ラテン語 caduceus は、ドリス方言のギリシャ語 karykeion「伝令の杖」(kēryx「伝令」から)がなまったもの。平和の使節のしるしで、もとはオリーブの枝だったとされる。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
κηρύκειον物品
2匹の蛇が向かい合って巻きつき、てっぺんに翼がついた杖。医療のしるしとして目にすることもあるこの杖は、実は医術の神の杖ではない。神々の伝令ヘルメスの杖、カドゥケウスである。医術の神アスクレピオスの杖に巻きつく蛇は1匹だけで、二つは昔からしばしば取り違えられてきた。
カドゥケウスという言葉は、ギリシャ語の「伝令の杖」がラテン語でなまったものだ。戦の最中に敵方へ遣わされる伝令が、平和の使いであることを示すために持った杖で、もとはオリーブの枝だったという。
神話では、この杖はヘルメスが生まれてすぐに手に入れたものだ。『ホメロス風讃歌』の一篇『ヘルメス讃歌』によれば、生まれたその日に揺りかごを抜け出したヘルメスは、兄アポロンの牛を盗み出した。怒るアポロンをなだめるため、ヘルメスは亀の甲羅から自分で作った竪琴を差し出す。音色に心を奪われたアポロンは竪琴を受け取り、二人は兄弟の契りを結んだ。そのしるしにアポロンが贈ったのが、三つに枝分かれした黄金の杖だった。富と豊かさをもたらし、持ち主を災いから守り、言葉と行いにおける務めを果たさせる杖である。

ホメロスの詩で、ヘルメスの杖は眠りと目覚めをつかさどる。望む者の目をこれで眠らせ、眠っている者を目覚めさせる。『イリアス』の終わり近く、息子ヘクトルの亡骸を取り戻そうとする年老いたトロイア王を、敵陣のアキレウスのもとまで送り届けるとき、ヘルメスはこの杖を手に取った。見張りの兵たちは、みな眠りに落ちた。
『オデュッセイア』の最後の巻では、この杖が死者の道案内に使われる。討たれた求婚者たちの魂を呼び出したヘルメスは、黄金の杖を手に、彼らを冥界へ導いていく。魂たちは、洞窟の奥で鳴き交わすコウモリのように、キイキイと声を上げながらついていった。
では、なぜ杖に2匹の蛇が巻きつくのか。ローマ時代の星座の本は、こんな話を伝えている。杖を手にしてアルカディアへ向かっていたヘルメスは、2匹の蛇が体を絡ませて争っているのを見つけた。杖を2匹のあいだに差し入れると、蛇たちは離れた。そこでヘルメスは、この杖は平和をもたらすものと定めたという。杖に2匹の蛇を絡ませて作るのはこのためで、運動競技などの場でも、同じ杖が使われたと、その本は書いている。

商売の神でもあるヘルメスの杖は、近代には商業のしるしにもなった。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、作者不詳『ホメロス風讃歌』、ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』
ラテン語 caduceus は、ドリス方言のギリシャ語 karykeion「伝令の杖」(kēryx「伝令」から)がなまったもの。平和の使節のしるしで、もとはオリーブの枝だったとされる。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
ヒュギヌス『天文譜』によれば、竪琴の返礼にアポロンから杖を得たメルクリウス(ヘルメス)は、アルカディアへ行く途中、絡み合って争う2匹の蛇のあいだに杖を置いて離れさせ、この杖を平和をもたらすものと定めた。そのためカドゥケウスには2匹の蛇が絡ませてあり、運動競技などでも用いられるという。
ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』 1〜2世紀
近代にはカドゥケウスは商業のしるしとなった(ヘルメス=メルクリウスが商業の神であるため)。医療のしるしとして使われることもあるが、これは蛇が1匹のアスクレピオスの杖との混同によるものとされる。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
『ヘルメス讃歌』では、ヘルメスが竪琴をアポロンに与えて和解し、アポロンは友情の誓いとともに「富と豊かさの、黄金の、三つ枝の見事な杖」をヘルメスに贈る。この杖は持ち主を害から守り、言葉と行いの務めを果たさせる。讃歌の杖に蛇の描写はない。
作者不詳『ホメロス風讃歌』 前7〜6世紀頃
ホメロスでは、ヘルメスの杖は望む者の目を眠らせ、眠る者を目覚めさせる杖として、同じ言い回しで繰り返し描かれる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ヘルメスはこの杖を手にして、ヘクトルの亡骸を取り戻しに行くプリアモスをアキレウスの陣屋まで導き、途中で番兵たちを眠らせる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『オデュッセイア』最終巻の冒頭で、ヘルメスは黄金の杖で求婚者たちの魂を呼び起こし、洞窟のコウモリのように鳴く魂たちを冥界の水仙の野へ導く。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