おうし座の神話
王女を背に乗せて海を渡った牡牛は、ゼウスの化けた姿だった。牝牛にされた娘イオだという話もある。
王女を乗せて海を渡った牡牛
ローマの詩人オウィディウスは、一年の祭りを日付順に歌った『祭暦』で、5月の半ば、牡牛が星をちりばめた顔を持ち上げる、と歌う。そして、この星座には誰もが知っている物語がある、と続ける。
ローマ期祭暦
ゼウスが牡牛に化け、偽りの角を額に付けて、フェニキアの王女エウロペに背を差し出した話である。牛の背の王女は、右手でたてがみを握り、左手で衣を押さえていた。怖がっていることが、かえって見慣れない美しさになった。風が衣の胸をふくらませ、金色の髪をなびかせる。
海の上で、王女は何度も足を引き上げ、跳ねかかる水に触れるのを怖がった。そのたびに神は、わざと背を波に沈める。娘がもっと強く、自分の首にしがみつくように。
ローマ期祭暦
岸に着いたとき、そこに立っていたのは角のないゼウスだった。牛から神の姿に戻ったのである。牡牛は天に昇って星座になり、王女の名は、世界を三つに分けたうちの一つの名になった、とオウィディウスは歌う。
ローマ期祭暦
牝牛にされた娘だという話
同じ星座を、まったく別の牛だとする人たちもいた。オウィディウスは、これをエジプトの牝牛だと言う人もいる、と書く。人間から牝牛になり、牝牛から女神になった娘のことだ、と。
ローマ期祭暦
牛の顔に光る姉妹の星
牛の顔には、七つの星が光っている。ギリシャの船乗りは、これを雨にちなんでヒュアデスと呼んだ、とオウィディウスは言う。酒の神ディオニュソスを育てた乳母たちだと考える人もいれば、海の神オケアノスの孫娘たちだと考える人もいた。
ローマ期祭暦
オウィディウスは、姉妹の兄の話を語る。ヒュアスという美しい若者は、はじめは鹿や兎を追っていたが、力がつくと猪や雌獅子にまで挑むようになった。そして子を産んだばかりの雌獅子の巣穴を探しているうちに、自分がその獣の血まみれの獲物になった。姉妹は彼を悼んで泣き続け、その姉妹思いが、彼女たちに空を与えた。星の名は、兄の名から付いた。
ローマ期祭暦
この話の項目
- エウロペフェニキアの王女。白い牡牛に化けたゼウスに背に乗せられ、海を渡ってクレタ島へ連れ去られ、ミノスらの母になった。兄カドモスは彼女を探す旅の果てにテーバイを建てる。大陸名ヨーロッパと同じ名だが、その結びつきは古代から疑われていた。
- ゼウスオリュンポスの神々の王。クロノスとレアの末子で、父を倒して天を得た。多くの女神・人間の女性との間に子をもうけ、神々と英雄の多くの父になった。トロイア戦争では人間の側に肩入れしつつ、最後は運命の側に立つ。
- イオアルゴスのヘラの女神官。ゼウスに愛され、ヘラの目を逃れるため白い牝牛に変えられた。百眼の番人アルゴスに見張られ、ヘルメスがアルゴスを討った後もアブに追われて世界をさまよい、エジプトで人の姿に戻って子エパポスを生む。イオニア海やボスポロス海峡の名の由来譚になり、木星の衛星イオの名にもなった。
- プレイアデス巨人アトラスとオケアノスの娘プレイオネの7人の娘たちで、おうし座のプレアデス星団(すばる)になった。ホメロスとヘシオドスでは季節と航海の目印の星として現れる。「7人なのに6つしか見えない」ことを説明する神話が古代から語られ、日本の社名スバルと車名アルシオーネにもつながっている。
- オリオン巨人の狩人。『イリアス』ではすでに星座として空にあり、『オデュッセイア』では曙の女神エオスに選ばれたためにアルテミスに射殺され、冥界でも獣を追い続けている。死に方は出典ごとに大きく違い、サソリに刺されたという話から、サソリ座が昇るとオリオン座が沈むという星の動きの説明が生まれた。
