ソポクレスの悲劇『アンティゴネ』は、野ざらしにされた一つの亡骸をめぐって始まる。王は葬ることを禁じ、妹は命がけで葬ろうとする。その亡骸の主が、祖国に攻め込んで死んだ王子ポリュネイケスである。
では、この王子がなぜ祖国に刃を向けることになったのか、たどってみよう。
ポリュネイケスは、テバイの王オイディプスの息子である。父が、知らずに父を殺し母と結婚していたことが明るみに出たあと、王座は二人の息子に残された。ポリュネイケスと、兄弟のエテオクレスである。
アポロドーロスによれば、二人は1年ずつ交代で国を治める約束をした。けれども、その約束は守られなかった。どちらが先に王になったのかは、伝える作品によって違う。いずれにしても、国を追われたのはポリュネイケスの方だった。彼は、祖先に伝わる首飾りと衣を携えて、アルゴスの国へ逃れた。
アルゴスの王の館に夜たどり着くと、門の前で、別の国から逃れてきた男と取っ組み合いになった。のちに英雄ディオメデスの父となる男である。騒ぎを聞いて出てきた王は、ある予言を思い出した。娘たちを猪と獅子に嫁がせよ。二人の盾には、猪と獅子の姿が描かれていた。王は二人を娘婿に迎え、それぞれを祖国へ戻してやると約束した。
こうして、テバイを攻める七人の将の軍勢が集められる。将の一人である予言者だけは、王を除いて全員が死ぬと見抜き、出陣を拒んだ。ポリュネイケスは、その妻に例の首飾りを贈り、夫を戦に出させてくれと頼んだ。妻は首飾りを受け取り、夫を送り出した。
ソポクレスの別の悲劇『コロノスのオイディプス』では、出陣を前にしたポリュネイケスが、盲目の身で放浪する父を訪ねて許しを請う。父の味方についた側が勝つという神託があったからだ。けれども父は許さず、兄弟が互いの手にかかって死ぬよう呪った。
テバイの七つの門の前で戦いが始まる。アイスキュロスの『テバイを攻める七将』では、ポリュネイケスの盾には、金細工の男を導く女の姿があり、わたしはこの男を連れ帰り、町と父の館を取り戻させる、という文字が添えられていた。女は正義の女神を名乗っていた。
その門を守ったのは、兄弟のエテオクレスだった。二人は一騎打ちに臨み、互いを刺し貫いて、ともに死んだ。父の呪いのとおりだった。
テバイの新しい王となった叔父クレオンは、攻めてきた者たちの遺体を葬ることを禁じた。ポリュネイケスの亡骸も、野ざらしにされた。その禁を破ったのが、妹のアンティゴネである。
野ざらしにされた兄の亡骸の前に立つアンティゴネ。『ポリュネイケスの亡骸の前のアンティゴネ』 ニキフォロス・リトラス 1865年Public domainホメロスの『イリアス』には、この王子が一度だけ出てくる。援軍を求めてミュケナイを訪れたが、ゼウスが不吉なしるしを示したため、得られなかったという。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』、ソポクレス『アンティゴネ』、エウリピデス『フェニキアの女たち』、ソポクレス『コロノスのオイディプス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』