かんむり座の神話
Corona Borealis
酒の神ディオニュソスが、妻アリアドネの冠を空に置いた。迷宮の闇を照らした冠とも、海の底から持ち帰った冠とも語られる。
花嫁に贈られた冠
迷宮の闇を照らした冠
冥界の入口に置いた冠
アルゴスの伝えを書いた人たちは、別のわけを挙げる。ディオニュソスは父ゼウスから、死んだ母セメレを冥界から連れ戻す許しを得た。降り口を探してアルゴスの地まで来ると、ある男が道を教えてくれた。
ローマ期天文譜
いよいよ冥界へ下りようとするとき、ディオニュソスはアフロディーテからもらった冠を、その場所に置いていった。不死の神々の贈り物を、死者に触れさせて汚したくなかったからだ。その場所は、このことから「冠(ステパノス)」と呼ばれるようになった。母を無事に連れ戻したあと、ディオニュソスは冠を星のあいだに置き、いつまでも名が記憶されるようにしたという。
ローマ期天文譜
海の底から持ち帰った冠
テセウスが海に飛び込むと、たくさんのイルカが現れ、穏やかな波に乗せて海の女神たちのもとへ連れていった。テセウスはそこでミノスの指輪を受け取り、さらに女神テティスから、婚礼のときにアフロディーテにもらったという、宝石のきらめく冠を持ち帰った。
ローマ期天文譜
ポセイドンの妻から冠を授かったのだ、とも言われる。テセウスはこの冠をアリアドネに贈り、アリアドネが亡くなったあと、ディオニュソスがそれを星のあいだに置いたのだという。
ローマ期天文譜
名前の由来
語源辞典によれば、この星座はほかの星座よりずっと名前どおりの形をしていて、ギリシャ人は「花の冠」と呼び、ローマ時代からは「アリアドネの冠」と呼ばれた。
ラテン語の corona は「冠」の意味で、皆既日食のとき太陽のまわりに見える光の輪「コロナ」も、1809年からこの言葉で呼ばれている。
近現代オンライン語源辞典近現代国立天文台 公式サイト
この話の項目
- アリアドネクレタ王ミノスの娘。テセウスに恋して迷宮から戻るための糸玉を渡したが、ナクソス(ディア)島に置き去りにされ、ディオニュソスの妻になった。その最期は資料によって驚くほど違う。
- ディオニュソス葡萄酒と熱狂と演劇の神。ホメロスの叙事詩ではほとんど登場せず、オリュンポスの神々の中では後から加わった印象を与える。母は人間セメレで、神々の中で唯一、人間の母から生まれた主要神とされる。
- アフロディーテ愛と欲望の女神。出自には二つのまったく異なる伝えがあり、ヘシオドスではウラノスの切り取られた性器の泡から生まれた原初的な存在、ホメロスではゼウスとディオネの娘である。トロイア戦争の原因を作り、戦場ではパリスとアイネイアスを守る。
- ホーラ季節と時の巡りをつかさどる女神たち。ホメロスでは天の門の番人で、ヘシオドスではゼウスとテミスの娘エウノミア(秩序)、ディケ(正義)、エイレネ(平和)の三柱とされる。英語の hour(時間)は、この女神たちの名と同じギリシャ語 hōra から来ている。
- ヘパイストス鍛冶と工芸の神。オリュンポスから投げ落とされて足が不自由になったと語られ、その出自と転落には複数の食い違う伝えがある。アキレスの楯をはじめ、神話世界の重要な人工物のほとんどが彼の手によるもの。
- テセウスアテナイの王で、アテナイ人にとっての国民的英雄。クレタの迷宮でミノタウロスを倒し、王女アリアドネの糸で脱出した。ヘラクレスとともにアマゾンと戦い、少女ヘレネをさらい、冥界から戻れなくなってヘラクレスに救われるなど、他の英雄譚と何度も交差する。
- ミノスゼウスとエウロペの子で、クレタ島クノッソスの王。海を支配し、アテナイに若者の貢ぎを課してミノタウロスに捧げさせた。死後は冥界で死者を裁く。19世紀末の考古学者は、この王の名からクレタの青銅器文明を「ミノア文明」と名づけた。
- セメレテーバイを建てたカドモスとハルモニアの娘で、ゼウスとの間にディオニュソスを身ごもった人間の女性。ヘラにそそのかされ、ゼウスに「ヘラに求婚したときの姿で来てほしい」と願ったため、雷光に焼かれて死んだ。胎児のディオニュソスはゼウスの腿に縫い込まれて生まれる。のちに息子によって冥界から連れ戻され、神々の列に加えられたとも伝えられる。
- テティスネレウスの娘である海の女神で、アキレスの母。ゼウスさえ恐れた予言のために人間ペレウスに嫁がされた。『イリアス』では息子のためにゼウスに嘆願し、武具を作らせ、その死を予め嘆く。神々の恩人でありながら不幸を背負う存在として描かれる。
- ネレイス「海の老人」ネレウスとオケアノスの娘ドリスのあいだに生まれた海の女神たち。ヘシオドスでは五十人で、全員の名が並べられる。アキレスの母テティスと、ポセイドンの妻アンピトリテもこの姉妹の一人。
- ポセイドン海を支配する神で、ゼウス・ハデスの兄弟。地震と馬をも司る。『イリアス』ではギリシャ側に立つが、『オデュッセイア』では息子ポリュペモスを潰されたことを恨んでオデュッセウスの帰還を十年阻み続ける、物語の主たる敵対者。
- アンピトリテポセイドンの妻で、海の女王。ヘシオドスではネレウスの娘(ネレイスの一人)でトリトンの母。ところがホメロスでは、アンピトリテは女神というより「海そのもの」を指す名として使われ、ポセイドンの妻としては出てこない。
