ギリシャ神話の地図
テセウス助け手ハルモニア祖先ディオメデス孫クレオン敵ポリュネイケス娘婿アンピアラオス義兄弟テュデウス娘婿エピゴノイのテーバイ攻め息子たち

アドラストス

Ἄδραστος英雄

テーバイ攻めの七将1 / 8

七人の将が、七つの門を持つ都テーバイに攻め寄せた。帰ってきたのは、ただ一人。軍を率いた総大将のアドラストスだけだった。彼を戦場から連れ出したのは、神の血を引く名馬だった。穀物の女神デメテルと海の神ポセイドンのあいだに生まれた馬である。

では、ひとり生き残った総大将アドラストスの物語を見ていこう。

アドラストスは、アルゴスの町の王である。ある予言者から、奇妙なお告げを受けていた。娘たちを、猪と獅子に嫁がせよ。

ある夜、館の門の前で、二人の亡命者が取っ組み合いを始めた。一人は、テーバイの王オイディプスの息子ポリュネイケス。兄弟と一年ずつ交代で国を治める約束をしたのに、国を追われてきた男だった。もう一人は、カリュドンから逃れてきた勇士テュデウス。騒ぎに出てきたアドラストスが二人を引き分けると、盾の飾りが目に入った。一人は猪の頭、一人は獅子の頭。予言はこのことだったのだ。アドラストスは二人を娘婿に迎え、それぞれを故郷に戻してやると約束した。

まずはテーバイだった。アドラストスは将を集めた。ところが、義理の兄弟にあたる予言者アンピアラオスは、この遠征では総大将のほかはみな死ぬと見抜いて、行くのを拒んだ。そこでポリュネイケスは、アンピアラオスの妻に、テーバイ王家の祖先から伝わる首飾りを贈った。アンピアラオスは以前アドラストスと争ったとき、今後二人の争いはこの妻に裁かせると誓っていた。首飾りを受け取った妻は、夫に出陣を促した。

七人の将が七つの門に一人ずつ立ち、戦いが始まった。梯子で城壁をよじ登った将は、ゼウスの雷に撃たれて落ちた。王位を争った兄弟、ポリュネイケスとその兄弟のテーバイ王は、両軍の前で一騎打ちをして、刺し違えて死んだ。テュデウスは腹を刺されて倒れ、予言者アンピアラオスは逃げる途中、ゼウスの雷が裂いた大地に戦車ごと呑み込まれた。

生き残ったアドラストスを、さらなる屈辱が待っていた。テーバイの新しい王が、攻めてきたアルゴスの兵の亡骸を、葬ることを許さず野ざらしにしたのである。アドラストスはアテネへ逃れ、「慈悲」の祭壇に嘆願の枝を置いて、死者を弔わせてほしいと祈った。英雄テセウスが軍を率いてテーバイへ向かい、亡骸を取り戻して家族に返した。のちにアテネの人々は、この出来事を自分たちの誇りとして、ペルシャとの大戦のさなかにも持ち出したと、歴史家ヘロドトスは伝えている。

10年後、倒れた将たちの息子たちが、父の仇を討つためにふたたびテーバイを攻めた。今度は町が落ちた。ところが、この遠征で死んだただ一人の将は、アドラストスの息子だった。アドラストスは軍を連れて帰る途中、老いと息子を失った悲しみから、帰り道の町で亡くなったと伝えられる。

ギリシャ南部のある町では、アドラストスは英雄として祀られていた。人々は、悲劇のような合唱で彼の苦難を歌い讃えていたという。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ピンダロス『祝勝歌集』、ヘロドトス『歴史』、エウリピデス『嘆願する女たち』、エウリピデス『フェニキアの女たち』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、パウサニアス『ギリシア案内記』

この物語の人々

こういう風にも語られている

猪と獅子の予言: アドラストスは「娘たちを猪と獅子に嫁がせよ」という予言(エウリピデスではアポロンの神託)を受けていた。ある夜、館の門前でポリュネイケスとテュデウスが寝床をめぐって取っ組み合っているのを見て、予言を思い出し、二人を婿にして故郷に戻すと誓った。何が「猪と獅子」だったのかは出典ごとに違う。

