『イリアス』の外では、アキレウスの遺体を巡る戦いで大アイアスに討たれたとされる。遺体はアポロンが風に運ばせてリュキアへ帰したと語られる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』 3〜4世紀
Γλαῦκος英雄
人の一生は、木の葉のようなものだ。風が吹けば葉は地に散り、春が来れば森はまた新しい葉を芽吹かせる。人の世代も、ひとつが生まれ、ひとつが去っていく。
戦場のただ中で敵に名を問われ、そう答えた男がいる。トロイア方の援軍として戦った、リュキアの将グラウコスである。
では、敵と戦わずに別れたことで名を残したこの男の物語を見ていこう。
グラウコスは、リュキアという国から、いとこのサルペドンとともに軍を率いてやって来た。サルペドンは神々の王ゼウスの息子で、二人はリュキアの王家の同じ血を引いている。
ある日の戦場で、グラウコスはギリシャ方の猛将ディオメデスと向き合った。ディオメデスはまず問う。お前は人間か、それとも神か。神とは戦わない。グラウコスは、あの木の葉の言葉のあとに、自分の家系を語りはじめた。
曾祖父は、人間のうちで最もずる賢い男シシュポス。祖父は英雄ベレロポン。ベレロポンは王妃に言い寄られて断り、逆に濡れ衣を着せられた。王は彼を殺すかわりに、恐ろしい印を刻んだ折りたたみの板を持たせて、遠いリュキアの王のもとへ送った。これを見せた者を殺せ、という印だった。リュキアの王はベレロポンに難題を次々と与えた。前は獅子、後ろは蛇、胴は山羊で、火を吐く怪物キマイラを倒せ。勇猛な部族と戦え。女だけの戦士の国アマゾンと戦え。ベレロポンはすべてをやり遂げ、待ち伏せた刺客も皆殺しにした。王は彼が神の血を引くと悟り、娘を妻に与え、王国の半分を分けた。こうしてベレロポンの一族は、リュキアの王家になったのである。

これを聞いたディオメデスは喜び、槍を大地に突き立てた。かつて自分の祖父が、ベレロポンを館に20日間もてなし、互いに贈り物を交わしたのだという。客として迎え、迎えられた家どうしの縁は、孫の代まで続く。二人はここで戦うのをやめようと約束した。倒す相手なら、ほかにいくらでもいる。そして友情のしるしに、鎧を取り替えた。
ところが、と『イリアス』は付け加える。このとき、ゼウスはグラウコスから正気を奪ったらしい。彼が差し出したのは黄金の鎧、受け取ったのは青銅の鎧だった。牛100頭分の値打ちと、牛9頭分の値打ちの交換である。
グラウコスは、友サルペドンの最期も見届けることになる。英雄アキレウスの親友パトロクロスの槍に倒れたサルペドンは、死にぎわにグラウコスの名を呼んだ。私の鎧を敵に奪わせるな。私の亡骸を守れ。ところがグラウコス自身も、城壁を攻めたときに射られた腕の傷に苦しんで、槍をしっかり握れなかった。彼は弓の神アポロンに祈った。痛みを止め、力を与えてください。アポロンはその祈りを聞き、血を止め、痛みを消した。グラウコスは仲間を励まし、亡骸をめぐる戦いへ戻っていった。
『イリアス』のあとの伝えでは、グラウコスは、アキレウスの亡骸をめぐる戦いの中で、英雄アイアスに討たれたとされる。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』、クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』
『イリアス』の外では、アキレウスの遺体を巡る戦いで大アイアスに討たれたとされる。遺体はアポロンが風に運ばせてリュキアへ帰したと語られる。
アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、クイントゥス・スミュルナイオス『ホメロス後日譚(ポストホメリカ)』 3〜4世紀
戦場で名乗り合ったところ、祖父オイネウスとベレロポンが賓客としてもてなし合った間柄だと分かり、「戦うのはやめよう」と槍を収めて武具を交換する。戦争の只中で客人歓待の掟が働く、『イリアス』で例外的な場面。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
その交換で、グラウコスは黄金の武具を青銅の武具と取り替えてしまう。牛百頭分と牛九頭分の差で、語り手は「ゼウスが彼の正気を奪った」と評する。「割に合わない交換」の喩えとして古代から使われた。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
この場面で語られる祖父ベレロポンの物語(誣告による使い、キマイラ退治、「殺せ」と書かれた板を持たされる件)は、『イリアス』の中で最も長い挿話の一つで、ギリシャ文学における文字らしきものへの唯一の言及としても議論されてきた。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
サルペドンの遺体を守るよう頼まれるが、自身も腕に傷を負っており、アポロンに祈って癒やしを得てから戦列へ戻る。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ディオメデスに素性を問われたグラウコスは、「人の世代は木の葉の世代のようなもの。風が散らせば、春に森はまた葉を出す」と答えてから家系を語る。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
ベレロポンの子らのうち、ヒッポロコスの子がグラウコス、娘ラオダメイアがゼウスとの間に産んだのがサルペドンで、二人はいとこにあたる。
ホメロス『イリアス』 前8世紀頃
2.876
リュキア勢の将