ほかの星座の話
- おひつじ座金の毛の雄羊が、兄と妹を背に乗せて海を越えた。砂漠で軍勢を水場へ導いた羊だという話もある。
- おうし座王女を背に乗せて海を渡った牡牛は、ゼウスの化けた姿だった。牝牛にされた娘イオだという話もある。
- ふたご座どちらが上かを争わなかった双子の兄弟が、二人並んで星になった。ヘラクレスとアポロンだという説もある。
- かに座怪物ヒドラと戦うヘラクレスの足に、沼から出てきた蟹がかみついた。その甲羅の上には、ろばと呼ばれる星もある。
- しし座獣の王だから、ゼウスが星にした。ヘラクレスが素手で倒した、最初の仕事の獅子だともいう。
- おとめ座人間に愛想をつかして天へ去った正義の女神。父の亡骸を見つけて死んだ娘エリゴネだという話もある。
- てんびん座古いギリシャでは、この星たちはさそり座のはさみだった。天秤と呼んだのはローマの人々である。
- さそり座思い上がった狩人オリオンを刺し殺したさそり。だから今も、さそりが昇るとオリオンは沈んでいく。
- いて座弓を引く、馬の脚の射手は誰なのか。弓を使うケンタウロスはいない、と言う人たちもいた。芸術の女神ムーサたちの友の姿だ、という説もある。
- やぎ座怪物テュポンに襲われた神々は、動物に化けて逃げた。牧神パンは川に飛び込み、半分だけ魚になった。
- みずがめ座瓶から水を注ぐ男は、ゼウスにさらわれた美少年か、大洪水を生き延びた男か。古い星座の本は三つの答えを並べる。
- うお座怪物テュポンから逃げるアフロディーテとエロスが、川に飛び込んだ。二人を背に受けたのが、二匹の魚だった。
- へびつかい座太陽の通り道にかかりながら、十二の星座には数えられない星座。蛇を抱えた男は、医術の神とも、麦の種をまく若者を襲った王ともいう。
- オリオン座女神アルテミスは、沖に浮かぶ黒い点を射抜いた。それは、愛した狩人オリオンの頭だった。
- カシオペヤ座海の女神たちより美しいと言い放った王妃は、椅子に座ったまま、頭を下にして空を回り続ける。
- アンドロメダ座英雄ペルセウスに救われた王女は、空の上でも両腕を広げたまま、鎖につながれている。
- ペルセウス座怪物メドゥーサを討った英雄は、見張りの目を奪って湖へ投げ込んだ。空では今も、ちりにまみれて大またに歩いている。
- ペガスス座蹄で泉を開いた天馬は、乗り手が地に落ちたあと、ひとり空へ昇った。この馬は、馬に変えられたケイロンの娘だという話もある。
- こと座赤ん坊のヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴は、やがて名手オルフェウスの手に渡り、その死のあと空に上げられた。
- はくちょう座鷲に追われるふりをして、女神のひざに飛び込んだ白鳥。その正体はゼウスで、女神の産んだ卵から絶世の美女ヘレネが生まれた。
- おおぐま座北斗七星をふくむ大きな熊は、熊に変えられた娘カリスト。けれども、いちばん初めに星を見た人たちは、これを熊ではなく車だと見ていた。
- わし座美少年ガニュメデスをさらった、ゼウスの鷲。妻を失った王が、忘れられるように鷲にされたのだという話もある。
- こぐま座北極星をしっぽの先にもつ小さな熊は、クレタ島の洞窟で幼いゼウスを育てた乳母だという。フェニキアの船乗りは、この熊を頼りに海を渡った。
- ケフェウス座王女アンドロメダの父、エチオピアの王。婚礼に武器を持って乗り込んできた実の弟を、王は必死にいさめた。
- うしかい座熊を追いかける牛飼い。熊にされた母を知らずに追った息子とも、世界で初めて荷車を作った男ともいう。
- くじら座名前はくじらだが、もとは王女アンドロメダを襲った海の怪物。空の上でも王女に迫り、その父王に押し返されている。
- りゅう座黄金のりんごの番をしていた竜は、ヘラクレスに倒されたあと、女神ヘラの手で空に上げられた。
- ヘルクレス座片ひざをついて戦う男の星座。竜と戦うヘラクレスとも、石を持ち上げる若いテセウスとも言われ、古代から正体が定まらなかった。
- ぎょしゃ座人間で初めて四頭の馬を車につないだ男が、馭者の姿で空にいる。その肩には、幼いゼウスに乳を与えた雌山羊が乗っている。
- おおいぬ座どんな獲物も逃さない犬が、だれにも捕まらない狐と出会ってしまった。困ったゼウスは、二匹とも石に変えた。
- ケンタウルス座英雄たちを育てた賢いケンタウロス、ケイロン。ヘラクレスの矢がたった一本、足の上に落ちたことで命を落とした。
- アルゴ座金の羊毛を求めた英雄たちの船アルゴは、海に出た最初の船として空に上げられた。ただし星になったのは、船の後ろ半分だけである。
- からす座・コップ座・うみへび座水を汲みに行ったカラスは、イチジクが熟すのを待って道草を食った。怒ったアポロンは、水の入った鉢と、それを守る水蛇を空に置いた。
- いるか座逃げた花嫁を探し出し、海の神の婚礼をまとめたイルカ。歌い手アリオンを背に乗せて岸まで運んだイルカだ、という話もある。
- や座空の小さな矢は、ヘラクレスがプロメテウスを苦しめる鷲を射落とした一本だという。指輪の始まりも、この話から語られる。