おとめ座の神話
人間に愛想をつかして天へ去った正義の女神。父の亡骸を見つけて死んだ娘エリゴネだという話もある。
天へ去った正義の女神
おとめ座の乙女は誰なのか。ローマ時代のヒュギヌスの星座の本『天文譜』は、いくつもの答えを並べている。いちばん詳しく語られるのは、正義の女神である。ヘシオドスは彼女をゼウスと掟の女神テミスの娘だと言い、星座の詩を書いたアラトスは、アストライオスと曙の女神エオスの娘だと考えた。
ローマ期天文譜
人間がまだ金の時代を生きていたころ、彼女は人々とともに暮らし、その先頭に立っていた。まじめで公平だったので、「正義」と呼ばれた。そのころの人間は、よその国に戦を仕掛けることも、船で海へ乗り出すこともなく、畑を耕して暮らしていた。
ローマ期天文譜
代が替わるにつれて、人間は務めを怠り、欲深くなっていった。正義の女神が人間のあいだに姿を見せることも減っていく。とうとう青銅の種族が生まれたとき、もう耐えられなくなって、彼女は星々のもとへ飛び去った。
ローマ期天文譜
父を探した娘エリゴネ
父は酒を満たした革袋を車に積んでアッティカを回り、羊飼いたちにふるまった。初めての飲み物に夢中になった者たちは、眠り込み、手足を投げ出して、わけの分からないことを口走る。それを見たほかの羊飼いたちは、家畜を奪うために毒を盛ったのだと思い込み、父を殺して井戸に投げ込んだ。木の下に埋めたとも言われる。
ローマ期天文譜
父は何日たっても帰らない。探しに出ようとした娘のもとへ、父の飼い犬が、主人の死を嘆くように遠吠えしながら戻ってきた。犬は娘の衣を歯でくわえ、亡骸のところまで連れていく。父を見た娘は望みを失い、父が埋められていたその木で首をつった。犬も、あとを追って死んだ。
ローマ期天文譜
ゼウスは彼らの不幸を哀れみ、その姿を星々のあいだに描いた。父はうしかい座、娘はおとめ座になった、と多くの人が言う。犬は、大犬より先に昇るので、ギリシャ人がプロキオンと呼ぶ星になった。
ローマ期天文譜
ほかの乙女だという説
この話の項目
- 人間の五つの時代人間の歴史を、金・銀・青銅・英雄・鉄の種族が次々に現れて悪くなっていく流れとして語る神話。ヘシオドス『仕事と日』が最古で、金の種族はクロノスの世に苦労も老いも知らず、いまの鉄の種族は苦しみの中にある。アラトスは正義の女神が天に去っておとめ座になった話と結び、オウィディウスは英雄を除いた四つの時代として描いた。英語 golden age(黄金時代)の源。
- テミス掟と正しい秩序を表すティタンの女神。ヘシオドスではゼウスの二番目の妻となり、季節の女神たち(秩序・正義・平和)と運命の女神たちの母になる。ホメロスでは神々の集会を呼び集め、宴を取り仕切る役で現れる。デルポイの神託をアポロンより先に預かっていた女神ともされる。
- エオス曙の女神。ヒュペリオンとテイアの娘で、太陽ヘリオス・月セレネの姉妹。毎朝「薔薇色の指」で空を染めて現れる姿はホメロスの定型句になっている。人間の美青年を次々にさらう恋多き女神で、トロイア王子ティトノスとのあいだに英雄メムノンをもうけた。
- ディオニュソス葡萄酒と熱狂と演劇の神。ホメロスの叙事詩ではほとんど登場せず、オリュンポスの神々の中では後から加わった印象を与える。母は人間セメレで、神々の中で唯一、人間の母から生まれた主要神とされる。
- テュケ運・偶然の女神。ローマのフォルトゥナにあたる。ヘシオドスや「デメテル讃歌」ではオケアノスの娘たちの一人として名が挙がるだけだったが、ピンダロスはゼウスの娘で船や戦いを導く「救い主」と呼び、運命の女神たちの中で最も強いとした。彫刻では頭に天球を載せ、豊穣の角を持つ姿が定まり、町の守り神として各地で祀られた。
- デメテル穀物と農耕の女神。娘ペルセポネを冥界に奪われた悲しみから大地を実らせるのをやめ、人類を飢饉の淵に追い込んだ。その和解として季節の循環が生まれ、エレウシスの秘儀が人々に授けられる。
