ギリシャ神話の地図
アスクレピオス父アテナ同名の神アンピアラオス祭壇の主アテナイ聖地アポロン誓いの神
健康の女神ヒュギエイア。グスタフ・クリムトの作。

ヒュギエイア

Ὑγίεια神

健康の女神ヒュギエイア。グスタフ・クリムトの作。 『ヒュギエイア』 グスタフ・クリムト 1900〜1907年Public domain

「衛生」を英語でハイジーンという。この言葉をさかのぼると、ギリシャ語の「健康」に行き着く。その「健康」そのものを女神にしたのが、ヒュギエイアである。

では、健康の女神ヒュギエイアが、古代の人々にどう祀られていたのか、見ていこう。

この女神には、冒険の物語がない。『イリアス』にも『オデュッセイア』にも出てこない。登場するのは英雄譚ではなく、病を治してもらおうと人々が集まる医術の神の聖域だった。

ヒュギエイアは、医術の神アスクレピオスの娘とされる。各地のアスクレピオスの聖域で、娘は父と並んで祀られた。2世紀のギリシャを旅した旅行家パウサニアスは、あちこちでこの女神の像を見ている。アテネのアクロポリスには、アスクレピオスの娘と言い伝えられるヒュギエイアの像があり、そのすぐそばには「健康のアテナ」と呼ばれる女神アテナの像も立っていた。健康は独立した女神であると同時に、知恵の女神アテナのひとつの顔でもあった。

ペロポネソス半島のある聖域では、ヒュギエイアの像が、女性たちが奉納した髪の房と、バビロニアの織物ですっかり覆われて、顔もよく見えなかったという。それだけ多くの人が、健康を願ってこの女神にすがった。

アテネの北のある町では、大地に呑まれて神になった予言者の英雄の祭壇に、「万能薬」や「癒やし」という名の女神たちとともに祀られていた。

今の医師たちにもなじみのある誓いに、この女神は名を残している。医学の父ヒポクラテスの名で伝わる「ヒポクラテスの誓い」は、医師が医神アポロン、アスクレピオス、ヒュギエイア、そして万能薬の女神パナケイアを証人として誓う言葉で始まる。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、ヒポクラテス派(作者不詳)『ヒポクラテスの誓い』、パウサニアス『ギリシア案内記』、ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』

この物語の人々

ローマ以後の語り

パウサニアスは、アテナイのアクロポリスにある「言い伝えでアスクレピオスの娘とされる」ヒュギエイアの像や、オリュンピアの供物台に刻まれた「アスクレピオスと、その娘の一人ヒュギエイア」を記録している。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

同じアクロポリスでは、ヒュギエイアの像のそばに「ヒュギエイア」を添え名とするアテナの像もあった。健康は独立した女神であると同時に、アテナの一つの顔でもあった。アッティカのアカルナイにも「アテナ・ヒュギエイア」の祭壇があったという。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ヒュギエイアはアスクレピオスの聖域で父と並んで祀られた。パウサニアスは、シキュオン地方ティタネのヒュギエイア像は女性たちが奉納した髪の房とバビロニア織りの布にすっかり覆われて顔もよく見えない、と記す。オロポスのアンピアラオスの祭壇では、パナケイア(万能薬)、イアソ(癒やし)とともに祀られていた。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

英語 hygiene は、フランス語 hygiène を経て、ギリシャ語 hygieinē technē「健康の技」から来ている。元の形容詞 hygiēs(健やかな)を神格化したのがヒュギエイアで、女神の名と衛生という語は同じ根から出た兄弟にあたる。

ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』 2001年〜(2026年9月閲覧)

もっと詳しく

「ヒポクラテスの誓い」は、医師が「医神アポロン、アスクレピオス、ヒュギエイア、パナケイア、およびすべての神々と女神たち」を証人として誓う言葉で始まる。

ヒポクラテス派(作者不詳)『ヒポクラテスの誓い』 前5〜4世紀頃

ヒュギエイアはホメロスにもヘシオドスにも登場しない。英雄譚の登場人物ではなく、医術の信仰の中で父アスクレピオスと組になって現れる女神である。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

今の言葉に残る

衛生 / hygiene英語 hygiene は1670年代にフランス語 hygiène から入った語で、元はギリシャ語 hygieinē technē「健康の技」。その元の形容詞 hygiēs「健やかな」を神格化したのが女神ヒュギエイアである。女神の名が直接の語源というより、同じ言葉から女神の名と衛生の語が分かれ出た関係。

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  3. 前5〜4世紀頃ヒポクラテス派(作者不詳)『ヒポクラテスの誓い』
  4. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』
  5. 2001年〜(2026年9月閲覧)ダグラス・ハーパー『オンライン語源辞典』