レムノスに置き去りにされたピロクテテスを連れ戻す役は、出典によって違う。『小イリアス』要約ではディオメデスだが、ソポクレス『ピロクテテス』ではオデュッセウスとネオプトレモスである。同じ出来事の実行者が入れ替わる分かりやすい例。
レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃、ソポクレス『ピロクテテス』 前409年

Διομήδης英雄
トロイアの守り神の像を盗み出すディオメデスの大理石像。像のほうは失われている。 『パラディオンを盗むディオメデス』 ナウシクレスかクレシラスの像の写し 150〜200年ごろのローマの写し(コモンズの説明による) ルーヴル美術館(Ma 890)。写真 Jastrow(2006年)Public domain
ギリシャ神話で、神に槍を突き立てた人間はほとんどいない。ところがトロイア戦争には、たった一日のうちに二柱の神を傷つけた若者がいる。愛の女神アプロディテと、軍神アレス。相手はそのどちらも、オリュンポスの神々の中の大物だった。その若者がディオメデスである。
では、アキレウスが戦わずにいたあいだギリシャ勢を支えたこの英雄の戦いを、順に見ていこう。
ディオメデスは、ギリシャ南部アルゴスの若い王で、80隻の船を率いてトロイアに来た。父は、かつてテーバイの町を攻めて倒れた七人の勇将の一人だった。ディオメデス自身も、父たちの果たせなかったテーバイ攻めを、その息子たちの世代でやり遂げている。
アキレウスが戦いから身を引いたあと、『イリアス』の戦場でいちばん暴れたのが、このディオメデスだった。女神アテナが彼の目から霧を払い、神と人間を見分けられるようにしてやった。そのうえで釘を刺す。神と戦ってはならない。ただしアプロディテだけは別だ。
ディオメデスは大石を投げつけて、トロイアの勇将アイネイアスを打ち倒した。息子を救おうと、母である女神アプロディテが戦場に降りてきて、彼を腕に抱えて運び去ろうとする。ディオメデスはためらわずに女神を追い、槍で手首を突いた。流れ出たのは、人間の赤い血ではなく、神々だけが持つ不死の血だった。神々はパンも酒も口にしないから血を持たず、だから死なないのだ、と『イリアス』は説明している。アプロディテは悲鳴を上げて息子を取り落とし(息子はアポロンが雲に包んで救った)、オリュンポスへ逃げ帰った。

その日のうちに、今度は軍神アレスが立ちはだかった。アテナは自ら戦車に乗り込み、手綱を取ってディオメデスの槍を導いた。槍はアレスの下腹に突き刺さった。軍神は、一万人の兵士が一度に叫んだような大声を上げて、天へ逃げ帰った。
同じ英雄が、戦場で敵と戦わずに別れた場面もある。トロイア方のある武将と向き合ったディオメデスは、相手に家柄を尋ねた。話を聞くうち、互いの祖父が、客としてもてなし合った仲だったと分かる。二人は戦いをやめ、友情のしるしに鎧を交換した。ところが相手が差し出したのは牛100頭に値する金の鎧、ディオメデスのは牛9頭分の青銅の鎧だった。ゼウスが相手の分別を奪ったのだ、と『イリアス』は皮肉っている。
夜の働きもある。知恵者オデュッセウスと二人で敵陣の偵察に出て、トロイアの偵察兵を捕まえて情報を聞き出したうえで殺し、眠っていたトラキアの王と兵士たちを討ち取った。今は失われた叙事詩のあらすじによれば、トロイアが落ちる前にも二人は町に忍び込み、町を守る女神の像を盗み出している。
戦争のあと、ディオメデスは無事に故郷へ帰り着いた数少ない一人だった。ローマの詩人ウェルギリウスは、その後の彼がイタリアに渡って王国を築いたと語る。トロイアの生き残りアイネイアスと戦うために助けを求められたとき、老いたディオメデスは、もうトロイアとは戦わないと断った。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、ホメロス『オデュッセイア』、レスケス(伝)『小イリアス』、ウェルギリウス『アエネイス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
レムノスに置き去りにされたピロクテテスを連れ戻す役は、出典によって違う。『小イリアス』要約ではディオメデスだが、ソポクレス『ピロクテテス』ではオデュッセウスとネオプトレモスである。同じ出来事の実行者が入れ替わる分かりやすい例。
レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃、ソポクレス『ピロクテテス』 前409年
『イリアス』5巻は彼一人の武勇伝(アリステイア)に充てられる。冒頭でアテナが目から霧を払い、神と人間を見分けられるようにする。そのうえで「アフロディテ以外の神には手を出すな」と釘を刺す。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
息子アイネイアスを庇おうとしたアフロディテの手首を槍で突く。流れ出たのは血ではなく「イコル」と呼ばれる神々の液で、そのために神々は不死なのだと説明される。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
アテナが自ら戦車に乗り込み、槍を導いてアレスの下腹を突かせる。アレスは一万の男が叫ぶような声をあげてオリュンポスに逃げ帰る。人間が二柱の神を傷つけるのは『イリアス』でここだけ。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
トロイア方のグラウコスと向き合った際、家系を尋ねて祖父同士が客人としてもてなし合った間柄だと分かり、戦わずに武具を交換する。ゼウスがグラウコスの分別を奪ったため、黄金の武具と青銅の武具、牛百頭分と牛九頭分の交換になったと詩は皮肉る。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
『イリアス』10巻ではオデュッセウスと夜の偵察に出て、トロイア方の斥候ドロンを捕らえて情報を得たうえで殺し、寝込みのトラキア勢とその王レソスを討つ。英雄的というより奇襲の話で、この巻を後から入ったものとみる見方は近代に始まったものではない。タウンリー(T)写本の古註は「この歌はホメロスが別に作ったもので『イリアス』の一部ではなく、ペイシストラトスが編入した」と伝えている。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃、『『イリアス』古註(スコリア)』 アレクサンドリア期の学説を伝える写本欄外註
『小イリアス』の要約では、オデュッセウスとともにトロイアに忍び込み、守護神像パラディオンを持ち出す。落城の前提条件とされる。
レスケス(伝)『小イリアス』 前7世紀頃
『オデュッセイア』3.180-182 によれば、無事に帰国した数少ない将のひとり。帰国後にイタリアへ渡ったという話は後代のもので、ウェルギリウス『アエネイス』11.243-295 ではイタリアに王国を築き、トロイア勢との再戦を断る。
ホメロス『オデュッセイア』 前8世紀頃、ウェルギリウス『アエネイス』 前19年頃
傷ついたアプロディテから流れたのは「イコル」で、神々はパンを食べず葡萄酒を飲まないので血を持たず、そのために不死と呼ばれる、と詩は説明する。アプロディテは息子アイネイアスを取り落とし、イリスに連れられてオリュンポスへ逃げる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
1.8.5 娘デイピュレとテュデウスの子がディオメデス
『イリアス』14.115-118「オイネウスは私の父の父」/ 1.8.5-6
アポロドーロス 1.8.1, 1.8.4-5 兄テュデウスの子がディオメデス
2.559-568
アルゴスから80隻(2.559-568)
『オデュッセイア』3.167、3.180-182 無事にアルゴスへ。『アエネイス』11.243-270 ではイタリアのアルギュリパに住む