エウリピデス『フェニキアの女たち』 前410年頃上演、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

七将に入るか: アイスキュロス『七将』とソポクレス『コロノスのオイディプス』の七人にはアドラストスがいない(代わりにエテオクロス)。エウリピデス『フェニキアの女たち』とアポロドーロスでは、アドラストス自身が七人の一人として門に立つ。

アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』 前467年上演、エウリピデス『フェニキアの女たち』 前410年頃上演、ソポクレス『コロノスのオイディプス』 前401年上演(作者の死後)、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

最期: パウサニアスによれば、メガラ人はアドラストスもメガラで祀り、彼は息子たちの世代がテーバイを落とした後に軍を連れ帰る途中、老いと息子アイギアレウスの死の悲しみからメガラで死んだと言っていた。エピゴノイの遠征で死んだのは、七将のうちただ一人生き残ったアドラストスの息子だった、という対の構図になっている。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

予言者アンピアラオスは総大将アドラストス以外の全員が死ぬと予見して遠征を拒んだが、かつての争いの和解で「今後の争いは妻エリピュレに裁かせる」と誓っていた。ポリュネイケスがエリピュレに首飾りを贈ると、彼女はアドラストスの側に立って夫を出陣させた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

テーバイの戦いで、カパネウスは梯子で城壁を登るところをゼウスの雷に撃たれ、エテオクレスとポリュネイケスは一騎打ちで刺し違え、アンピアラオスは逃げる途中ゼウスが雷で裂いた大地に戦車ごと消えた。アドラストスだけが馬アレイオンに救われた。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

もっと詳しく

ホメロスでの姿: 『イリアス』の船のカタログでは、シキュオンを「初めにアドラストスが治めた」地として挙げる。戦車競走の場面では、ネストルが「神々の血を引くアドラストスの足の速い馬アレイオン」の名を出す。ディオメデスの妻アイギアレイアは「アドラストスの娘」と呼ばれ、ディオメデスの父テュデウスも「アドラストスの娘の一人」を娶っている。つまりディオメデスは、母の姉妹にあたる女性と結婚していることになる。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ただ一人の生還: 将たちが倒れるなか、アドラストスだけが馬アレイオンに救われた。アポロドーロスは、この馬はデメテルがエリニュスの姿でいたときにポセイドンと交わって生まれたと説明する。ピンダロスは、七つの火葬の火が燃え尽きたあと、アドラストスがアンピアラオスを「わが軍の目」と呼んで嘆いたと歌う。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、ピンダロス『祝勝歌集』 前5世紀前半、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

遺体の返還: テーバイの新王クレオンがアルゴス勢の埋葬を禁じると、アドラストスはアテナイに逃れて「慈悲」の祭壇に嘆願し、テセウスが軍を出してテーバイから遺体を取り戻した。エウリピデス『嘆願する女たち』はこれを劇にし、ヘロドトスはプラタイアの戦い(前479年)の前に、アテナイ人が自分たちの功績としてこの出来事を持ち出し、遺体をエレウシスに葬ったと語った、と伝える。

ヘロドトス『歴史』 前430年頃、エウリピデス『嘆願する女たち』 前420年代後半上演、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

シキュオンの英雄祭祀: アドラストスは母方の祖父ポリュボスからシキュオンの王位を継いだとされ、その市場に英雄廟があった。ヘロドトスによれば、シキュオン人は彼の苦難を悲劇風の合唱で讃えていたが、前6世紀の独裁者クレイステネスはアルゴスと戦っていたため、合唱をディオニュソスに戻し、残りの祭祀をアドラストスの宿敵メラニッポスに移した。デルポイに追放の可否を尋ねると、巫女は「アドラストスこそシキュオンの王、お前は石投げにすぎぬ」と答えたという。

ヘロドトス『歴史』 前430年頃、パウサニアス『ギリシア案内記』 2世紀

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このページの出典(10件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前5世紀前半ピンダロス『祝勝歌集』
  3. 前467年上演アイスキュロス『テーバイ攻めの七将』
  4. 前430年頃ヘロドトス『歴史』
  5. 前420年代後半上演エウリピデス『嘆願する女たち』
  6. 前410年頃上演エウリピデス『フェニキアの女たち』
  7. 前401年上演(作者の死後)ソポクレス『コロノスのオイディプス』
  8. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  9. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』
  10. 2世紀パウサニアス『ギリシア案内記』