ギリシャ神話の地図
ゼウス救った神アポロン愛した神アドラストス妻の兄弟ポリュネイケス首飾りを贈った男カリュドンの猪狩り若き日の狩りテュデウス憎んだ将アルクマイオン息子エリピュレ妻

アンピアラオス

Ἀμφιάραος英雄

テーバイ攻めの七将6 / 8

この戦に行けば、自分は死ぬ。そう分かっていながら出陣させられた予言者がいる。彼を戦場へ送り出したのは、敵ではなく、首飾り一つで夫を売った自分の妻だった。アルゴスの予言者で戦士の、アンピアラオスである。

では、アンピアラオスがどうして死ぬと分かった戦に向かい、どんな最期を迎えたのか見ていこう。

アンピアラオスは、代々予言者を出してきた家に生まれた。『オデュッセイア』は、ゼウスとアポロンにあらゆる愛で愛された男だった、と書いている。若いころには、英雄たちが集まったカリュドンの猪狩りにも加わり、猪の目を矢で射抜いた。

ある時、オイディプスの息子ポリュネイケスが、兄弟に奪われたテーバイの王位を取り戻そうと、アルゴスの王アドラストスとともに軍を起こした。率いる将は七人。のちに「テーバイ攻めの七将」と呼ばれる戦である。

アンピアラオスは予言者として、この戦の結末を見抜いていた。アドラストス一人を除いて、将はみな死ぬ。彼は出陣を拒み、ほかの者たちも止めようとした。

ところが彼には弱みがあった。かつてアドラストスと争って和解したとき、以後二人のあいだで争いが起きたら、妻に裁かせる、と誓っていたのだ。ポリュネイケスはそこに目をつけた。その妻に、見事な首飾りを贈ったのである。アンピアラオスは、ポリュネイケスから贈り物を受け取ってはならないと妻に言い渡していた。けれど妻は首飾りを受け取り、夫に出陣を命じた。

逆らえなくなったアンピアラオスは、出陣の前に息子たちに言い残した。大きくなったら母を殺し、テーバイを攻めよ。

アイスキュロスの悲劇『テーバイ攻めの七将』では、七人の中でただ一人、節度をわきまえた男として描かれる。ほかの将の楯には派手な図柄が描かれていたが、彼の楯には何も描かれていなかった。立派に見えることではなく、本当に立派であることを望んでいたからだという。

戦は予言どおりの結末を迎えた。アルゴス勢は敗れて逃げはじめ、将たちは次々に倒れる。アンピアラオスも戦車で川のほとりを逃げていた。敵の槍が背中に突き立てられようとした、まさにその瞬間、ゼウスが雷を投げつけて大地を裂いた。アンピアラオスは、戦車と御者もろとも、その裂け目に呑み込まれて姿を消した。古代ギリシャの詩人ピンダロスは、背を突かれて名を汚す前に、ゼウスが彼を大地に隠したのだと書いている。後の時代の神話集は、ゼウスが彼を不死にしたと書いている。

生き残ったのは、予言どおりアドラストスただ一人だった。彼はのちに、テーバイで燃える七つの火葬の火の前で、アンピアラオスを悼んだ。わが軍の目を失った。予言者としても、槍の使い手としても優れた男を。

大地に消えた予言者は、のちに神として祀られた。2世紀の旅行家パウサニアスによれば、アテナイの北にあるオロポスの聖域では、相談に来た人が身を清めて犠牲を捧げ、雄羊の皮を敷いて眠り、夢の中で神のお告げを待った。病が治った人は、聖域の泉に金や銀の硬貨を投げ入れたという。

この物語の出典: ホメロス『オデュッセイア』、ピンダロス『祝勝歌集』、アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』

