星座になった神話

ぎょしゃ座の神話

Auriga

人間で初めて四頭の馬を車につないだ男が、馭者の姿で空にいる。その肩には、幼いゼウスに乳を与えた雌山羊が乗っている。

四頭立ての馬車を考えた人

ぎょしゃ座の馭者は、馬車を操る人の姿をしている。ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』によれば、前3世紀の学者エラトステネスは、これをアテナイの伝説の王エリクトニオスだとした。

ローマ期天文譜

ゼウスは、エリクトニオスが人間で初めて四頭の馬を一台の車につないだのを見て感心した。四頭立ての車は、神々の中で太陽が最初に使っていたものだ。人間の知恵が、太陽の発明にまで届いたのである。エリクトニオスは、アクロポリスに女神アテナの神殿を初めて建て、アテナへの捧げものの儀式を始めた人でもあった。

ローマ期天文譜

開けてはいけない箱

ヒュギヌスは、悲劇詩人エウリピデスの語るエリクトニオスの生まれも書きとめている。鍛冶の神ヘパイストスがアテナに言い寄って退けられたとき、大地にこぼれたものから生まれたのがエリクトニオスで、蛇の姿をしていた。

ローマ期天文譜

アテナはこの子を小さな箱にしまって、王エレクテウスの娘たちに預け、決して開けてはならないと言いつけた。けれども、禁じられるほど見たくなるのが人の性である。娘たちは箱を開け、中の蛇を見てしまった。アテナに正気を奪われた娘たちは、アクロポリスから身を投げた。蛇はアテナの盾の陰に逃げ込み、女神に育てられたという。

ローマ期天文譜

エリクトニオスは足だけが蛇の姿だった、と言う人もいる。若いころにアテナのための祭りの競技を開き、自分も四頭立ての車で走った。それで星のあいだに置かれたのだという。

ローマ期天文譜

ほかの馭者たち

星の本を書いた人の中には、アルゴスの人オルシロコスこそ四頭立ての車を最初に考えた人で、その手柄で星になったのだと言う人もいた。ヘルメスの子ミュルティロスだとする人もいる。王オイノマオスの馭者で、よく知られた最期のあと、父がその体を空に置いたのだという。

ローマ期天文譜

肩の雌山羊と、手の子山羊

馭者の左肩には雌山羊が、左手には子山羊たちが乗っている。ヒュギヌスが引くパルメニスコスによれば、クレタの王メリッセウスの娘たちが、赤ん坊のゼウスを預かった。娘たちは乳が出なかったので、アマルテイアという雌山羊を連れてきて、その乳でゼウスを育てた。

ローマ期天文譜

この山羊はいつも双子の子山羊を産んでいて、ちょうどゼウスが連れてこられたころにも産んでいた。それで、母山羊の恩に報いて、子山羊たちも一緒に星にされたのだという。子山羊の星を初めて示したのは、テネドス島のクレオストラトスだったと伝えられる。

ローマ期天文譜

山羊の皮の盾

この雌山羊をめぐっては、こんな話もある。太陽の娘アイガは、体はまぶしいほど白かったが、顔はおそろしい姿をしていた。それを見たティタンたちが怖がったので、大地の女神は彼女をクレタ島の洞窟に隠した。やがて彼女は、ゼウスの乳母になった。

ローマ期天文譜

若いゼウスがティタンたちとの戦いに備えていると、勝ちたければ山羊の皮をまとい、ゴルゴンの首を付けて戦え、というお告げがあった。ギリシャ人がアイギスと呼ぶものである。ゼウスはそのとおりにして勝ち、王の座についた。そして山羊の残りの骨を皮で包んで命を与え、星の形にして記憶に残した。勝ったときに身にまとっていたものは、のちにアテナに譲ったという。

ローマ期天文譜

名前の由来

星座カード『ウラニアの鏡』(1825年)のぎょしゃ座
星座カード『ウラニアの鏡』(1825年)のぎょしゃ座シドニー・ホール『ぎょしゃ座(星座カード『ウラニアの鏡』)』1825年・Public domain

この星座でいちばん明るい星カペラは、ラテン語で「小さな雌山羊」の意味である。

ぎょしゃ座の学名 Auriga は、ラテン語でそのまま「馭者」の意味である。

近現代オンライン語源辞典近現代国立天文台 公式サイト

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