ほかの星座の話
- おひつじ座金の毛の雄羊が、兄と妹を背に乗せて海を越えた。砂漠で軍勢を水場へ導いた羊だという話もある。
- ふたご座どちらが上かを争わなかった双子の兄弟が、二人並んで星になった。ヘラクレスとアポロンだという説もある。
- かに座怪物ヒュドラと戦うヘラクレスの足に、沼から出てきた蟹がかみついた。その甲羅の上には、ろばと呼ばれる星もある。
- しし座獣の王だから、ゼウスが星にした。ヘラクレスが素手で倒した、最初の仕事の獅子だともいう。
- おとめ座人間に愛想をつかして天へ去った正義の女神。父の亡骸を見つけて死んだ娘エリゴネだという話もある。
- てんびん座古いギリシャでは、この星たちはさそり座のはさみだった。天秤と呼んだのはローマの人々である。
- さそり座思い上がった狩人オリオンを刺し殺したさそり。だから今も、さそりが昇るとオリオンは沈んでいく。
- いて座弓を引く、馬の脚の射手は誰なのか。弓を使うケンタウロスはいない、と言う人たちもいた。芸術の女神ムーサたちの友の姿だ、という説もある。
- やぎ座怪物テュポンに襲われた神々は、動物に化けて逃げた。牧神パンは川に飛び込み、半分だけ魚になった。
- みずがめ座瓶から水を注ぐ男は、ゼウスにさらわれた美少年か、大洪水を生き延びた男か。古い星座の本は三つの答えを並べる。
- うお座怪物テュポンから逃げるアプロディテとエロスが、川に飛び込んだ。二人を背に受けたのが、二匹の魚だった。
- へびつかい座太陽の通り道にかかりながら、十二の星座には数えられない星座。蛇を抱えた男は、医術の神とも、麦の種をまく若者を襲った王ともいう。
- オリオン座女神アルテミスは、沖に浮かぶ黒い点を射抜いた。それは、愛した狩人オリオンの頭だった。
- カシオペヤ座海の女神たちより美しいと言い放った王妃は、椅子に座ったまま、頭を下にして空を回り続ける。
- アンドロメダ座英雄ペルセウスに救われた王女は、空の上でも両腕を広げたまま、鎖につながれている。
- ペルセウス座怪物メドゥーサを討った英雄は、見張りの目を奪って湖へ投げ込んだ。空では今も、ちりにまみれて大またに歩いている。
- ペガスス座蹄で泉を開いた天馬は、乗り手が地に落ちたあと、ひとり空へ昇った。この馬は、馬に変えられたケイロンの娘だという話もある。
- こと座赤ん坊のヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴は、やがて名手オルペウスの手に渡り、その死のあと空に上げられた。
- はくちょう座鷲に追われるふりをして、女神のひざに飛び込んだ白鳥。その正体はゼウスで、女神の産んだ卵から絶世の美女ヘレネが生まれた。
- おおぐま座北斗七星をふくむ大きな熊は、熊に変えられた娘カリスト。けれども、いちばん初めに星を見た人たちは、これを熊ではなく車だと見ていた。
- わし座美少年ガニュメデスをさらった、ゼウスの鷲。妻を失った王が、忘れられるように鷲にされたのだという話もある。
- こぐま座北極星をしっぽの先にもつ小さな熊は、クレタ島の洞窟で幼いゼウスを育てた乳母だという。フェニキアの船乗りは、この熊を頼りに海を渡った。
- ケフェウス座王女アンドロメダの父、エチオピアの王。婚礼に武器を持って乗り込んできた実の弟を、王は必死にいさめた。
- うしかい座熊を追いかける牛飼い。熊にされた母を知らずに追った息子とも、世界で初めて荷車を作った男ともいう。
- くじら座名前はくじらだが、もとは王女アンドロメダを襲った海の怪物。空の上でも王女に迫り、その父王に押し返されている。