からす座・コップ座・うみへび座の神話
Corvus · Crater · Hydra
水を汲みに行ったカラスは、イチジクが熟すのを待って道草を食った。怒ったアポロンは、水の入った鉢と、それを守る水蛇を空に置いた。
道草を食ったカラス
長い体の水蛇の星座、うみへび座の背中には、からす座とコップ座が乗っている。ローマ時代のヒュギヌスの『天文譜』は、この三つを一つの話で説明する。
ローマ期天文譜
アポロンがいけにえを捧げようとしていたとき、目をかけていたカラスを、きれいな水を汲みに泉へやった。ところがカラスは途中で、まだ青いイチジクの木をたくさん見つけた。熟すのを待とうと、一本の木にとまりこんだ。
ローマ期天文譜
何日かたって実が熟し、カラスはたくさん食べた。待ちくたびれたアポロンが見ていると、カラスは水でいっぱいの鉢を持って、急いで飛んできた。
ローマ期天文譜
鉢と水蛇
アポロンは、カラスが遅れたせいで別の水を使うはめになっていた。そこで罰として、イチジクが熟すあいだは、カラスが水を飲めないようにした。その時期には、カラスののどに穴があいてしまうのだという。
ローマ期天文譜
アポロンはカラスの渇きを示すために、鉢を星のあいだに置き、その下に水蛇を置いて、渇いたカラスが鉢に近づけないようにした。空のカラスは、くちばしで水蛇の尾の先をつついているように見える。
ローマ期天文譜
白かったカラス
それを見たカラスは、アポロンに告げ口をした。それまでカラスは白かったが、アポロンは嫌な知らせを持ってきたカラスを黒くし、イスキュスを矢で射殺したという。
ローマ期天文譜
コップ座の、もう一つの話
コップ座の鉢については、ピュラルコスという著述家が、もっと恐ろしい話を書いている。トロイアの向かいの半島にあった町エライウスで、デモポンという王が治めていたころ、人々が次々に死ぬ災いが起きた。アポロンの神託は、毎年、名家の娘を一人いけにえにせよ、と告げた。
ローマ期天文譜
デモポンは、自分の娘たちだけはくじから外していた。名家のマストゥシオスがこれに抗議すると、王はくじも引かずに、その娘を殺してしまった。マストゥシオスは、国のためなら仕方がないという顔をして時を待ち、やがて王を祭りに招いた。先に来た王の娘たちを殺し、その血をぶどう酒と一緒に鉢に混ぜ、あとから来た王に飲ませたのである。
ローマ期天文譜
真相を知った王は、マストゥシオスを鉢ごと海に投げ込ませた。その海はマストゥシオスの海と呼ばれ、港はいまもクラテル(鉢)と呼ばれている、とヒュギヌスは書く。昔の星の学者がこの鉢を星座にしたのは、悪事でだれも得はできず、恨みは忘れられないことを、人々に覚えさせるためだったという。
ローマ期天文譜
名前の由来

国立天文台の一覧で、88星座の中でいちばん面積が大きいのは、長い体の水蛇をかたどったうみへび座である。
コップ座の Crater はギリシャ語でぶどう酒を水で割るための大きな鉢のことで、語源辞典によれば、火山の噴火口や月の表面の穴を「クレーター」と呼ぶのも、この言葉から来ている。
近現代オンライン語源辞典近現代国立天文台 公式サイト
この話の項目
- アポロン弓・神託・音楽・疫病を司るゼウスとレトの子。『イリアス』は彼が放つ疫病の矢から始まり、トロイア側に立ってパトロクロスを打ち倒し、アキレスの死にも関わる。デルポイの神託の主でもある。
- アスクレピオス医術の神。アポロンとコロニスの子で、ケンタウロスのケイロンに育てられて医術を学び、ついには死者まで生き返らせたためにゼウスの雷で打たれた。ホメロスでは神ではなく、トロイアに従軍した軍医マカオンとポダレイリオスの父である「非の打ちどころのない医者」にすぎない。杖に蛇が巻きついた「アスクレピオスの杖」は、今もWHOの紋章などに医療の象徴として使われている。
- アレス戦いの神。ただしホメロスでは戦術の神アテナに何度も打ち負かされ、父ゼウスから「オリュンポスの神の中で最も憎い」と言い渡される。破壊的な暴力そのものであり、ギリシャ人に愛された神ではない。
ほかの星座の話
- おひつじ座金の毛の雄羊が、兄と妹を背に乗せて海を越えた。砂漠で軍勢を水場へ導いた羊だという話もある。
- おうし座王女を背に乗せて海を渡った牡牛は、ゼウスの化けた姿だった。牝牛にされた娘イオだという話もある。
- ふたご座どちらが上かを争わなかった双子の兄弟が、二人並んで星になった。ヘラクレスとアポロンだという説もある。
