うお座の神話
怪物テュポンから逃げるアプロディテとエロスが、川に飛び込んだ。二人を背に受けたのが、二匹の魚だった。
川へ飛び込んだ母と子
ローマの詩人オウィディウスは、暦の詩『祭暦』で、みずがめ座が傾けた瓶とともに沈んでいくと、次は魚の番だ、と歌う。二匹の魚は兄弟で、つながった星座になっている。その背に、二人の神を乗せたことがあるのだという。
ローマ期祭暦
ゼウスが天を守るために武器を取ったころのこと。恐ろしい怪物テュポンから逃れて、愛の女神アプロディテが幼いエロスを連れ、ユーフラテス川までやって来た。岸辺にはポプラと葦が茂り、柳の木も、二人を隠してくれそうに思えた。
ローマ期祭暦
隠れているうちに、風が林をざわめかせた。女神は青ざめ、敵が迫ってきたのだと思い込む。子を胸に抱きしめ、ニンフたちよ、二人の神を助けて、と叫ぶと、ためらわずに川へ飛び込んだ。その下へ、双子の魚が泳ぎ寄って、二人を背に受けた。だから今、あの星たちは魚の名で呼ばれているのだ。
ローマ期祭暦
それ以来、臆病なシリアの人々は、魚を食卓に載せるのを罪だと考え、口にしないのだという。
ローマ期祭暦
自分たちが魚になった、という話
ローマ時代のヒュギヌスが星座の本『天文譜』に引くディオグネトスの話は、少し違う。女神と息子は川に身を投げ、自分たちが魚の姿に変わって、危ないところを逃れたのだという。シリアの人々が魚を食べなくなったのも、魚をとれば、神々を守ったものに手を出すことになるか、神々そのものを捕まえることになるのを恐れたからだ、と。
ローマ期天文譜
エラトステネスは、また別の話を伝えている。この二匹は、南の空にいる一匹の大きな魚から生まれたのだという。ヒュギヌスによれば、その大きな魚は、困り果てていたエジプトの女神イシスを救ったことがあり、女神はそのほうびに、魚とその子どもたちの姿を星々のあいだに置いたとされる。
ローマ期天文譜
この話の項目
- アプロディテ愛と欲望の女神。出自には二つのまったく異なる伝えがあり、ヘシオドスではウラノスの切り取られた性器の泡から生まれた原初的な存在、ホメロスではゼウスとディオネの娘である。トロイア戦争の原因を作り、戦場ではパリスとアイネイアスを守る。
- エロス愛欲の神。ヘシオドスでは世界の始まりにカオス・ガイアと並んで現れる最古の神の一柱だが、後代にはアプロディテの息子で、矢で神や人間に恋を起こさせる少年として描かれるようになる。ローマのクピド(キューピッド)と同一視され、アプレイウスの物語ではプシュケの夫となる。
- テュポンゼウスに最後に挑んだ最大の怪物。ヘシオドスでは、ティタンたちが追放されたあとにガイアがタルタロスと交わって産んだ末子で、百の蛇の頭からあらゆる声を発する。ゼウスは雷で焼き尽くしてタルタロスに投げ落とし、のちの伝えではシチリアのエトナ山の下敷きにされる。ケルベロスやヒュドラなど多くの怪物の父でもある。
- ゼウスオリュンポスの神々の王。クロノスとレアの末子で、父を倒して天を得た。多くの女神・人間の女性との間に子をもうけ、神々と英雄の多くの父になった。トロイア戦争では人間の側に肩入れしつつ、最後は運命の側に立つ。
ほかの星座の話
- おひつじ座金の毛の雄羊が、兄と妹を背に乗せて海を越えた。砂漠で軍勢を水場へ導いた羊だという話もある。
- おうし座王女を背に乗せて海を渡った牡牛は、ゼウスの化けた姿だった。牝牛にされた娘イオだという話もある。
- ふたご座どちらが上かを争わなかった双子の兄弟が、二人並んで星になった。ヘラクレスとアポロンだという説もある。
- かに座怪物ヒュドラと戦うヘラクレスの足に、沼から出てきた蟹がかみついた。その甲羅の上には、ろばと呼ばれる星もある。
- しし座獣の王だから、ゼウスが星にした。ヘラクレスが素手で倒した、最初の仕事の獅子だともいう。
- おとめ座人間に愛想をつかして天へ去った正義の女神。父の亡骸を見つけて死んだ娘エリゴネだという話もある。
- てんびん座古いギリシャでは、この星たちはさそり座のはさみだった。天秤と呼んだのはローマの人々である。
- さそり座思い上がった狩人オリオンを刺し殺したさそり。だから今も、さそりが昇るとオリオンは沈んでいく。
- いて座弓を引く、馬の脚の射手は誰なのか。弓を使うケンタウロスはいない、と言う人たちもいた。芸術の女神ムーサたちの友の姿だ、という説もある。
- やぎ座怪物テュポンに襲われた神々は、動物に化けて逃げた。牧神パンは川に飛び込み、半分だけ魚になった。
- みずがめ座瓶から水を注ぐ男は、ゼウスにさらわれた美少年か、大洪水を生き延びた男か。古い星座の本は三つの答えを並べる。
- へびつかい座太陽の通り道にかかりながら、十二の星座には数えられない星座。蛇を抱えた男は、医術の神とも、麦の種をまく若者を襲った王ともいう。
- オリオン座女神アルテミスは、沖に浮かぶ黒い点を射抜いた。それは、愛した狩人オリオンの頭だった。
- カシオペヤ座海の女神たちより美しいと言い放った王妃は、椅子に座ったまま、頭を下にして空を回り続ける。
- アンドロメダ座英雄ペルセウスに救われた王女は、空の上でも両腕を広げたまま、鎖につながれている。
- ペルセウス座怪物メドゥーサを討った英雄は、見張りの目を奪って湖へ投げ込んだ。空では今も、ちりにまみれて大またに歩いている。
- ペガスス座蹄で泉を開いた天馬は、乗り手が地に落ちたあと、ひとり空へ昇った。この馬は、馬に変えられたケイロンの娘だという話もある。
- こと座赤ん坊のヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴は、やがて名手オルペウスの手に渡り、その死のあと空に上げられた。
- はくちょう座鷲に追われるふりをして、女神のひざに飛び込んだ白鳥。その正体はゼウスで、女神の産んだ卵から絶世の美女ヘレネが生まれた。
- おおぐま座北斗七星をふくむ大きな熊は、熊に変えられた娘カリスト。けれども、いちばん初めに星を見た人たちは、これを熊ではなく車だと見ていた。
- わし座美少年ガニュメデスをさらった、ゼウスの鷲。妻を失った王が、忘れられるように鷲にされたのだという話もある。
- こぐま座北極星をしっぽの先にもつ小さな熊は、クレタ島の洞窟で幼いゼウスを育てた乳母だという。フェニキアの船乗りは、この熊を頼りに海を渡った。
- ケフェウス座王女アンドロメダの父、エチオピアの王。婚礼に武器を持って乗り込んできた実の弟を、王は必死にいさめた。
- うしかい座熊を追いかける牛飼い。熊にされた母を知らずに追った息子とも、世界で初めて荷車を作った男ともいう。
- くじら座名前はくじらだが、もとは王女アンドロメダを襲った海の怪物。空の上でも王女に迫り、その父王に押し返されている。