WHOの紋章は1948年の第1回世界保健総会で選ばれ、国連のしるしの上に1匹の蛇が巻きついた杖を置く。WHOは、蛇の巻きついた杖は古くから医療と医師のしるしで、癒やしの神として崇められ、その祭祀に蛇を用いたアスクレピオスの物語に由来すると説明する。
世界保健機関『WHOのロゴとエンブレム』 2026年9月閲覧
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夏の夜空に、へびつかい座という星座がある。大きな蛇を両手に抱え、その蛇を体に巻きつけた男の姿だ。ローマ時代の星座の本は、この男を、医術の神アスクレピオスだとする天文学者が多いと書いている。蛇は、医術の神のしるしだったのである。
蛇の巻きついた杖は、いまも医療のしるしとして使われている。
世界保健機関(WHO)の紋章には、国際連合のしるしの上に、1匹の蛇が巻きついた杖が描かれている。1948年の第1回世界保健総会で選ばれたこの紋章について、WHOは、古代ギリシャで癒やしの神として敬われ、その祭祀に蛇が使われたアスクレピオスの物語に由来する、と説明している。
蛇と杖が結びついたわけを、先の星座の本はこう語る。アスクレピオスは、死んだ少年を生き返らせるよう命じられ、ひそかに牢に閉じ込められた。杖を手にどうしたものかと考え込んでいると、1匹の蛇が杖にはい上がってきた。心の乱れていたアスクレピオスは、逃げようとする蛇を杖で何度も打って殺してしまう。するとそこへ別の蛇が、口に草をくわえて現れ、死んだ蛇の頭にその草をのせた。2匹はそろって逃げ去った。アスクレピオスは同じ草を使って、少年をよみがえらせたという。それ以来、蛇はアスクレピオスの守りのもとに置かれ、医者たちも彼にならって蛇を用いるようになった、とその本は書いている。
アスクレピオスの大きな聖地は、ペロポネソス半島のエピダウロスにあった。2世紀の旅行家パウサニアスによれば、神殿の像は象牙と金でできていて、神は椅子に座り、片手で杖を握り、もう片方の手を蛇の頭の上にかざしていた。足もとには犬が寝そべっていた。境内には石板が並び、神に病を治してもらった男女の名と病、治し方が刻まれていたという。
この杖と蛇が、海を渡ったこともある。ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』によれば、ひどい疫病に苦しんだローマの人々は、デルポイの神託にすがった。答えはこうだった。求めるべきはアポロンではない、アポロンの息子だ。使節たちはエピダウロスへ向かったが、町の長老たちは神を手放すことをためらう。その夜、ローマの使節の夢にアスクレピオスが現れた。左手に素朴な杖を持ち、右手で長いひげをなでながら、神は言う。恐れることはない。この杖に巻きつく蛇をよく見て覚えておけ。私はこの姿に変わって行こう。ただし、もっと大きな姿で。
翌朝、神殿に、金色のとさかをいただいた大蛇が姿を現した。蛇はするすると町を抜けてローマの船に乗り込み、船は神の重みで沈みこんだ。ローマに着くと、蛇はティベリス川の中の島に上がり、神の姿に戻って、疫病を終わらせた。ローマの歴史家リウィウスも、疫病のとき、アスクレピオスの像を迎えに行った使節たちが、船に乗り込んだ蛇を神そのものとして連れ帰り、川の島に神殿が建てられたと記録している。
ヘルメスの持つ伝令の杖にも蛇が巻きつくが、あちらは2匹。医術の神の杖に巻きつく蛇は1匹だけで、二つはしばしば取り違えられてきた。古代ギリシャの医師の誓い「ヒポクラテスの誓い」も、医術の神としてのアポロンとアスクレピオス、そして健康と癒やしの女神たちの名にかけて誓う言葉で始まる。

この物語の出典: ヒポクラテス派(作者不詳)『ヒポクラテスの誓い』、リウィウス『ローマ建国以来の歴史』、オウィディウス『変身物語』、ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』、世界保健機関『WHOのロゴとエンブレム』
WHOの紋章は1948年の第1回世界保健総会で選ばれ、国連のしるしの上に1匹の蛇が巻きついた杖を置く。WHOは、蛇の巻きついた杖は古くから医療と医師のしるしで、癒やしの神として崇められ、その祭祀に蛇を用いたアスクレピオスの物語に由来すると説明する。
世界保健機関『WHOのロゴとエンブレム』 2026年9月閲覧
ヒュギヌス『天文譜』は、へびつかい座を、体に巻きつく蛇を両手に持つ姿とし、多くの天文学者がこれをアスクレピオスとみなしたと書く。死者をよみがえらせた罪でゼウスに雷で打たれたが、アポロンの子であることと医術のゆえに星座にされたという。
ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』 1〜2世紀
同じ『天文譜』は、アスクレピオスが蛇を持つ理由として、グラウコス(ミノスの子)をよみがえらせるよう命じられて牢にいたとき、杖に這い上がった蛇を杖で打ち殺すと、別の蛇が草をくわえて来て死んだ蛇の頭に置き、その草でグラウコスを生き返らせた、という話を挙げる。医者が蛇を用いるのはこれにならったものだとする。
ヒュギヌス(偽ヒュギヌス)『天文譜』 1〜2世紀
エピダウロスのアスクレピオス像はパロス島のトラシュメデス作の象牙と金の座像で、神は杖を握り、もう一方の手を蛇の頭の上にかざし、傍らに犬が伏していた。境内には治癒した男女の名、病、治療法を記した石板が並んでいた。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
シキュオンの人々は、アスクレピオスが蛇の姿で、2頭のラバの引く車に乗せられてエピダウロスから運ばれてきたと伝えていた。そこの神像は片手に杖、片手に松かさを持つ。
パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀
オウィディウスでは、疫病に苦しむローマはデルポイで「アポロンでなくアポロンの子を」と告げられ、エピダウロスへ使節を送る。夢に現れた神は左手に素朴な杖を持ち、「杖に巻きつくこの蛇を見ておけ、これに変わって行く」と言う。翌日、金のとさかの大蛇が現れて船に乗り、ローマのティベリス川の島に上がって神の姿に戻り、疫病を終わらせた。
オウィディウス『変身物語』 8年頃
リウィウスは、疫病のときシビュラの書に従ってアスクレピオスをエピダウロスから迎えることになり、使節たちが船に乗り込んだ蛇を神そのものと信じて連れ帰り、蛇が上陸したティベリス川の島に神殿が建てられたと記す。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』 前1世紀末
ヘルメスのカドゥケウスには2匹の蛇が絡むが、アスクレピオスの杖の蛇は1匹。カドゥケウスが医療のしるしとして使われることがあるのは、両者の混同によるとされる。
ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)
「ヒポクラテスの誓い」は、医師アポロン、アスクレピオス、ヒュギエイア、パナケイアの名にかけて誓う言葉で始まる。
ヒポクラテス派(作者不詳)『ヒポクラテスの誓い』 前5〜4世紀頃