こと座の神話
赤ん坊のヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴は、やがて名手オルペウスの手に渡り、その死のあと空に上げられた。
ゆりかごのそばの亀
前3世紀の詩人アラトスは、星座の詩『星辰譜』でこう歌う。あそこにいるのは小さな亀だ。まだゆりかごのそばにいたころのヘルメスが、その甲羅に穴をあけて弦を張り、竪琴と呼ぶように言いつけた。そして空へ運び、ひざまずく男の星座の前に置いたのだ、と。
ヘレニズム星辰譜(パイノメナ)
オルペウスの竪琴
竪琴を受け取ったアポロンは、それでオルペウスに音楽を教え、のちに自分がキタラという別の弦楽器を考え出すと、竪琴を彼に譲った。オルペウスの奏でる音には、獣たちまで聞きほれて寄ってきたという。
ローマ期天文譜
オルペウスの死には、いくつもの伝えがある。亡き妻を追って冥界へ下り、そこで神々をたたえて歌ったとき、酒の神ディオニュソスだけを歌い忘れたため、神の送った女たちに引き裂かれた。ディオニュソスの秘儀をのぞき見たからだとも言われる。
ローマ期天文譜
アプロディテの恨みを買ったからだ、という話もある。美少年アドニスを自分のものにしたいアプロディテとペルセポネが、ゼウスに裁きを求めた。裁き手に選ばれたのは、オルペウスの母でムーサの一人カリオペ。一年を半分ずつ分け合うように、と決めた。独り占めできなかったアプロディテは腹を立て、トラキアの女たちをオルペウスへの恋に狂わせた。女たちは彼を奪い合い、その体を引き裂いてしまった。
ローマ期天文譜
首は山から海へ運ばれ、波に打ち上げられてレスボス島にたどり着いた。島の人々はそれを拾って葬った。そのおかげで、レスボスの人々は音楽の才にとりわけ恵まれているのだという。竪琴は、ムーサたちが星々のあいだに置いた。
ローマ期天文譜
七夕の織り姫星
こと座のアルファ星がベガである。日本では、七夕の織り姫星として親しまれてきた星だ。
近現代デジタル大辞泉
この話の項目
- オルペウス竪琴と歌で獣や木や岩まで動かしたトラキアの詩人。亡くした妻エウリュディケを連れ戻しに冥界へ下るが、地上の手前で振り返って再び失う。この「振り返る」結末がまとまった物語として読めるのはウェルギリウスとオウィディウスからで、オペラ・映画でもっとも多く翻案されたギリシャ神話の一つ。
- ヘルメス神々の伝令であり、境界と旅人と盗人と商人の神。生まれたその日に竪琴を発明し、アポロンの牛を盗んだ。魂を冥界へ導く役目も担い、生と死、神と人の境を行き来する神として描かれる。
- カドゥケウス伝令の神ヘルメスの杖。もとは平和の使いである伝令が持つ杖で、『ヘルメス讃歌』ではアポロンが竪琴の返礼に贈った黄金の杖、ホメロスでは人を眠らせ目覚めさせる杖として描かれる。2匹の蛇が絡む形は、ヘルメスが争う蛇を杖で分けたという話で説明される。医療のしるしとして使われることがあるが、医神アスクレピオスの杖(蛇は1匹)とは別物である。
- アポロン弓・神託・音楽・疫病を司るゼウスとレトの子。『イリアス』は彼が放つ疫病の矢から始まり、トロイア側に立ってパトロクロスを打ち倒し、アキレウスの死にも関わる。デルポイの神託の主でもある。
- ムーサ詩歌・音楽・学芸の女神たち。ヘシオドスではゼウスと記憶の女神ムネモシュネの九人の娘で、詩人に歌を授ける。叙事詩は「歌え、ムーサよ」という呼びかけで始まるのが決まりで、詩人は自分ではなく女神が語るという形をとる。英語の music(音楽)と museum(博物館)は、どちらもムーサの名から生まれた。
- カリオペ九柱のムーサの一人で、ヘシオドスが「最も優れた者」と呼んだムーサ。のちに叙事詩のムーサとされるが、ヘシオドスでは王に付き添って弁舌を授ける女神として描かれる。オルペウスの母としても知られる。
- ディオニュソス葡萄酒と熱狂と演劇の神。ホメロスの叙事詩ではほとんど登場せず、オリュンポスの神々の中では後から加わった印象を与える。母は人間セメレで、神々の中で唯一、人間の母から生まれた主要神とされる。
- アプロディテ愛と欲望の女神。出自には二つのまったく異なる伝えがあり、ヘシオドスではウラノスの切り取られた性器の泡から生まれた原初的な存在、ホメロスではゼウスとディオネの娘である。トロイア戦争の原因を作り、戦場ではパリスとアイネイアスを守る。
