ホメロスでは一貫して貞節な妻として描かれ、求婚者には決して応じない。ただし18歌では求婚者から贈り物を引き出す場面もあり、その真意は作中で説明されない。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

Πηνελόπεια人間
機を織り続けるペネロペと、言い寄る求婚者たち。ウォーターハウスの絵。 『ペネロペと求婚者たち』 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 1911〜1912年 アバディーン美術館Public domain
英語には「ペネロペの織物」という言い回しがある。いつまでたっても終わらない仕事、わざと終わらせない仕事のことだ。2026年のクリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』では、アン・ハサウェイがこの織物の主を演じた。英雄オデュッセウスの妻、ペネロペイアである。
夫がトロイアへ出征したとき、一人息子はまだ赤ん坊だった。戦争は10年続き、終わっても夫は帰ってこない。やがてイタケの館には、島や近くの国々から100人を超える若者たちが押しかけるようになった。夫はもう死んだのだから、われわれの中から新しい夫を選べ、というのだ。求婚者たちは館に居座り、主のいない家の家畜を毎日のように屠って宴を開いた。
ペネロペイアは断りきれず、一つの策を考えた。年老いた義父のための死に装束を織っている。これを織り上げるまで待ってほしい。そう言って大きな機に向かい、昼に織った布を、夜になると松明のもとでほどいた。こうして3年、求婚者たちをだまし続けた。4年目に、事情を知った侍女が密告し、ほどいているところを押さえられてしまう。

館の中で、彼女はいつも泣いていた。宴の席で楽人が、トロイアから帰るギリシャ勢の苦難を歌ったときは、階段を下りてきて、その悲しい歌はやめてほしいと涙ながらに頼んだ。ところが成長した息子に、歌をとがめるのは筋違いだ、部屋へ戻って機織りをなさい、この家の采配は自分がとる、とたしなめられる。ペネロペイアは驚き、その言葉を胸にしまって部屋へ戻り、夫を思って泣いた。
20年目、夫は乞食の姿で帰ってきた。女神アテナの手で老人に変えられていたので、妻は気づかない。ペネロペイアはこの乞食を呼んで話を聞き、自分の見た夢を打ち明けた。館で飼っている20羽の鵞鳥を、山から来た鷲がすべて殺してしまった。泣いていると鷲が戻ってきて、人の声で言った。鵞鳥は求婚者たち、自分はおまえの夫だ、と。乞食は、夢のとおりになるだろうと答える。けれどもペネロペイアは、夢には角の門から来る本当の夢と、象牙の門から来る偽りの夢がある、私の夢はきっと偽りの門から来たのだと言い、翌日、弓の試合を開くと告げた。

夫が遺した弓に弦を張り、ずらりと並べた12本の斧の穴を一本の矢で射抜いた者に嫁ぐ。求婚者たちは、弓に弦を張ることすらできない。最後に弓を手にした乞食がやすやすと矢を通し、そのまま求婚者たちを討ち果たした。
戦いが終わっても、ペネロペイアはすぐには夫と認めなかった。息子にまで、母上の心は石より硬い、と責められる。彼女は乳母に言いつけた。夫が自分で作った寝台を、寝室の外へ運び出しておきなさい。それを聞いたオデュッセウスは怒り出した。あの寝台は、根を張ったままのオリーブの木を柱にして自分で作ったものだ。誰が動かせるというのか。
二人しか知らない秘密だった。ペネロペイアは膝の力が抜け、泣きながら夫の首に抱きついた。すぐに迎えなかったことを怒らないで、神々が私たちに、若い日々をともに過ごさせてくれなかったのです、と。女神アテナは夜明けを海の果てに引き止め、長い夜を二人に与えた。
冥界では、夫を殺された総大将アガメムノンの亡霊が、彼女をたたえている。オデュッセウスの妻の名声は歌となって永遠に残る。夫を殺した自分の妻の歌とは正反対だ、と。
ただし後の時代には、この貞淑な妻について、まったく違う噂を伝える土地もあった。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、クリストファー・ノーラン監督『映画『オデュッセイア』』
ホメロスでは一貫して貞節な妻として描かれ、求婚者には決して応じない。ただし18歌では求婚者から贈り物を引き出す場面もあり、その真意は作中で説明されない。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
異伝: マンティネイア人の伝えとして、オデュッセウスは彼女が情夫を家に入れたことを咎めて追い出し、彼女はマンティネイアに移ってそこで死んだ、とパウサニアスが記す。同地に墓があるとされた。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
異伝: アンティノオスに誘惑されたため父イカリオスのもとへ送り返され、アルカディアのマンティネイアでヘルメスとの間に牧神パンを産んだとする説。別の説では、アンピノモスとの件でオデュッセウス自身に殺されたとする。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
現代解釈: クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』(2026年)でアン・ハサウェイが演じる。
クリストファー・ノーラン監督『映画『オデュッセイア』』 2026年7月17日公開
舅ラエルテスの経帷子を織り上げるまで待ってほしいと求婚者に告げ、昼に織った分を夜にほどいて3年引き延ばした。侍女の密告で4年目に露見する。同じ話が作中で3度語られる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
夫の弓を持ち出し、12本の斧の柄穴を射抜けた者に嫁ぐと宣言する。この提案が求婚者殺しの引き金になる。誰も弓を張ることすらできなかった。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
名乗り出た夫をすぐには信じず、乳母に「寝台を寝室の外に運び出せ」と命じて試す。オリーブの生木を根ごと刻んで作った動かせない寝台であることを夫が怒って明かしたため、本人と認めた。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
父はイカリオス。イカリオスとヘレネの父テュンダレオスは兄弟とされるので、ペネロペイアとヘレネは従姉妹にあたる。貞節な妻と出奔した妻という対比は『オデュッセイア』でも意識されている。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃
楽人ペミオスがアカイア勢の苦難の帰還を歌うと、ペネロペイアは泣いて歌をやめるよう頼むが、テレマコスに「歌をとがめるのは筋違い、部屋で機を織れ、家の采配は私がとる」とたしなめられ、驚いて部屋へ戻る。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
乞食姿の夫に、20羽の鵞鳥を鷲が殺し、その鷲が夫を名乗る夢を語る。乞食が夢の成就を請け合うと、夢には角の門(真)と象牙の門(偽)があると言い、翌日弓の試合を開くと告げる。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
再会の夜、アテナは夜を長く引き延ばし、曙の女神をオケアノスのほとりに引き止めて馬をつながせなかった。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃
Epit. 7.37 父の遺骸とペネロペイアをキルケのもとへ運び、そこで彼女を妻とする
ペネロペの織物 / Penelope's web「一方の手で作ったものを、もう一方の手で壊してしまう無駄骨」の比喩。語源辞典が引く英語の神話の手引き書『パンテオン』(トゥーク)は、「ペネロペの織物を織る」をこの意味のことわざとして挙げる。夫の帰りを待つ間、舅の経帷子を織り終えたら求婚者の一人を選ぶと言いながら、昼に織った分を夜ほどいて三年間引き延ばした話から。英語では1580年から、Penelope が貞節な妻の代名詞として使われる。