- かに座怪物ヒドラと戦うヘラクレスの足に、沼から出てきた蟹がかみついた。その甲羅の上には、ろばと呼ばれる星もある。
- しし座獣の王だから、ゼウスが星にした。ヘラクレスが素手で倒した、最初の仕事の獅子だともいう。
- おとめ座人間に愛想をつかして天へ去った正義の女神。父の亡骸を見つけて死んだ娘エリゴネだという話もある。
- てんびん座古いギリシャでは、この星たちはさそり座のはさみだった。天秤と呼んだのはローマの人々である。
- さそり座思い上がった狩人オリオンを刺し殺したさそり。だから今も、さそりが昇るとオリオンは沈んでいく。
- いて座弓を引く、馬の脚の射手は誰なのか。弓を使うケンタウロスはいない、と言う人たちもいた。芸術の女神ムーサたちの友の姿だ、という説もある。
- やぎ座怪物テュポンに襲われた神々は、動物に化けて逃げた。牧神パンは川に飛び込み、半分だけ魚になった。
- みずがめ座瓶から水を注ぐ男は、ゼウスにさらわれた美少年か、大洪水を生き延びた男か。古い星座の本は三つの答えを並べる。
- うお座怪物テュポンから逃げるアフロディーテとエロスが、川に飛び込んだ。二人を背に受けたのが、二匹の魚だった。
- へびつかい座太陽の通り道にかかりながら、十二の星座には数えられない星座。蛇を抱えた男は、医術の神とも、麦の種をまく若者を襲った王ともいう。
- オリオン座女神アルテミスは、沖に浮かぶ黒い点を射抜いた。それは、愛した狩人オリオンの頭だった。
- カシオペヤ座海の女神たちより美しいと言い放った王妃は、椅子に座ったまま、頭を下にして空を回り続ける。
- アンドロメダ座英雄ペルセウスに救われた王女は、空の上でも両腕を広げたまま、鎖につながれている。
- ペルセウス座怪物メドゥーサを討った英雄は、見張りの目を奪って湖へ投げ込んだ。空では今も、ちりにまみれて大またに歩いている。
- ペガスス座蹄で泉を開いた天馬は、乗り手が地に落ちたあと、ひとり空へ昇った。この馬は、馬に変えられたケイロンの娘だという話もある。
- こと座赤ん坊のヘルメスが亀の甲羅で作った竪琴は、やがて名手オルフェウスの手に渡り、その死のあと空に上げられた。
- はくちょう座鷲に追われるふりをして、女神のひざに飛び込んだ白鳥。その正体はゼウスで、女神の産んだ卵から絶世の美女ヘレネが生まれた。
- おおぐま座北斗七星をふくむ大きな熊は、熊に変えられた娘カリスト。けれども、いちばん初めに星を見た人たちは、これを熊ではなく車だと見ていた。
- わし座美少年ガニュメデスをさらった、ゼウスの鷲。妻を失った王が、忘れられるように鷲にされたのだという話もある。
- こぐま座北極星をしっぽの先にもつ小さな熊は、クレタ島の洞窟で幼いゼウスを育てた乳母だという。フェニキアの船乗りは、この熊を頼りに海を渡った。
- ケフェウス座王女アンドロメダの父、エチオピアの王。婚礼に武器を持って乗り込んできた実の弟を、王は必死にいさめた。
- うしかい座熊を追いかける牛飼い。熊にされた母を知らずに追った息子とも、世界で初めて荷車を作った男ともいう。
- くじら座名前はくじらだが、もとは王女アンドロメダを襲った海の怪物。空の上でも王女に迫り、その父王に押し返されている。
- りゅう座黄金のりんごの番をしていた竜は、ヘラクレスに倒されたあと、女神ヘラの手で空に上げられた。
- ヘルクレス座片ひざをついて戦う男の星座。竜と戦うヘラクレスとも、石を持ち上げる若いテセウスとも言われ、古代から正体が定まらなかった。
- かんむり座酒の神ディオニュソスが、妻アリアドネの冠を空に置いた。迷宮の闇を照らした冠とも、海の底から持ち帰った冠とも語られる。
- ぎょしゃ座人間で初めて四頭の馬を車につないだ男が、馭者の姿で空にいる。その肩には、幼いゼウスに乳を与えた雌山羊が乗っている。
- おおいぬ座どんな獲物も逃さない犬が、だれにも捕まらない狐と出会ってしまった。困ったゼウスは、二匹とも石に変えた。
- ケンタウルス座英雄たちを育てた賢いケンタウロス、ケイロン。ヘラクレスの矢がたった一本、足の上に落ちたことで命を落とした。
- アルゴ座金の羊毛を求めた英雄たちの船アルゴは、海に出た最初の船として空に上げられた。ただし星になったのは、船の後ろ半分だけである。
- いるか座逃げた花嫁を探し出し、海の神の婚礼をまとめたイルカ。歌い手アリオンを背に乗せて岸まで運んだイルカだ、という話もある。
- や座空の小さな矢は、ヘラクレスがプロメテウスを苦しめる鷲を射落とした一本だという。指輪の始まりも、この話から語られる。