ぶどうの木を最初に授かった人間は誰か。ある伝えによれば、それはギリシャ西部の国カリュドンの王、オイネウスだった。ラテン語の神話集を残したヒュギヌスは、ぶどう酒を指すギリシャの言葉は、この王の名にちなんで酒の神が定めたのだ、とまで書いている。
ぶどう酒の王であり、大猪の騒ぎの張本人であり、何人もの英雄の父や祖父でもあったこの王の話を、見ていこう。
ヒュギヌスの話はこうだ。酒の神ディオニュソスが客としてオイネウスの館を訪れ、王妃に恋をした。気づいたオイネウスは、祭りを行うふりをして、自分から町を出ていった。その心づかいへの礼として、神は王にぶどうの木を贈り、育て方を教えた。そのとき王妃が身ごもった娘が、のちに英雄ヘラクレスの妻となるデイアネイラだという。
けれども、この王の名をいちばん広めたのは、ひとつの失敗だった。『イリアス』によれば、オイネウスは実りの年に、収穫の初穂を神々に捧げた。ところが、狩りの女神アルテミスにだけ捧げなかった。忘れたのか、気づかなかったのか。いずれにせよ、心が迷っていた。ローマの詩人オウィディウスは、穀物の女神にも、酒の神にも、知恵の女神にも供え物をしたのに、アルテミスの祭壇にだけ香が焚かれなかった、と描いている。
怒った女神は、白い牙の大猪を送り込んだ。猪は果樹園を荒らし、木を根こそぎ倒した。オイネウスはギリシャじゅうから名だたる英雄を呼び集め、猪を仕留めた者には毛皮を与えると約束した。アポロドーロスによれば、英雄たちは9日間もてなされてから狩りに出た。
国じゅうから集まった狩人たちが、女神の送った大猪を追う。『カリュドンの猪狩り』 ピントゥリッキオ 1509年ごろ メトロポリタン美術館Public Domain (The Met Open Access, CC0)猪を仕留めたのは、王の息子だった。ところが、その毛皮をめぐって争いが起き、息子は母の兄弟たちを殺してしまう。アポロドーロスが伝える一つの形では、生まれて7日目の息子に、運命の女神たちが、炉で燃えている薪が燃え尽きたときにこの子は死ぬ、と告げていた。母はその薪を取り出して箱にしまっていたが、兄弟を殺された悲しみから、薪を火に投じた。息子はその場で息絶えた。
オイネウスの子は、ほかにも英雄の物語に名を残す。別の息子は、のちに「テーバイ攻めの七将」の一人となり、その息子ディオメデスはトロイア戦争の勇士になった。『イリアス』でディオメデスは、祖父オイネウスは兄弟の中でいちばん勇敢だったと胸を張る。そして戦場でリュキアの将と出会ったとき、祖父同士に客人の縁があったと分かって、戦うのをやめた。昔、オイネウスは英雄ベレロポンを20日間館でもてなし、緋色の帯と黄金の杯を贈り合ったのだという。
晩年は不幸だった。アポロドーロスによれば、オイネウスは弟の息子たちに王位を奪われ、生きたまま閉じ込められて苦しめられた。孫のディオメデスがひそかにやって来て彼らを討ち、老いた祖父を連れてギリシャ南部へ向かった。ところが、逃げのびた者たちが途中で待ち伏せ、老王を殺した。ディオメデスは遺体をアルゴスへ運んで葬った。その地は、のちに王の名にちなむ町の名で呼ばれるようになったという。
この物語の出典: ホメロス『イリアス』、オウィディウス『変身物語』、ヒュギヌス『神話集(ファブラエ)』、アポロドーロス(偽アポロドーロス)『ビブリオテーケー(ギリシア神話)』