- アポロン弓・神託・音楽・疫病を司るゼウスとレトの子。『イリアス』は彼が放つ疫病の矢から始まり、トロイア側に立ってパトロクロスを打ち倒し、アキレウスの死にも関わる。デルポイの神託の主でもある。
ほかの星座の話
- おひつじ座金の毛の雄羊が、兄と妹を背に乗せて海を越えた。砂漠で軍勢を水場へ導いた羊だという話もある。
- おうし座王女を背に乗せて海を渡った牡牛は、ゼウスの化けた姿だった。牝牛にされた娘イオだという話もある。
- ふたご座どちらが上かを争わなかった双子の兄弟が、二人並んで星になった。ヘラクレスとアポロンだという説もある。
- かに座怪物ヒュドラと戦うヘラクレスの足に、沼から出てきた蟹がかみついた。その甲羅の上には、ろばと呼ばれる星もある。
- しし座獣の王だから、ゼウスが星にした。ヘラクレスが素手で倒した、最初の仕事の獅子だともいう。
- てんびん座古いギリシャでは、この星たちはさそり座のはさみだった。天秤と呼んだのはローマの人々である。
- さそり座思い上がった狩人オリオンを刺し殺したさそり。だから今も、さそりが昇るとオリオンは沈んでいく。
- いて座弓を引く、馬の脚の射手は誰なのか。弓を使うケンタウロスはいない、と言う人たちもいた。芸術の女神ムーサたちの友の姿だ、という説もある。
- やぎ座怪物テュポンに襲われた神々は、動物に化けて逃げた。牧神パンは川に飛び込み、半分だけ魚になった。
- みずがめ座瓶から水を注ぐ男は、ゼウスにさらわれた美少年か、大洪水を生き延びた男か。古い星座の本は三つの答えを並べる。
- うお座怪物テュポンから逃げるアプロディテとエロスが、川に飛び込んだ。二人を背に受けたのが、二匹の魚だった。
- へびつかい座太陽の通り道にかかりながら、十二の星座には数えられない星座。蛇を抱えた男は、医術の神とも、麦の種をまく若者を襲った王ともいう。
- オリオン座女神アルテミスは、沖に浮かぶ黒い点を射抜いた。それは、愛した狩人オリオンの頭だった。
- カシオペヤ座海の女神たちより美しいと言い放った王妃は、椅子に座ったまま、頭を下にして空を回り続ける。
- アンドロメダ座英雄ペルセウスに救われた王女は、空の上でも両腕を広げたまま、鎖につながれている。
- ペルセウス座怪物メドゥーサを討った英雄は、見張りの目を奪って湖へ投げ込んだ。空では今も、ちりにまみれて大またに歩いている。
- ペガスス座蹄で泉を開いた天馬は、乗り手が地に落ちたあと、ひとり空へ昇った。この馬は、馬に変えられたケイロンの娘だという話もある。
- こと座赤ん坊のヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴は、やがて名手オルペウスの手に渡り、その死のあと空に上げられた。
- はくちょう座鷲に追われるふりをして、女神のひざに飛び込んだ白鳥。その正体はゼウスで、女神の産んだ卵から絶世の美女ヘレネが生まれた。
- おおぐま座北斗七星をふくむ大きな熊は、熊に変えられた娘カリスト。けれども、いちばん初めに星を見た人たちは、これを熊ではなく車だと見ていた。
- わし座美少年ガニュメデスをさらった、ゼウスの鷲。妻を失った王が、忘れられるように鷲にされたのだという話もある。
- こぐま座北極星をしっぽの先にもつ小さな熊は、クレタ島の洞窟で幼いゼウスを育てた乳母だという。フェニキアの船乗りは、この熊を頼りに海を渡った。
- ケフェウス座王女アンドロメダの父、エチオピアの王。婚礼に武器を持って乗り込んできた実の弟を、王は必死にいさめた。
- うしかい座熊を追いかける牛飼い。熊にされた母を知らずに追った息子とも、世界で初めて荷車を作った男ともいう。
- くじら座名前はくじらだが、もとは王女アンドロメダを襲った海の怪物。空の上でも王女に迫り、その父王に押し返されている。