プラトン『パイドロス』では、蝉がムーサたちに地上の人間の様子を報告するという話の中で、最年長のカリオペとその次のウラニアには、哲学に生きてムーサの音楽を敬う人のことが伝えられる。この二柱は天と、神々と人間の言葉に最も関わるから、とされる。前4世紀の段階で、カリオペは叙事詩ではなく哲学と組み合わされている。
プラトン『パイドロス』 前4世紀前半

Καλλιόπη神
ムーサのウラニアとカリオペ。ヴーエの絵。 『ムーサのウラニアとカリオペ』 シモン・ヴーエと工房 1634年ごろ ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントン)CC0
英語では1858年から、蒸気の力で鳴らすオルガンをカリオペと呼んでいる。もとは「美しい声」を意味する、芸術の女神ムーサの一人の名前だった。語源辞典は、この取り合わせをちぐはぐだと評している。
九人のムーサの中で、いちばん優れていると言われた女神カリオペ。その姿を、作品ごとにたどってみよう。
『イリアス』も『オデュッセイア』も、冒頭で「女神よ」「ムーサよ」と呼びかけて語りはじめる。けれども、そのムーサに名はない。九人の姉妹の一人ひとりの名が並ぶのは、ヘシオドスの『神統記』からだ。ムーサたちは、ゼウスと記憶の女神の娘で、九つの夜を重ねて生まれた。名を並べた最後に、『神統記』はカリオペを挙げ、彼女がすべての中で最も優れていると言う。
その理由が面白い。カリオペは、敬うべき王たちに付き添うからだ、というのである。ムーサたちが生まれたときに目をかけた王の舌には、甘い露が注がれる。その口からは穏やかな言葉が流れ、人々はその裁きを仰ぎ、王は大きな争いさえ巧みに鎮める。ここでのカリオペは、詩人の女神というより、王に弁舌を授ける女神だった。
その後の作品では、カリオペの役目がさまざまに語られる。『ホメロス風讃歌』の太陽神の歌は、ゼウスの娘ムーサよ、カリオペよ、輝く太陽神を歌いはじめよ、と名指しで呼びかける。哲学者プラトンの『パイドロス』には、蝉がムーサたちに人間の様子を報告しに行くという話があり、哲学に生きる人のことは、最年長のカリオペとその次の姉妹に伝えられる、とされる。
アポロドーロスによれば、カリオペは伝説の楽人オルペウスの母だった。父は人間の男だったが、名目上は光と音楽の神アポロンの子とされた。オルペウスは、歌で石や木まで動かしたという。同じくカリオペの子とされる楽人は、竪琴の師として英雄ヘラクレスに教え、弟子に打ち殺されてしまった。
ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』では、人間の九人の姉妹が、ムーサたちに歌くらべを挑んだ。ムーサの側で歌を受け持ったのがカリオペだった。竪琴を手に、穀物の女神の娘が冥界の王にさらわれる話を歌い上げて、勝利した。語り手のムーサは、彼女を「私たちの中で最も偉大な者」と呼んでいる。負けた姉妹たちは、口やかましく鳴くカササギに変えられた。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヘシオドス『神統記』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、プラトン『パイドロス』、オウィディウス『変身物語』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
プラトン『パイドロス』では、蝉がムーサたちに地上の人間の様子を報告するという話の中で、最年長のカリオペとその次のウラニアには、哲学に生きてムーサの音楽を敬う人のことが伝えられる。この二柱は天と、神々と人間の言葉に最も関わるから、とされる。前4世紀の段階で、カリオペは叙事詩ではなく哲学と組み合わされている。
プラトン『パイドロス』 前4世紀前半
古代末期のラテン語の短い詩「ムーサたちの名」では、カリオペは書物に英雄の歌を書き記す者とされ、のちの「叙事詩のムーサ」という割り振りにつながる。
作者不詳(アウソニウス作と伝わる)『ムーサたちの名(ラテン詞華集664)』 古代末期(成立年未確定)
アポロドロスによれば、カリオペはオイアグロスとのあいだに(名目上はアポロンの子として)リノスとオルペウスを産んだ。リノスは竪琴の師としてヘラクレスに殺され、オルペウスは歌で石や木を動かした。トラキア王レソスの母もカリオペだとする説があるという。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
オウィディウス『変身物語』では、ピエロスの九人の娘がムーサたちに歌くらべを挑んだとき、ムーサの側で歌を受け持ったのがカリオペ。竪琴を手に、ケレス(デメテル)の話とプロセルピナ(ペルセポネ)の略奪を歌って勝ち、「私たちの中で最も偉大な者」と呼ばれる。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
オウィディウスでは、歌くらべに負けたピエロスの娘たちがなおもムーサを罵ったので、カササギに変えられた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
『神統記』は九柱の名を並べたあと、最後のカリオペを「すべての中で最も優れている」と言い、その理由として、敬うべき王たちに付き添うからだと続ける。ムーサが生まれたときに目をかけた王には、舌に甘い露が注がれ、口から穏やかな言葉が流れ、争いを巧みに鎮める。ここでのカリオペは、詩よりも王の弁舌と結びつけられている。
ヘシオドス『神統記』 前700年頃
ホメロスの二つの叙事詩には、カリオペを含め九柱の個々の名は一つも出てこない。叙事詩の冒頭で呼びかけられるのは、名のない「ムーサ」「女神」。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
『ホメロス風讃歌』のヘリオス讃歌は「ゼウスの娘ムーサよ、カリオペよ、輝くヘリオスを讃えることから始めよ」と、名を挙げて一柱のムーサに呼びかける。ホメロスの名のない「ムーサ」とは違い、九柱の中の特定の一人に語りを頼んでいる。
作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃
ディオドロスは、カリオペの名を「美しい声(カレー・オプス)を発すること」、つまり言葉の美しさで聞き手に受け入れられることに由来すると説明する。
ディオドロス(シケリアの)『歴史叢書』 前1世紀後半
カリオペ(蒸気オルガン) / calliope英語 calliope は1858年から、蒸気で鳴らすオルガン(蒸気オルガン)の名として使われている。ムーサの名 Kalliopē は kalli-(kallos「美」の結合形)と ops「声」からなり、文字どおりには「美しい声」。etymonline は、雄弁と叙事詩をつかさどるムーサの名を耳ざわりな機械の楽器に付けたことを「ちぐはぐ」だと評している。