ギリシャ神話の地図
アルテミス女神ディオニュソス客人ベレロポン旧友ディオメデス孫メレアグロス息子デイアネイラ娘カリュドンの猪狩り猪狩りテュデウス息子

オイネウス

Οἰνεύς人間

カリュドンの猪狩り1 / 4

ぶどうの木を最初に授かった人間は誰か。ある伝えによれば、それはギリシャ西部の国カリュドンの王、オイネウスだった。ラテン語の神話集を残したヒュギヌスは、ぶどう酒を指すギリシャの言葉は、この王の名にちなんで酒の神が定めたのだ、とまで書いている。

ぶどう酒の王であり、大猪の騒ぎの張本人であり、何人もの英雄の父や祖父でもあったこの王の話を、見ていこう。

ヒュギヌスの話はこうだ。酒の神ディオニュソスが客としてオイネウスの館を訪れ、王妃に恋をした。気づいたオイネウスは、祭りを行うふりをして、自分から町を出ていった。その心づかいへの礼として、神は王にぶどうの木を贈り、育て方を教えた。そのとき王妃が身ごもった娘が、のちに英雄ヘラクレスの妻となるデイアネイラだという。

けれども、この王の名をいちばん広めたのは、ひとつの失敗だった。『イリアス』によれば、オイネウスは実りの年に、収穫の初穂を神々に捧げた。ところが、狩りの女神アルテミスにだけ捧げなかった。忘れたのか、気づかなかったのか。いずれにせよ、心が迷っていた。ローマの詩人オウィディウスは、穀物の女神にも、酒の神にも、知恵の女神にも供え物をしたのに、アルテミスの祭壇にだけ香が焚かれなかった、と描いている。

怒った女神は、白い牙の大猪を送り込んだ。猪は果樹園を荒らし、木を根こそぎ倒した。オイネウスはギリシャじゅうから名だたる英雄を呼び集め、猪を仕留めた者には毛皮を与えると約束した。アポロドーロスによれば、英雄たちは9日間もてなされてから狩りに出た。

国じゅうから集まった狩人たちが、女神の送った大猪を追う。
国じゅうから集まった狩人たちが、女神の送った大猪を追う。『カリュドンの猪狩り』 ピントゥリッキオ 1509年ごろ メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)

猪を仕留めたのは、王の息子だった。ところが、その毛皮をめぐって争いが起き、息子は母の兄弟たちを殺してしまう。アポロドーロスが伝える一つの形では、生まれて7日目の息子に、運命の女神たちが、炉で燃えている薪が燃え尽きたときにこの子は死ぬ、と告げていた。母はその薪を取り出して箱にしまっていたが、兄弟を殺された悲しみから、薪を火に投じた。息子はその場で息絶えた。

オイネウスの子は、ほかにも英雄の物語に名を残す。別の息子は、のちに「テーバイ攻めの七将」の一人となり、その息子ディオメデスはトロイア戦争の勇士になった。『イリアス』でディオメデスは、祖父オイネウスは兄弟の中でいちばん勇敢だったと胸を張る。そして戦場でリュキアの将と出会ったとき、祖父同士に客人の縁があったと分かって、戦うのをやめた。昔、オイネウスは英雄ベレロポンを20日間館でもてなし、緋色の帯と黄金の杯を贈り合ったのだという。

晩年は不幸だった。アポロドーロスによれば、オイネウスは弟の息子たちに王位を奪われ、生きたまま閉じ込められて苦しめられた。孫のディオメデスがひそかにやって来て彼らを討ち、老いた祖父を連れてギリシャ南部へ向かった。ところが、逃げのびた者たちが途中で待ち伏せ、老王を殺した。ディオメデスは遺体をアルゴスへ運んで葬った。その地は、のちに王の名にちなむ町の名で呼ばれるようになったという。

この物語の出典: ホメロス『イリアス』、オウィディウス『変身物語』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』

この物語の人々

こういう風にも語られている

テュデウスの母は出典で割れる。アポロドーロスが並べるのは、(1)叙事詩『テーバイス』の作者: オイネウスがオレノスを攻め落とした戦利品としてペリボイアを得た、(2)ヘシオドス: ペリボイアはヒッポストラトスに誘惑され、父が遠方のオイネウスのもとへ殺させるために送った、(3)ある者たち: オイネウス自身がペリボイアを誘惑した、(4)ペイサンドロス: ゼウスの意志でオイネウスが実の娘ゴルゲに恋し、テュデウスはゴルゲの子。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

ローマ以後の語り

葡萄酒の王: アポロドーロスは、オイネウスがディオニュソスから最初に葡萄の木を授かったとする。ヒュギヌスはさらに踏み込み、客として来たディオニュソスがアルタイアに恋したことに気づいたオイネウスが、祭儀を口実に自ら町を離れ、その礼として神は葡萄の木を贈り、その実を主人の名にちなんで oinos(葡萄酒)と呼ぶよう定めた、と語る。このときの子がデイアネイラだという。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』 1〜2世紀頃

オウィディウスの形: 豊作の年に、オイネウスはケレス(デメテル)に穀物の初穂、バッコス(ディオニュソス)に葡萄酒、ミネルウァ(アテナ)にオリーブ油を捧げ、農耕の神々から天の神々まで皆を祀ったが、ディアナ(アルテミス)の祭壇だけが香を焚かれずに残された。

オウィディウス『変身物語』 8年頃

晩年: 弟アグリオスの息子たちに王位を奪われて幽閉されたが、孫ディオメデスがアルクマイオンと共にひそかに来て彼らを討った。ディオメデスは老いたオイネウスを連れてペロポネソスへ向かうが、逃げ延びたアグリオスの息子たちがアルカディアで待ち伏せて殺した。ディオメデスは遺体をアルゴスに葬り、その地は彼の名からオイノエと呼ばれるようになったという。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

アポロドーロスの伝える一つの形では、メレアグロスが生後7日のとき、運命の女神たちが炉の薪が燃え尽きたら死ぬと告げ、アルタイアは薪を箱にしまった。猪の毛皮の争いでメレアグロスが母の兄弟を殺すと、アルタイアは薪を燃やし、メレアグロスは即座に死んだ。

アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』 1〜2世紀頃

もっと詳しく

ホメロスでの姿: 『イリアス』では、初穂を他の神々には捧げながらアルテミスにだけ捧げなかった王として出てくる。忘れたのか気づかなかったのか、とにかく心が迷っていたと語られる。ディオメデスは、ポルテウスの三人の息子アグリオス、メラス、オイネウスがプレウロンとカリュドンに住み、オイネウスが最も勇敢で、自分の父テュデウスの父だったと名乗る。トロイア戦争のころには、オイネウスも息子たちもすでに亡くなっていた。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

『イリアス』6歌で、戦場で出会ったディオメデスとリュキアのグラウコスが、祖父同士に客人の縁があったと知って戦いをやめる。その縁とは、オイネウスがグラウコスの祖父ベレロポンを20日間もてなし、緋色の帯と金の二重杯を贈り合ったこと。ディオメデスはその杯を家に置いてきたと言う。

ホメロス『イリアス』 前8世紀頃

ほかのつながり(1人)

仲間・師弟

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このページの出典(5件)
  1. 前8世紀頃ホメロス『イリアス』
  2. 前5世紀前半(第5歌は前476年)バッキュリデス『祝勝歌・ディテュランボス』
  3. 8年頃オウィディウス『変身物語』
  4. 1〜2世紀頃アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』
  5. 1〜2世紀頃ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』