オイカリア王エウリュトスの弓で、その子イピトスがメッセネでオデュッセウスと出会ったときに贈った。オデュッセウスは返礼に鋭い剣と槍を与えたが、二人は客としてともに食卓に着く前に、イピトスがヘラクレスに殺されてしまう。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
τόξον Ὀδυσσῆος物品
弦を張るだけで、腕に覚えのある若者たちが、一人残らず音を上げた弓がある。ところが、みすぼらしい乞食姿の男は、竪琴の名手が新しい弦を掛けるように、なんの苦もなくその弓に弦を張った。指で弾くと、弦は燕の声のように澄んで鳴った。20年ぶりに帰ってきた持ち主、英雄オデュッセウスの弓である。
では、この弓がどんな物語を背負っていたのか、見ていこう。
オデュッセウスは、この弓を若いころに友から贈られた。贈り主はある王の息子で、弓はもともとその父が使っていたものだった。二人が旅先で出会ったとき、友は弓を、オデュッセウスは鋭い剣と槍を贈り合い、友情を結んだ。ところが、客として互いの家の食卓を囲む前に、友は英雄ヘラクレスに殺されてしまう。ヘラクレスは、客として迎えた彼を自分の館で殺したのだった。
オデュッセウスはこの弓を、トロイア戦争には持っていかなかった。亡き友の形見として館に大事にしまい、故郷のイタケでだけ使っていた。だから、主人の留守中に館に居座った求婚者たちは、この弓のことを知らなかった。
20年目、夫の帰りを待ちわびた妻ペネロペイアは、ついに心を決める。倉から弓を取り出し、膝に置いて声を上げて泣いたあと、広間の求婚者たちに告げた。この弓に弦を張り、並べた12本の斧の穴を一本の矢で射抜いた人に、私は嫁ぎます。
求婚者たちは、次々に挑んだ。けれども誰一人、弦を張ることができない。獣の脂を塗り、火で弓を温めてやわらげても、やはり張れない。求婚者の頭目は、今日は弓の神の祭りの日だから日が悪い、と言い訳をして、試しを翌日に延ばそうとした。
そこへ、乞食姿の男が、自分にも試させてほしいと言い出した。求婚者たちは怒ってあざ笑った。けれども館の息子が、弓を男に渡させた。男は弓を手に取ると、あちこち眺めて虫食いがないか確かめ、やすやすと弦を張った。そのとき、神々の王ゼウスが雷を鳴らした。
男は座ったまま、机の上の一本の矢をつがえ、弦を引いて放った。矢は12本の斧の穴をひとつも外さずに貫き、向こう側へ抜けた。
次の矢は、的ではなかった。男は敷居の上に跳び上がり、矢筒の矢を足元にぶちまけると、今まさに盃を口に運ぼうとしていた求婚者の頭目の喉を射抜いた。弓は、主人が帰ってきたことを告げる、何よりの証しになった。

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』
オイカリア王エウリュトスの弓で、その子イピトスがメッセネでオデュッセウスと出会ったときに贈った。オデュッセウスは返礼に鋭い剣と槍を与えたが、二人は客としてともに食卓に着く前に、イピトスがヘラクレスに殺されてしまう。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
黒い船で戦に向かうときには決して携えず、亡き友の形見として館に置かれていた。イタケでだけ用いたと明記される。求婚者たちがこの弓を知らないのはそのためである。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ペネロペイアは、この弓を張り12本の斧の柄穴を一矢で射抜いた者に嫁ぐと宣言する。まずレイオデスが試み、ついで全員が獣脂で弓を温めるが、誰も弦を張れない。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
オデュッセウスは弓を手に取り、竪琴の名手が絃を掛けるように難なく弦を張り、指で弾くと燕の声のように鳴った。ゼウスが雷を鳴らして応える。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
座ったまま矢を放ち、12本の斧の柄穴をすべて貫く。斧をどう並べたのかは原文から一義に決まらず、古来解釈が分かれている。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
この弓は「オデュッセウスにしか扱えない」という身体的な徴として働く。傷跡(エウリュクレイア)、寝台(ペネロペイア)、木の数(ラエルテス)と並ぶ、作中の認知の手段の一つ。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
ペネロペイアは倉から弓を取り出すと、ケースを膝に置いて声を上げて泣き、泣き尽くしてから広間の求婚者たちのもとへ運んだ。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