母はレダ。白鳥の姿のゼウスと交わったレダが産んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

Ἑλένη人間
パリスに寄り添うヘレネ(左)。ダヴィッドの絵の部分。 『パリスとヘレネの恋(部分)』 ジャック=ルイ・ダヴィッド 1788年Public domain
トロイアの長老たちは、戦争の原因になった女を城壁の上に見つけて、こうささやき合った。この女のためなら、トロイア人とギリシャ人が長く苦しむのも無理はない。女神に恐ろしいほどよく似ている、と。
それがヘレネである。
戦争の原因と言われ続けたこの女が、どんな一生を送ったのか。生まれから順にたどってみよう。
父はゼウス。母はスパルタの王妃レダで、白鳥に姿を変えたゼウスと交わって彼女を産んだ、とされる。別の古い伝えでは、本当の母は、人の思い上がりを罰する女神ネメシスで、ゼウスから逃れようと鳥に姿を変えた女神が卵を産み、それをレダが預かって育てたという。どちらにしても、ヘレネは人間の家に育ったゼウスの娘だった。

年頃になると、ギリシャ中から王や王子が求婚に押し寄せた。誰を選んでも、選ばれなかった者たちが恨む。困った人間の父に、知恵者オデュッセウスが策を授けた。先に求婚者全員に誓わせればいい。選ばれた夫が婚姻のことで害を受けたら、皆で助けに行くと。こうして夫に選ばれたのが、スパルタの王となるメネラオスだった。
やがて、トロイアの王子パリスがスパルタにやって来る。女神たちの美くらべでアプロディテを選び、その褒美として「いちばん美しい女」を約束されていた男だ。夫メネラオスは客をもてなしたあと、クレタ島へ出かけていった。その留守に、アプロディテが二人を結びつける。ヘレネとパリスは財宝を船に積み、夜のうちにスパルタを離れた。

かつての誓いが、ギリシャ中の王をトロイアへ向かわせた。
『イリアス』のヘレネは、自分を責めてばかりいる。トロイアの館で機を織り、自分のために戦う両軍の戦いを布に縫い取っていた。城壁の上で、老王プリアモスは彼女をそばに呼び、ギリシャの将たちの名を尋ねる。王は言った。私はお前を責めない。悪いのは、この涙の戦を起こした神々だ、と。義兄ヘクトルにも、ヘレネは言う。災いを招く犬のような私。生まれたその日に、嵐に吹き飛ばされて海に沈んでいればよかった。

一騎打ちでメネラオスに敗れかけたパリスを、アプロディテが寝室へ運び込んだときもそうだった。ヘレネは女神に逆らい、行こうとしない。だが女神に脅されて黙って従い、戻ってきたパリスに言い放つ。戦から帰ってきたのね。あの人に討たれて死ねばよかったのに。
ヘクトルがアキレウスに討たれたとき、亡骸の前で嘆いた女たちの三人目がヘレネだった。トロイアに来て20年、あなたからは一度もつらい言葉を聞いたことがない。誰かが私を責めても、あなたは穏やかな言葉でかばってくれた。だから私は、あなたと自分の不幸を一緒に泣く。この町に、もう優しくしてくれる人はいない、と。
戦の終わりが近づき、パリスが死ぬと、ヘレネはその弟の一人に嫁がされた。そのころ、オデュッセウスが乞食に化けてトロイアへ忍び込んだことがある。気づいたのはヘレネ一人だった。彼女は正体を明かさないと誓い、オデュッセウスは城内の様子を探って引き上げた。のちにヘレネ自身が回想するところでは、そのとき心はもう故郷へ帰ることに向いていて、アプロディテが自分を惑わせたことを悔いていたという。
もっとも、同じ『オデュッセイア』で夫メネラオスは別の話もする。ギリシャの勇士たちが隠れた木馬のまわりを、ヘレネは三度回り、中の男たち一人ひとりの妻の声を真似て名を呼んだ。危うく返事をしかけた者を、オデュッセウスが押さえつけたという。
トロイアが落ちた夜、メネラオスはヘレネを見つけて船へ連れ帰った。失われた叙事詩『小イリアス』には、彼女の胸を目にしたメネラオスが、剣を投げ捨てたという話もあったらしい。
10年後、父を探してスパルタを訪ねたオデュッセウスの息子テレマコスを迎えたのは、夫とともに暮らすヘレネだった。一目で客の正体を見抜いたのも彼女である。宴が湿っぽくなると、ヘレネは酒に薬を落とした。飲めば、その日一日は親兄弟が目の前で殺されても涙を流さない、エジプトの女にもらった悲しみを忘れる薬だった。

