この戦に行けば、自分は死ぬ。そう分かっていながら出陣させられた予言者がいる。彼を戦場へ送り出したのは、敵ではなく、首飾り一つで夫を売った自分の妻だった。アルゴスの予言者で戦士の、アンピアラオスである。
では、アンピアラオスがどうして死ぬと分かった戦に向かい、どんな最期を迎えたのか見ていこう。
アンピアラオスは、代々予言者を出してきた家に生まれた。『オデュッセイア』は、ゼウスとアポロンにあらゆる愛で愛された男だった、と書いている。若いころには、英雄たちが集まったカリュドンの猪狩りにも加わり、猪の目を矢で射抜いた。
ある時、オイディプスの息子ポリュネイケスが、兄弟に奪われたテーバイの王位を取り戻そうと、アルゴスの王アドラストスとともに軍を起こした。率いる将は七人。のちに「テーバイ攻めの七将」と呼ばれる戦である。
アンピアラオスは予言者として、この戦の結末を見抜いていた。アドラストス一人を除いて、将はみな死ぬ。彼は出陣を拒み、ほかの者たちも止めようとした。
ところが彼には弱みがあった。かつてアドラストスと争って和解したとき、以後二人のあいだで争いが起きたら、妻に裁かせる、と誓っていたのだ。ポリュネイケスはそこに目をつけた。その妻に、見事な首飾りを贈ったのである。アンピアラオスは、ポリュネイケスから贈り物を受け取ってはならないと妻に言い渡していた。けれど妻は首飾りを受け取り、夫に出陣を命じた。
逆らえなくなったアンピアラオスは、出陣の前に息子たちに言い残した。大きくなったら母を殺し、テーバイを攻めよ。
アイスキュロスの悲劇『テーバイ攻めの七将』では、七人の中でただ一人、節度をわきまえた男として描かれる。ほかの将の楯には派手な図柄が描かれていたが、彼の楯には何も描かれていなかった。立派に見えることではなく、本当に立派であることを望んでいたからだという。
戦は予言どおりの結末を迎えた。アルゴス勢は敗れて逃げはじめ、将たちは次々に倒れる。アンピアラオスも戦車で川のほとりを逃げていた。敵の槍が背中に突き立てられようとした、まさにその瞬間、ゼウスが雷を投げつけて大地を裂いた。アンピアラオスは、戦車と御者もろとも、その裂け目に呑み込まれて姿を消した。古代ギリシャの詩人ピンダロスは、背を突かれて名を汚す前に、ゼウスが彼を大地に隠したのだと書いている。後の時代の神話集は、ゼウスが彼を不死にしたと書いている。
生き残ったのは、予言どおりアドラストスただ一人だった。彼はのちに、テーバイで燃える七つの火葬の火の前で、アンピアラオスを悼んだ。わが軍の目を失った。予言者としても、槍の使い手としても優れた男を。
大地に消えた予言者は、のちに神として祀られた。2世紀の旅行家パウサニアスによれば、アテナイの北にあるオロポスの聖域では、相談に来た人が身を清めて犠牲を捧げ、雄羊の皮を敷いて眠り、夢の中で神のお告げを待った。病が治った人は、聖域の泉に金や銀の硬貨を投げ入れたという。
この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ピンダロス『祝勝歌集』、アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』