パリスとの間にコリュトスという子があり、この子がトロイアへ行ってヘレネのもとで父に殺される、という筋を伝える出典がある。アポロドーロスのオイノネの記述にはコリュトスは出てこない。
パルテニオス『恋の苦しみ(エロティカ・パテマタ)』 前1世紀

Οἰνώνη人間
パリスとオイノネ。ゲオルク・ペンツの作。 『パリスとオイノネ(連作「ギリシャの女傑たち」より)』 ゲオルク・ペンツ 1539年 メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)
トロイア戦争の火種になった王子パリスには、絶世の美女ヘレネより前に、妻がいた。王子だと分かる前、山で羊飼いをしていたころに結ばれた、川の神の娘。その名をオイノネという。
では、ヘレネの陰に隠れたこの最初の妻の物語を見ていこう。
オイノネは、トロイアの近くのイダ山に暮らすニンフだった。後の時代の神話集によれば、父は川の神で、オイノネはゼウスの母にあたる古い女神レアから予言の術を学んでいた。
生まれてすぐ山に捨てられたパリスは、羊飼いに拾われて育ち、このオイノネを妻にした。ローマの詩人オウィディウスは、捨てられたオイノネがパリスに書き送った手紙という形の詩を残している。その中で彼女は、山の木々には、かつて二人の名前を刻んだあとが今も残っている、と書いている。
やがてパリスは、スパルタの王妃ヘレネを迎えに船出しようとする。予言の力を持つオイノネは、行ってはならないと止めた。けれどパリスは聞かなかった。オイノネは言い添えた。もしあなたが傷を負ったら、私のところに来なさい。あなたを治せるのは、私だけなのだから。
10年の戦争のあいだに、その日が来た。英雄ヘラクレスの弓を受け継いだギリシャの弓の名手が、パリスを矢で射た。深手を負ったパリスは、イダ山のオイノネのもとへ運ばれ、助けてほしいと頼んだ。
オイノネは、捨てられた恨みを抱えたまま、手当てを断った。パリスはトロイアへ運ばれ、そこで息を引き取った。
ほどなくオイノネは思い直し、薬を手に駆けつけた。だが、夫はもう死んでいた。神話集によれば、オイノネは首を吊って命を絶った。のちの時代の叙事詩は、夫の火葬の火に身を投げたと語っている。
この夫婦には息子がいて、その子がトロイアで父に殺されたという話も、一部の伝承には残っている。
この物語の出典: パルテニオス『恋の苦しみ(エロティカ・パテマタ)』、オウィディウス『名婦の書簡』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』
パリスとの間にコリュトスという子があり、この子がトロイアへ行ってヘレネのもとで父に殺される、という筋を伝える出典がある。アポロドーロスのオイノネの記述にはコリュトスは出てこない。
パルテニオス『恋の苦しみ(エロティカ・パテマタ)』 前1世紀
ホメロスには登場しない。パリスがイダ山で羊飼いとして育ったという設定に付随して語られる人物で、アポロドーロスは川神ケブレンの娘とする。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
予言の力と医術を持ち、パリスがヘレネを連れて帰れば傷を負うことになる、そのときは自分だけが癒やせると告げていた、とアポロドーロスは伝える。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
ピロクテテスの矢に倒れたパリスがイダ山へ運ばれて助けを乞うが拒む。パリスの死を知って悔い、自ら命を絶つ(火葬の薪に身を投げる)。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』 3〜4世紀
オウィディウス『名婦の書簡』第5歌は、捨てられたオイノネがパリスに宛てた手紙という形をとる。イダ山の木に二人の名が刻まれているという描写が有名で、後世の詩人に繰り返し引かれた。
オウィディウス『名婦の書簡』 前15年頃