ところが、ヘレネはトロイアへなど行っていない、という話も古くからある。ある詩人はヘレネを悪く言う詩を作って目が見えなくなり、あなたは船にも乗らず、トロイアの城壁にも行かなかった、と詩を作り直して視力を取り戻したという。エウリピデスの悲劇『ヘレネ』では、トロイアへ渡ったのは女神ヘラが空気から作った幻で、本物のヘレネはエジプトで夫を待っていた。10年の戦争は、幻をめぐって戦われたことになる。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』、レスケス(伝)『小イリアス』、エウリピデス『ヘレネ』、プラトン『パイドロス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
母はレダ。白鳥の姿のゼウスと交わったレダが産んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
母は女神ネメシス。ゼウスから逃れるため雁に姿を変えたネメシスに、白鳥となったゼウスが交わり、ネメシスが産んだ卵をレダが預かって育てた。
作者不詳(スタシノスに帰される)『キュプリア』 前7世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ヘレネはトロイアへ行っていない、という説がある。前6世紀の詩人ステシコロスは、ヘレネを謗ったために盲目になり、「その話は真実ではない、あなたは船にも乗らずトロイアの城壁にも行かなかった」と歌い直して視力を取り戻したとされる。この「取り消しの歌(パリノディア)」はプラトンが引用して伝えている。
プラトン『パイドロス』 前4世紀前半
ギリシャ中から求婚者が集まり、父テュンダレオスは求婚者たちに誓いを立てさせたうえでメネラオスを夫に選んだ。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ゼウスの娘と呼ばれる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『イリアス』のヘレネは自分を「犬のような私」と繰り返し責め、来る前に死んでいればよかったと言う。一方でプリアモスも老臣たちも彼女を責めない。最終巻のヘクトルの葬儀では三人目の嘆き手として現れ、トロイアに来て20年、ヘクトルだけは一度も自分に辛く当たらなかったと語る。これが作中で彼女が口にする最後の言葉である。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『イリアス』3巻で、ヘレネは館で大きな紫の布を織り、自分のためにトロイア人とギリシャ人が耐えてきた戦いの数々を縫い取っている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アプロディテに寝室へ連れて来られたヘレネは、戦場から救い出されたパリスに、あの強い人(かつての夫)に討たれて死ねばよかったのに、と言い放つ。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
乞食に化けてトロイアへ忍び込んだオデュッセウスに気づいたのはヘレネだけで、彼女は正体を明かさないと誓った。ヘレネはこのとき心がすでに帰郷に向き、アプロディテに惑わされたことを悔いていた、と回想する。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃
スパルタに戻ったヘレネは、宴の酒に、エジプトの女からもらった薬を入れる。飲めばその日一日は、親や兄弟が目の前で殺されても涙を流さない、苦しみを忘れさせる薬だった。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
叙事詩環『小イリアス』には、落城の夜にヘレネの胸を目にしたメネラオスが剣を投げ捨てた、という場面があったと伝わる。
レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃
3.10.7
3.237-238
3.10.7。ヘレネはゼウスの子とされるが、彼が父として育て、嫁がせた
3.10.8。ヘレネの求婚者の一人として数えられる
摘要 1.23 ペイリトオスの助けで12歳のヘレネをスパルタからさらう。プルタルコス『テセウス伝』31
書簡5でヘレネへの嫉妬と恨みを述べる
エウリピデス『ヘレネ』44-48 ヘルメスがヘレネをプロテウスの館に置く。ヘロドトス 2.112-120 ではエジプト王プロテウスのもとにヘレネが留まる
戦争の原因とされ、城壁の上からギリシャ勢を見わたす(3.121-244)
メネラオスに連れ戻される
3.121-244 トロイアの城壁から戦場を眺める
4.561-569 ヘレネの夫でゼウスの婿だから、メネラオスは死なずにエリュシオンの野へ送られる
4.121-305。戦後もここで暮らしている
アカデミー / academyアカデミー(academy)は、プラトンが学園を開いたアテネ郊外の森の名から来ている。森はアカデメイアと呼ばれ、トロイア戦争の時代の伝説の人物アカデモスが、もとの持ち主だったとされる。プルタルコスの『テセウス伝』によれば、英雄テセウスがヘレネをさらって隠したとき、探しに来た兄たちに隠し場所を教えたのがこのアカデモスだった。そのおかげで、のちにスパルタ軍がアテネの周りを荒らしたときも、アカデメイアだけは手を付けられずに残ったという。英語では15世紀半ばに「プラトンの学園」の意味で現れ、1540年代には学問の場一般を指すようになった。