ギリシャ神話の地図
ヘクトル兄ヘレネ妻メネラオス討った男アテナ変装者プリアモス父パリス兄アイネイアス友トロイア落城最期の夜

デイポボス

Δηΐφοβος人間

トロイアの総大将ヘクトルが最期の一騎打ちに臨んだとき、そばには頼もしい弟がいた。少なくとも、ヘクトルはそう信じていた。

では、その弟デイポボスがどんな運命をたどったのか、見ていこう。

デイポボスは、トロイアの老王プリアモスの息子で、ヘクトルやパリスの弟にあたる。『イリアス』では、戦場で槍を交える勇士の一人として何度か姿を見せる。

けれども彼がいちばん印象に残るのは、本人がその場にいない場面である。アキレウスに追われて城のまわりを逃げるヘクトルの前に、デイポボスが現れて言う。兄上、ここで踏みとどまり、二人で立ち向かおう。弟が来てくれたと信じたヘクトルは足を止め、アキレウスに槍を投げた。はね返された槍の代わりを求めて振り返ると、弟の姿はどこにもない。女神アテナが、デイポボスに化けていたのである。神にだまされたと悟ったヘクトルは、そこで討たれた。

その後、兄パリスも戦死する。古い叙事詩の要約によれば、残された美女ヘレネを妻にしたのは、兄弟と争って勝ったデイポボスだった。

そして木馬の計略でトロイアが落ちる夜。『オデュッセイア』は、オデュッセウスとメネラオスがデイポボスの家へ向かい、そこで最も恐ろしい戦いがあった、とだけ語る。

何が起きたのかを詳しく語るのは、ローマの詩人ウェルギリウスの『アエネイス』である。トロイアの生き残りアイネイアスは、のちに冥界を訪れ、そこでデイポボスの亡霊に出会う。体じゅうを切り刻まれ、顔も両手も傷つけられ、耳も鼻もそぎ取られた、無残な姿だった。

亡霊は語った。わたしをこんな目に遭わせたのは、あのスパルタの女の罪だ。木馬が城内に運び込まれた夜、ヘレネは祭りの踊りを装ってトロイアの女たちを率い、自ら大きな松明を掲げて、城の上からギリシャ軍を呼び寄せていた。疲れ果てて眠り込んだ夫の家から、彼女は武器をすべて運び出し、枕もとの剣まで抜き取った。そして扉を開け、前の夫メネラオスを招き入れた。それで昔の過ちを帳消しにできると思ったのだろう、と。

アテナに姿を使われて兄を死なせ、妻に裏切られて自分も死ぬ。デイポボスは、二度も「偽りの味方」に関わった男だった。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、レスケス(伝)『小イリアス』、ウェルギリウス『アエネイス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』

この物語の人々

ローマ以後の語り

『アエネイス』では、冥界で無残に切り刻まれた亡霊として現れ、ヘレネが家中の武器を隠し、メネラオスを招き入れたと語る。この裏切りの筋は『オデュッセイア』には無い。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

『アエネイス』の冥界で、デイポボスの亡霊は体中を切り刻まれ、顔と両手を傷つけられ、耳と鼻をそがれた姿で現れる。ヘレネは祭りの踊りを装って松明でギリシャ軍を呼び、家の武器と枕もとの剣を持ち去って、メネラオスを招き入れたと語る。

ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃

もっと詳しく

『イリアス』最大の役どころは本人不在の場面である。アキレウスの前から逃げるヘクトルに、アテナがデイポボスの姿で近づき「一緒に立ち向かおう」と励ます。ヘクトルは弟が来たと信じて踏みとどまり、槍を投げた後に振り返ると誰もいない。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

実際に戦場でも活躍しており、メリオネスと槍を交え、盾で防いだのち反撃される場面などがある。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

パリスの死後、ヘレネを妻とした。『小イリアス』要約では、ヘレノスと争って勝ち取ったとされる。『イリアス』の時点ではこの結婚はまだ起きていない。

レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃

『オデュッセイア』では、落城の夜にオデュッセウスとメネラオスがデイポボスの家へ向かい、そこで最も恐ろしい戦いがあったと語られるだけである。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前7世紀頃レスケス(伝)『小イリアス』
  4. 前19年頃ウェルギリウス『アエネイス』
  5. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』