この物語の人々

こういう風にも語られている

予見と強いられた出陣: 彼は予言者として、アドラストス以外の将はみな死ぬと見抜いて出陣を拒んだ。かつてアドラストスと争って和解したとき、以後の争いは妻エリピュレに裁かせると誓っていたため、ポリュネイケスから首飾りを受け取ったエリピュレが出陣を決め、彼は逆らえなかった。出陣の前、子らに成長したら母を殺してテーバイを攻めよと命じる。ヒュギヌスでは、妻に知らせて隠れていたところを、首飾りと引き換えに妻に居場所を明かされる。

ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

呑まれた場所はどこか: パウサニアスは、テーバイ人がポトニアイからテーバイへの道の右手にある柱の立つ囲い地を「大地が開いた場所」とし、鳥も柱にとまらず獣も草を食まないと言うことを記す。一方タナグラ人は、近くの町ハルマ(「戦車」)の名が、アンピアラオスの戦車がそこで消えたことに由来すると主張する。オロポス人も聖域の泉を、神となった彼が地上に現れた場所としていた。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

ローマ以後の語り

神になった英雄: パウサニアスによれば、アンピアラオスが神として最初に祀られたのはオロポスで、そこからギリシャ全体に広まった。オロポスの聖域には神殿と白い大理石の像、「アンピアラオスの泉」があり、神託によって病が治った者は泉に金銀の貨幣を投げ入れる習わしだった。相談者は身を清めて犠牲を捧げたあと、雄羊の皮を敷いて眠り、夢で答えを待った。パウサニアスは、アンピアラオスが生前から夢解きを得意とし、神となってからも夢の神託を開いたのだと考えている。

パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

瀕死のテュデウスをアテナが不死にしようとしているのを見たアンピアラオスは、出陣をあおったテュデウスを恨んでいたので、テュデウスが倒したメラニッポスの首を切って渡した。テュデウスが脳を啜るのを見たアテナは嫌悪して不死を与えるのをやめた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

もっと詳しく

ホメロスでの姿: 『オデュッセイア』15歌の予言者の家系の紹介で、メランプスの曾孫、オイクレスの子として出てくる。「民を奮い立たせる者、アイギスを持つゼウスとアポロンがあらゆる愛で愛した」が、老いの戸口に至らず、「女の贈り物のために」テーバイで死んだ、と語られる。息子はアルクマイオンとアンピロコス。11歌の冥界では「夫の命の代価に黄金を受け取った憎むべきエリピュレ」が挙げられ、名は出さずに同じ話を指している。

ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃

アイスキュロス『七将』では、七人の中で最も節度ある予言者として描かれる。ホモロイスの門で味方のテュデウスを罵り、ポリュネイケスには祖国を攻める所業を責めて、自分は敵地の下に葬られて大地を肥やすだろうと予言する。盾には図柄が無く、その理由は「最善に見えることではなく、最善であることを望む」からだとされる。

アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』 前467年上演

最期: 敗走の途中、イスメノス川のほとりで、テーバイ方のペリクリュメノスの槍に背を突かれる寸前に、ゼウスが雷で大地を裂き、アンピアラオスは戦車と御者もろとも地中に消えた。ピンダロス(前5世紀前半)は、背を突かれて武名を汚す前に、とこの場面を歌う。アポロドーロスはさらに、ゼウスが彼を不死にしたと書き、御者の名をバトン、あるいはエラトンとする。

ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ピンダロスは、七つの火葬の火が燃え尽きたあと、アドラストスがテーバイで「わが軍の目を失って寂しい、予言者としても槍の使い手としても優れた男を」と嘆いたと歌う。予言者と戦士の両方を兼ねた人物像は、アイスキュロスの「戦いに勇む予言者」と重なる。

ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』 前467年上演

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このページの出典(8件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『オデュッセイア』
  2. 前5世紀前半ピンダロス『祝勝歌集』
  3. 前467年上演アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』
  4. 前410年頃上演エウリピデス『フェニキアの女たち』
  5. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  6. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  7. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』
  8. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』