる。さあエラトよ、そばに立って語ってくれ。英雄イアソンが、王女メデイアの恋の力を借りて金の羊毛を持ち帰ったいきさつを。あなたは愛の女神の受け持ちにもあずかり、嫁ぐ前の娘たちの心を悩ませる。だからこそ、その愛らしい名を持っているのだから、と。
ところがウェルギリウスの『アエネイス』では、様子が違う。トロイアの英雄アイネイアスがイタリアに着き、物語が後半に入るところで、詩人は呼びかける。さあエラトよ、古いラティウムの王たちと、そこで起きた戦争を語らせてくれ。恋ではなく、戦いの物語のために、エラトが呼ばれている。
のちの時代になると、エラトの姿はさらに変わる。古代の終わりのラテン語の詩では、撥を手に、足と歌と表情で踊る者として描かれている。一人のムーサの受け持ちは、時代と詩人によって揺れ動いていた。
この物語の出典: ヘシオドス『神統記』、プラトン『パイドロス』、アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』、ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』、ウェルギリウス『アエネイス』、作者不詳(アウソニウス作と伝わる)『ムーサたちの名(ラテン詞華集664)』
プラトン『パイドロス』の蝉の話では、蝉はエラトに、恋の事柄で彼女を敬った人のことを知らせる。前4世紀の段階で、エラトは恋と結びつけられている。
プラトン『パイドロス』 前4世紀前半
アポロニオス『アルゴナウティカ』第3巻は「さあエラトよ、傍らに立って語れ」と始まり、イアソンがメデイアの恋によって金羊毛を持ち帰った次第を語るよう頼む。エラトはアプロディテの受け持ちにも与り、未婚の乙女を思い悩ませるので、「愛らしい」名が付いているのだ、と名前の由来に掛けている。
アポロニオス・ロディオス『アルゴナウティカ』 前3世紀
ウェルギリウス『アエネイス』は、後半の始まりにあたる第7巻で「さあエラトよ」と呼びかけ、古いラティウムの王たちと、そこで起こる戦いを語ろうとする。恋ではなく戦争の物語のためにエラトが呼ばれている。
ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
古代末期のラテン語の詩「ムーサたちの名」では、エラトは撥(ばち)を手に、足と歌と表情で踊る者とされる。今日よく知られる「恋愛詩のムーサ」とも違う割り振り。
作者不詳(アウソニウス作と伝わる)『ムーサたちの名(ラテン詞華集664)』 古代末期(成立年未確定)
『神統記』では九柱の六番目に名が挙がる。同じ詩の中で、ネレウスの娘たち(ネレイス)の一覧にも同名のエラトが出てくる。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスの二つの叙事詩にエラトの名は出てこない。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ディオドロスは、エラトの名を、教育を受けた人を「慕わしく愛される(エパラストス)」者にすることから来ると説明する。
ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』 前1世紀後半
『パイドロス』の蝉は、もとは歌に夢中になって飲食を忘れて死んだ人間で、ムーサたちから蝉として生きる命を授かり、死後にムーサたちへ地上の人々のことを報告するとされる。
プラトン『パイドロス』 前4世紀前半
『神統記』78 同じ行に名が続けて並ぶ