- アドニスアプロディテに愛された美少年。狩りの途中で猪に突かれて死に、その血から花が咲いた。名前は東方の言葉で「主」を意味するとされ、女たちが死を悼む祭(アドニア)とともにギリシャに入ってきた神格。今も「アドニス」は美青年の代名詞であり、フクジュソウの属名でもある。
- ペルセポネデメテルとゼウスの娘で、ハデスに攫われて冥界の女王となった。ザクロの種を口にしたため一年の一部を地下で過ごすことになり、その往復が季節の循環と結びつけられる。ホメロスでは誘拐譚を欠いたまま、すでに厳然たる冥界の女王として現れる。
ほかの星座の話
- おひつじ座金の毛の雄羊が、兄と妹を背に乗せて海を越えた。砂漠で軍勢を水場へ導いた羊だという話もある。
- おうし座王女を背に乗せて海を渡った牡牛は、ゼウスの化けた姿だった。牝牛にされた娘イオだという話もある。
- ふたご座どちらが上かを争わなかった双子の兄弟が、二人並んで星になった。ヘラクレスとアポロンだという説もある。
- かに座怪物ヒュドラと戦うヘラクレスの足に、沼から出てきた蟹がかみついた。その甲羅の上には、ろばと呼ばれる星もある。
- しし座獣の王だから、ゼウスが星にした。ヘラクレスが素手で倒した、最初の仕事の獅子だともいう。
- おとめ座人間に愛想をつかして天へ去った正義の女神。父の亡骸を見つけて死んだ娘エリゴネだという話もある。
- てんびん座古いギリシャでは、この星たちはさそり座のはさみだった。天秤と呼んだのはローマの人々である。
- さそり座思い上がった狩人オリオンを刺し殺したさそり。だから今も、さそりが昇るとオリオンは沈んでいく。
- いて座弓を引く、馬の脚の射手は誰なのか。弓を使うケンタウロスはいない、と言う人たちもいた。芸術の女神ムーサたちの友の姿だ、という説もある。
- やぎ座怪物テュポンに襲われた神々は、動物に化けて逃げた。牧神パンは川に飛び込み、半分だけ魚になった。
- みずがめ座瓶から水を注ぐ男は、ゼウスにさらわれた美少年か、大洪水を生き延びた男か。古い星座の本は三つの答えを並べる。
- うお座怪物テュポンから逃げるアプロディテとエロスが、川に飛び込んだ。二人を背に受けたのが、二匹の魚だった。
- へびつかい座太陽の通り道にかかりながら、十二の星座には数えられない星座。蛇を抱えた男は、医術の神とも、麦の種をまく若者を襲った王ともいう。
- オリオン座女神アルテミスは、沖に浮かぶ黒い点を射抜いた。それは、愛した狩人オリオンの頭だった。
- カシオペヤ座海の女神たちより美しいと言い放った王妃は、椅子に座ったまま、頭を下にして空を回り続ける。
- アンドロメダ座英雄ペルセウスに救われた王女は、空の上でも両腕を広げたまま、鎖につながれている。
- ペルセウス座怪物メドゥーサを討った英雄は、見張りの目を奪って湖へ投げ込んだ。空では今も、ちりにまみれて大またに歩いている。
- ペガスス座蹄で泉を開いた天馬は、乗り手が地に落ちたあと、ひとり空へ昇った。この馬は、馬に変えられたケイロンの娘だという話もある。
- はくちょう座鷲に追われるふりをして、女神のひざに飛び込んだ白鳥。その正体はゼウスで、女神の産んだ卵から絶世の美女ヘレネが生まれた。
- おおぐま座北斗七星をふくむ大きな熊は、熊に変えられた娘カリスト。けれども、いちばん初めに星を見た人たちは、これを熊ではなく車だと見ていた。
- わし座美少年ガニュメデスをさらった、ゼウスの鷲。妻を失った王が、忘れられるように鷲にされたのだという話もある。
- こぐま座北極星をしっぽの先にもつ小さな熊は、クレタ島の洞窟で幼いゼウスを育てた乳母だという。フェニキアの船乗りは、この熊を頼りに海を渡った。
- ケフェウス座王女アンドロメダの父、エチオピアの王。婚礼に武器を持って乗り込んできた実の弟を、王は必死にいさめた。
- うしかい座熊を追いかける牛飼い。熊にされた母を知らずに追った息子とも、世界で初めて荷車を作った男ともいう。
- くじら座名前はくじらだが、もとは王女アンドロメダを襲った海の怪物。空の上でも王女に迫り、その父王に押し返されている。