七つの門を持つ町に、七人の将が攻め寄せてくる。町の王は、門を一つずつ守将に割り振っていった。最後に残った七番目の門。そこへ攻めてくる敵の将は、王の実の兄弟だった。
では、この王エテオクレスがなぜ兄弟と刃を交えることになったのか、見ていこう。
エテオクレスは、テバイの王オイディプスの息子である。父の破滅のあと、彼は兄弟のポリュネイケスとともに王座を受け継いだ。二人は交代で国を治める約束をしたが、その約束が破れ、ポリュネイケスは国を追われた。
どちらが悪かったのかは、作品によって違う。エウリピデスの悲劇『フェニキアの女たち』では、先に王座に就いたエテオクレスが、1年たっても明け渡さなかった。母の前で弟と向き合った彼は、王の力のためなら不正も許される、ほかのことでは神を敬うべきだが、という意味のことを言い放ち、弟の求めをはねつける。ソポクレスの『コロノスのオイディプス』では、町の人々を言いくるめて兄を追い出したのがエテオクレスとされる。
追放された兄弟は、アルゴスの王の娘婿となり、七人の将を率いて攻めてきた。
アイスキュロスの悲劇『テバイを攻める七将』は、町を守る王としてのエテオクレスから始まる。王は取り乱す女たちを叱りつけ、斥候の報告を聞きながら、敵の将一人ひとりに見合う守将を門ごとに当てていく。そして七番目の門にポリュネイケスが来ると知ると、自分が行くと言った。女たちは止めた。けれども王は、父の呪いがいま果たされるのだと言い、門へ向かった。
アポロドーロスによれば、二人は両軍の取り決めによって一騎打ちをし、互いに相手を殺した。エウリピデスの使者の話はもっと細かい。エテオクレスは技を使って兄弟の腹を刺し、勝ったと思って鎧を剥ごうとした。ところが、まだ息のあったポリュネイケスに刺し返され、二人とも倒れた。駆けつけた母は、剣で自らの喉を突いた。
町を守って死んだエテオクレスは手厚く葬られ、攻めてきた兄弟の遺体は野ざらしにされた。その違いが、妹アンティゴネの悲劇の始まりになる。
ホメロスの『イリアス』には、「力強いエテオクレスの館」という言葉が一度だけ出てくる。そこでは、兄弟との争いは語られない。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』、ソポクレス『アンティゴネ』、エウリピデス『フェニキアの女たち』、ソポクレス『コロノスのオイディプス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』