やぎ座の神話
怪物テュポンに襲われた神々は、動物に化けて逃げた。牧神パンは川に飛び込み、半分だけ魚になった。
前は山羊、後ろは魚
星図のやぎ座は、前が山羊で、後ろが魚の尾になっている。ローマ時代のヒュギヌスは、星座の本『天文譜』で、この姿は山羊の脚をもつ牧神パン(アイギパン)に似ていると言い、なぜこんな形なのかを二通りに説明している。
ローマ期天文譜
神々が化けて逃げた日
一つは、エジプトの神官たちと何人かの詩人の伝えである。あるとき神々がエジプトに集まっていると、神々の最大の敵である巨人テュポンが、いきなりそこへ現れた。神々は恐ろしさのあまり、次々と別の姿に化けた。ヘルメスはトキに、アポロンはトラキアの鳥と呼ばれる鳥に、アルテミスは猫になった。エジプトの人々がこれらの生き物を傷つけさせないのは、神々の似姿だと言われているからだ、とヒュギヌスは書き添えている。
ローマ期天文譜
ゼウスと一緒に育った者
もう一つの説明では、この山羊の神はゼウスと一緒に育った幼なじみだった。乳母だった雌山羊に空の居場所を与えたゼウスは、一緒に育った相棒にも、空に席を用意してやりたかったのだという。
ローマ期天文譜
この話の項目
- パン山羊の脚と角を持つ牧人と羊の群れの神で、アルカディアの山野にいて葦笛を吹く。ヘルメスの子とされることが多いが、母親については説が割れ、ヘロドトスはオデュッセウスの妻ペネロペとする。山中で人や家畜を理由もなく襲う恐慌は「パンの(パニコン)恐れ」と呼ばれ、英語 panic の語源になった。
- テュポンゼウスに最後に挑んだ最大の怪物。ヘシオドスでは、ティタンたちが追放されたあとにガイアがタルタロスと交わって産んだ末子で、百の蛇の頭からあらゆる声を発する。ゼウスは雷で焼き尽くしてタルタロスに投げ落とし、のちの伝えではシチリアのエトナ山の下敷きにされる。ケルベロスやヒュドラなど多くの怪物の父でもある。
- ゼウスオリュンポスの神々の王。クロノスとレアの末子で、父を倒して天を得た。多くの女神・人間の女性との間に子をもうけ、神々と英雄の多くの父になった。トロイア戦争では人間の側に肩入れしつつ、最後は運命の側に立つ。
- ヘルメス神々の伝令であり、境界と旅人と盗人と商人の神。生まれたその日に竪琴を発明し、アポロンの牛を盗んだ。魂を冥界へ導く役目も担い、生と死、神と人の境を行き来する神として描かれる。
- アルテミスゼウスとレトの娘でアポロンの双子の姉妹。狩りと野獣、処女性を司る。女性の突然死は彼女の矢によるとされた。トロイア戦争ではトロイア側に立つが、『イリアス』では神々の中でも弱い存在として描かれる。
- アマルテイアクレタ島で赤子のゼウスに乳を与えた山羊、またはその山羊を飼うニンフ。オウィディウスでは、山羊が木で折った角をニンフが果物で満たしてゼウスに運び、ゼウスは山羊と角を星にした。この角が、実りのしるし「豊穣の角(コルヌコピア)」の由来とされる。ヘラクレスが折った川の神の角を豊穣の角とする話もある。
- ティタノマキアクロノス率いるティタン神族と、ゼウス率いるオリュンポスの神々が世界の支配権を争った十年に及ぶ戦い。ゼウスは地下に閉じ込められていた百手の巨人たちを解き放って味方につけ、雷を武器に勝利し、敗れたティタンたちをタルタロスに閉じ込めた。ギリシャ神話で「今の神々の時代」が始まる転換点にあたる。
ほかの星座の話
- おひつじ座金の毛の雄羊が、兄と妹を背に乗せて海を越えた。砂漠で軍勢を水場へ導いた羊だという話もある。
- おうし座王女を背に乗せて海を渡った牡牛は、ゼウスの化けた姿だった。牝牛にされた娘イオだという話もある。
- ふたご座どちらが上かを争わなかった双子の兄弟が、二人並んで星になった。ヘラクレスとアポロンだという説もある。
- かに座怪物ヒュドラと戦うヘラクレスの足に、沼から出てきた蟹がかみついた。その甲羅の上には、ろばと呼ばれる星もある。
- しし座獣の王だから、ゼウスが星にした。ヘラクレスが素手で倒した、最初の仕事の獅子だともいう。
- おとめ座人間に愛想をつかして天へ去った正義の女神。父の亡骸を見つけて死んだ娘エリゴネだという話もある。
- てんびん座古いギリシャでは、この星たちはさそり座のはさみだった。天秤と呼んだのはローマの人々である。
- さそり座思い上がった狩人オリオンを刺し殺したさそり。だから今も、さそりが昇るとオリオンは沈んでいく。
- いて座弓を引く、馬の脚の射手は誰なのか。弓を使うケンタウロスはいない、と言う人たちもいた。芸術の女神ムーサたちの友の姿だ、という説もある。
- みずがめ座瓶から水を注ぐ男は、ゼウスにさらわれた美少年か、大洪水を生き延びた男か。古い星座の本は三つの答えを並べる。
- うお座怪物テュポンから逃げるアプロディテとエロスが、川に飛び込んだ。二人を背に受けたのが、二匹の魚だった。
- へびつかい座太陽の通り道にかかりながら、十二の星座には数えられない星座。蛇を抱えた男は、医術の神とも、麦の種をまく若者を襲った王ともいう。
- オリオン座女神アルテミスは、沖に浮かぶ黒い点を射抜いた。それは、愛した狩人オリオンの頭だった。
- カシオペヤ座海の女神たちより美しいと言い放った王妃は、椅子に座ったまま、頭を下にして空を回り続ける。
- アンドロメダ座英雄ペルセウスに救われた王女は、空の上でも両腕を広げたまま、鎖につながれている。
- ペルセウス座怪物メドゥーサを討った英雄は、見張りの目を奪って湖へ投げ込んだ。空では今も、ちりにまみれて大またに歩いている。
- ペガスス座蹄で泉を開いた天馬は、乗り手が地に落ちたあと、ひとり空へ昇った。この馬は、馬に変えられたケイロンの娘だという話もある。
- こと座赤ん坊のヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴は、やがて名手オルペウスの手に渡り、その死のあと空に上げられた。
- はくちょう座鷲に追われるふりをして、女神のひざに飛び込んだ白鳥。その正体はゼウスで、女神の産んだ卵から絶世の美女ヘレネが生まれた。
- おおぐま座北斗七星をふくむ大きな熊は、熊に変えられた娘カリスト。けれども、いちばん初めに星を見た人たちは、これを熊ではなく車だと見ていた。
- わし座美少年ガニュメデスをさらった、ゼウスの鷲。妻を失った王が、忘れられるように鷲にされたのだという話もある。
- こぐま座北極星をしっぽの先にもつ小さな熊は、クレタ島の洞窟で幼いゼウスを育てた乳母だという。フェニキアの船乗りは、この熊を頼りに海を渡った。
- ケフェウス座王女アンドロメダの父、エチオピアの王。婚礼に武器を持って乗り込んできた実の弟を、王は必死にいさめた。
- うしかい座熊を追いかける牛飼い。熊にされた母を知らずに追った息子とも、世界で初めて荷車を作った男ともいう。
- くじら座名前はくじらだが、もとは王女アンドロメダを襲った海の怪物。空の上でも王女に迫り、その父王に押し返されている。